第二十二話 救出編㉒

 夢。

 またしても夢を見た。今度の夢は薄ぼんやりとした夢だった。

 夢は映像と音声が重なったものだった。

 場面は教室。しかし、そこは私が通う高校の教室ではない。どこか知らない学校の教室である。

 教室内にはぼんやりとしたいくつもの人影が映っている。どれくらいぼんやりとしているかというと、人影が男子なのか、女子なのかわからない程だ。

 そのぼんやりとした人影の中心に一人で立っている人物がいた。

 周りから言葉が聞こえる。

「汚い」

「キモイ」

「ブス」

「性格悪い」

「死ね」

 言葉は罵倒するものばかりだった。

 夢の中で私は気が付く。

(これは女子生徒がいじめを受ける、という告知の夢だ)

 夢の中の風景はぼんやりとしたものだったが、思考はとてもはっきりとしていた。

 やがて、ぼんやりとしていた夢はさらにぼんやりとしていく。

 人影も教室も白くぼやけていき、人と物のさかいがわからなくなる。

 しかし、私の考えはとても鮮やかだった。

(女子生徒がいじめられる)

 夢はさらにぼやけ、やがて真っ白な世界に突入していった。そして、全てが白くなり、夢は徐々に消えていった。


 朝。

 私は夢の中のできごとを鮮明に覚えていた。

(女子生徒が近いうちにいじめられる。伝えなきゃ)

 私は自室の壁掛け時計を見た。いつもより、起きる時間が一時間程、早い。

 私は中学のジャージから制服に着替えた。家族にからかわれるのを覚悟して、一階に降りる。

 階段から降り、朝の挨拶あいさつをする。

「おはよう」

 キッチンで母が朝食を作っている。

「おはよう。今日も早いのね。あんた、最近、何かあったの?」

 私はチリチリの髪の毛が生えている頭の右の部分をくと、首を左右に振った。

「別に。今日もちょっと早く目が覚めただけ」

 母が私を少し心配そうに見つめた。

「あんた、何か悩みとか抱えてない?」

「……」

 私は黙った。

(悩みならある。女子生徒のことが気になって仕方ない。しかし、こんな話を母にしても、信じてもらえないだろう)

 沈黙する私を見て、母はキッチンからさらに声をかける。

「何かあったらお母さんに言いなさいよ。お父さんのことがあって、いろいろ心配をかけて、あんたとあつしには負担をかけたからね」

 私は即座に否定した。

「お父さんの病気が治ったことは嬉しいことだよ。そのことについて悩んでることなんて、全然ない」

「なら、いいんだけど」

「何かお いた。ちょっと早いけど、朝食食べてもいい?」

 母は笑った。

「いいわよ。パンを焼いて頂戴ちょうだい

 私はキッチンに入ると食パン一枚、オーブントースターに入れた。


 登校中。

 私は歩きながら、女子生徒に何と言って電話をかければ良いか考えていた。

(いじめが女子生徒を襲う。いじめ、などという言葉をストレートに言って良い物だろうか。直接的にではなく、ニュアンスとして伝えるべきなのだろうか)

 私の足取りはふらついてた。考え事をしながらなので、歩みも遅い。途中、間違って赤信号を渡りそうになったほどだ。


 授業中。

 私は女子生徒に電話する際の言葉をノートの端に書き込んでいた。教師の言葉は頭に入ってこない。

〈明日以降、あなたはいじめを受けることになる。でも、あなたはそれを乗り越えて学校へ行かなくてはいけない。どんなつらいいじめがあっても、学校へ行かなくてはいけない。それがモミカさんを救う唯一の方法〉

 別の言葉も書く。

〈明日以降、あなたにとって辛いことが起きる。それはとても大変なこと。でも、あなたはそれを乗り越えて学校へ行かなくてはいけない。本当に辛いことが起きるけど、それがモミカさんを救う唯一の方法〉

 遠回しに書いてみた。これならば、「辛いこと」がいじめであることはわからないだろう。

 しかし。

(しかし、本当に遠回しに言ったほうが良いのだろうか。遠回しに言って心の準備ができていなかったらどうすればいい?)

 私は前任者の美少女を思い出していた。

(彼女ははっきりと私にいじめが起きる、と伝えてくれた。それで私は心の準備ができたのは事実だ。もしも、遠回しに言われていたら、私はいじめに耐えられなかったかもしれない)

「――オカ」

長岡ながおか

 私は自分の名前が教師に呼ばれているのに気が付いた。

「長岡。お前を呼んだ。どうしたんだ? ボーとして。次の文章を読みなさい」

 私はうつむいて、小さな声で言った。

「すみません。聞いてませんでした」

 教師は溜息ためいきをついた。

「聞いてませんでしたってのはないだろう。お前、授業をなめてるのか」

「そんなことはありません。ちょっと、考え事をしてたんです」

 再び、教師が溜息をする。

「もういい」

 そう言うと、私の後ろの席の生徒を指名した。

 私はおとなしく椅子に座った。

(学校に、女子生徒の問題。一体、前任者の美少女はどうやって両者をうまくこなしたんだろう)

 気が付くと、私も溜息をしていた。

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