第五十一話 救出編【51】

 夜道。

 私は舗装された道を歩いて行く。目的は赤い橋のある公園だ。

 公園には家から二十分程で着いた。橋は公園の中にある。

 私は橋の前まで来た。

(さて、ここからが本番だ)

 私はジャンパーからスマートフォンを取り出すと、時刻を確認した。

(まだ、一時間半くらい時間があるな)

 私は橋の中央に足を伸ばした。

(このあたりの欄干らんかんだったかな?)

 私が思い出しているのは前任者の美少女がどの位置で欄干に立っていたか、ということだった。前任者の美少女と同じ場所でなくても良いのはわかっていたが、何となく、同じ場所が良いような気がした。

(ここにするか)

 私は橋の中央の欄干に座ることに決めた。

 私はリュックを背中から下ろすと、中からザイルを取り出した。ザイルを取り出すと、私は再びリュックを背負った。

 私はザイルを腰に巻き付けた。さらに、欄干を支える支柱にザイルを巻きつける。

(一応、これも付けておくか)

 私はザイルに付いている金具も欄干の支柱に取り付けることにした。カチャカチャと金属音がする。

(この金属のザイルが私の体重を支えることができるとは思えないが、保険のつもりで付けておこう。前任者の美少女も同じことをしていたし)

 少しだけ赤錆あかさびが浮いた金具を取り付け終えると、私は欄干に登ることにした。欄干の高さは私の胸のあたりに位置する。

 私は両手を欄干に乗せた。次にゆっくりと腰を上に上げ、欄干に乗せた両手に全体重をかける。鉄棒で逆上がりをする時の体勢に似ている。最も、私は生まれてこの方逆上がりができたことがないが。

 そのままの姿勢で腰を半回転させた。お尻を欄干に乗せるためだ。

(前任者の美少女は欄干の上に立っていた。しかし、私のこの体型では無理だ)

 私は肥満している自分を呪った。

 橋の欄干に座っている自分がひどみじめなような気がした。

(格好は悪いがこの体勢がベストだ。無理はしないでおこう)

 ジャンパーを着、リュックを背負い、ザイルで安全を確保する肥満した女子。

(何ともみっともない姿だな)

 皮肉に思う。

 前任者の美少女は私と違い、スラリとした体躯たいくの持ち主だった。赤い橋の欄干に立ったその姿はどこかしら絵になっていた。

 一方で、私は太っていて欄干にどっしりと腰を落としている。まるで、中年太りした男性が釣りでもしている格好だ。

(この際、格好などどうでも良いのだ)

 私は自分に言い聞かせた。

 私は左手で欄干を握り、右手でジャンパーのポケットからスマートフォンを取り出した。どうしても時間が気になるのだ。

 十一時四十五分。

(まだまだ、時間はあるな。さて、どうやって時間を潰すか)

 赤い橋の欄干に座った私は馬鹿なことを始めた。一人でしりとりを始めたのだ。

「しりとり、リンゴ、ゴリラ、ラッパ、パイナップル、ルビー、ビー玉、マントヒヒ……」

 小声で一人しりとりをする私は常軌をいっしているかもしれない。

 しかし、ひるがえって言えば、私はそれほど緊張していたのだ。

 私は一人しりとりを延々と続けた。

 一人しりとりを始めて十分間。私の身に変化が起きた。

(お尻が冷たい)

 欄干は金属でできていた。金属製の欄干は私の臀部でんぶから容赦ようしゃなく熱を奪っていった。

 私は欄干に座ったまま、背中のリュックを身体の正面に持ってきた。リュックの中からカイロを取り出す。

(良かった、持ってきて)

 カイロを取り出した私は、再びリュックを背中に回した。

 私はカイロをゴシゴシとこすった。始めは何も反応がなかったが、三分ほどでじわりとカイロが温かくなってきた。

 私は欄干から落ちないようにそっと腰を浮かすと、カイロをお尻にいた。

(温かい)

 そう思った時、橋の付近から音が聞こえた。かすかな音だった。

 音がした方から女性の声が聞えた。

「あの、私、来ました」

 声の持ち主は女子生徒のものだった。

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