第十九話 救出編⑲

 その日の授業。

 私は心あらずで自分の席に座っていた。

(女子生徒に何と言って電話をかければいいんだ?)

 そんな疑問が頭の中でぐるぐると回る。

 幸い、この日の授業も私が指名されることはなかった。もしも、指名されていたら、私は何も答えることができなかっただろう。

 昼休み。

 仲の良い友達と昼食を共にする。

 もう、いじめも、奇妙に私を中心にした話もない。約一ヶ月前と同じ接し方で、皆、私に対応してくれる。

 私はお弁当を食べている時も女子生徒のことを考えていた。友達の話が耳に入らない。

「どうしたの? 何かあった?」

 一緒に昼食をっている女子生徒が私の顔をのぞき込んだ。

「いや、別に何でもない。ちょっと、考え事してただけ」

「考え事?」

「特に大事な事じゃないの。ごめんね、心配かけさせて」

「お弁当もあまり食べてないから」

「ちょっと気になってたことがあっただけだよ。それでご飯を食べるのが遅くなっただけかもしれない」

「それならいいんだけど」

 それから私は少々無理やりお弁当を口に入れた。周囲の友達に心配をさせたくなかったからだ。

(前任者の美少女もこんな気持ちだったんだろうか?)

 私ははしを動かしながら思った。

 午後の授業も終わり、私は下校した。

 家に帰ると、私は、

「ただいま」

 と言うなり、二階に駆け上がり、自室に入った。

 かばんからスマートフォンを取り出すと、両手に持ってベッドに寝転がった。

(今、電話しようかな?)

 私はスマートフォンに表示されている時刻を確認した。

(少し早い。もしかしたら、女子生徒はまだ学校にいるかもしれない。夕飯を食べたら電話しよう)

 私は決めると、制服から中学生の時に着ていたジャージに着替えた。

 一階に降りると、母がキッチンで料理をしていた。肉じゃがを作っているようだ。娘の私が言うのもおこがましいが、母の肉じゃがはうまい。

 私はソファーに座ると、テレビの電源をつけた。この時間はどこも夕方のニュースばかりだ。

 私は教育テレビにチャンネルを合わせると子供向け、それも五才児くらいの子供が観るような番組を観た。

 私は何も考えることなく、次々とテーマごとに代わる幼児向けの番組を観た。本当に何も考えていなかった。時も忘れていた。

 ふと、キッチンから母の声が飛んだ。

「あんた、いつまでそんな番組を観てるの? たまにはニュースでも観たら? 最近のニュースは小学生でもわかるようになってるよ」

 私はただ、

「あ? うん、そうみたいだね」

 としか返事をしなかった。

 母はあきれたのか料理に戻った。

 そして、また母の声が聞こえる。

「夕飯、できたよ」

 時計を見ると、私がソファーに座ってから小一時間程 っていた。

 私は食卓に向かった。

 私の席に肉じゃがとほうれん草のおひたしが置いてあった。

「ご飯と味噌汁、受け取って」

 母が私にご飯がよそわれた茶碗と味噌汁が入った茶碗を手渡した。

 私は両手を合わせると、

「いただきます」

 と言った。

 その時、視界にまた時計が入った。

(しまった)

 私は心の中であせった。

(女子生徒に電話をしなくちゃいけない。さすがに、もう自宅に帰ってる時刻だろう。夕飯をゆっくり食べてる暇なんてない。電話をしなくちゃ)

 私は大急ぎではしを動かした。

 キッチンで洗い物をしていた母がまたしても呆れた声を出す。

「そんなにあわてて、食べるもんじゃないよ。誰も取りゃしないんだから」

 私は母の言葉を無視して、次々とご飯や肉じゃがを口に放り込んでいった。

 食事は五分で終わった。

 食器類をシンクに置くと、

「ごちそうさま」

 と母に言う。

 母はもう、何も口にしない。

 私は階段を走るように上がると、自室に入った。

 ジャージのポケットからスマートフォンを取り出す。

 私は壁掛け時計を見た。

(この時間帯なら電話をしても大丈夫だよな)

 私は椅子に座ると、一呼吸置いた。

(落ち着け。女子生徒を導く私がこんなに慌てふためいてちゃいけない。前任者の美少女のようにスマートにいかなきゃ。冷静に。そして、淡々としなくてはいけない)

 私はスマートフォンの着信履歴から女子生徒の電話番号を呼び出すと、コールのアイコンをゆっくりと押した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る