陸の参
今度は僕も関と秀樹殿の手を取る羽目になった。何と言うか、どうせならば女性客と握手をしたかった物だが、席順がこうなので仕方がない。関の手はどこか冷たかったし、秀樹殿の手は汗ばんでじっとりしていた。あまり心地良い物ではない。
先程と同じく、一天斎が霊の呼び寄せに成功したと言う。また質問を始める。男か、女か。女だ。年齢は。ここで異変が起きた。
前回は二十一回も叩かれていた机が、今度は九で止まったのだ。
「ここのつ……?」
一天斎がまた動揺した声を上げた。随分と幼い霊という事になる。
「ええと、あなたはこの屋敷に縁のある霊ですか?」
こつん。一度で止まった。一天斎はさらに慌てた。余計に叩かれるのであれば、何らかの邪魔を想定するだろう。だが、今回は違う。叩かれる数が明らかに少なくなっている。さらに、僕らは今回は何もしていない。
「もしかすると、接続が悪いのかも知れませんね」
言い訳じみた事を言いながら、彼女は続けようとした。僕らは闇の中で軽く顔を見合わせる。何かがおかしい。
「
関が静寂を破って声を掛けると、一天斎はむきになったように遮った。
「それでは、憑依を行います」
「おい、
関が僕に向けて呟いたその時、一天斎の細い悲鳴が暗闇をつんざいた。
長く伸びた悲鳴は、中途でガクガクと揺れ、よくわからない言葉の羅列になる。
助手は何も言わない。彼女の周辺の人々は騒ぎつつも手を離す事が出来ないでいる様だった。
最初に動いたのは矢張り関だった。パッと手を離し、一天斎に駆け寄る。それから、意外にも秀樹殿が。
「即刻この会を中止する事を提言します」
朗々たる声でそう告げる。主催者たる高畑男爵は動揺していた様で、しかし、だの何だのと口ごもった。秀樹殿は構わずに電気のスイッチを入れる様、待機している小間使いに告げた。ぱちりと辺りが明るくなる。
一天斎は目を閉じ、口を開けて舌を出し、酷い有様になっていた。助手の男も崩折れ、壁にもたれて座り込んでいる。僕はそちらに駆け寄った。気絶している。
「
肩を揺さぶると、
「覚めたか。こいつは何本に見える?」
関が指を三本立てて突きつけた。一天斎はぼんやりとした口調で答える。
「三本……」
「よし。あんたの名前は何で、幾つだ? ここには何をしに来た。ついでに俺の事をどこで調べた」
後半は私欲に満ちた事を聞きながらも、関は真摯に彼女の意識を取り戻そうとしている様だった。僕は少しだけ奴を見直した。だが。
「高畑幸子。九歳」
「何?」
「私の事を探して欲しくて来たの」
どこか幼い声音で、霊媒はそう語った。
「幸子!?」
おろおろとしていた高畑男爵が、ガタンと椅子から立ち上がる。そうして、一天斎の肩を掴んだ。
「どう言う事です。あなたは何を知っているんだ」
「落ち着いて。幸子さんてのは、あなたの何です」
「妹です。三十年は前に、行方不明になってそれきりの。幸子。兄だ。わかるか」
「おにいさま」
彼女は無邪気な笑みを浮かべ、手を伸ばした。
「どうして私をひとりにしたの?」
その手は、男爵の首に掛かり、ぐっと力が込められた。
「幸……!」
「どうして私と叔父様をふたりきりにしたの。お兄様が居れば私、あの時あんな目に遭わなかったの。辛い辛い目に遭わなかったし、埋められもしなかった!」
「止めろ!」
関が腕を引っ張る。僕も加勢した。どうにか引き剥がすが、信じられぬ程の力だった。このまま留めておく自信は無い。
「叔父上が、やったのか……?」
呆然としながら高畑男爵は呟く。どうやらその叔父上と言うのが幸子さんを殺めた、物らしい。嫌な想像だが、一種の変質者ででもあったのかも知れない。
「叔父様が私の首を絞めて頭を割ったの。お父様はそれを知ってた。知っていて庭に埋めたわ。お兄様は何も知らなかったのね。私、ひとりでずっと、ずっと、
糾弾する口調で、一天斎……幸子さんは目に涙を浮かべる。
「知らなかった……知らなかったんだ。済まない。済まなかった、幸子。叔父上は三年前に亡くなった。父上ももう弔って十年になる。探してやるから、恨まないでくれ。どうか、成仏してくれ」
男爵はがくりと膝をついた。一天斎の身体から、力が抜ける。辺りはざわざわと騒がしい。
「お願い、私を探して。庭の柘榴の木の下よ」
それだけ言うと、彼女の身体はガクンとこうべを垂れ、椅子にもたれると意識を失った。
「済まない、済まない、幸子……!」
「大丈夫ですか」
肩に手を置いてやると、男爵は僕に
「私、私はあの木の柘榴の実を食べたんだ。何度も食べたんだ。そんな事とは何も知らず、幸子」
「幸子」
----
会は結局、中途で中止となり、
「結局、どちらの予感も半端に終わった事になるな」
「予感? ああ、恐ろしい事は起こったが、俺にじゃない。あっちは悲惨な目には遭ったが、逃げ出しゃしなかったな」
秋の、明るい星の少ない星空の下、関は肩を竦めた。
「ま、あちらさんの評判も少しは弱まるんじゃないのか。見当違いの霊を憑けて気絶しちまったんだ」
「どうかな。本物の霊を憑依させたと言う事で、逆に高まりはしないかな」
「どっちでもいいさ、変に喧嘩を売って来なきゃな」
「矢張り、記事の内容が気に入らなかったのですかねえ」
秀樹殿が呟く。私はあれはとても良いと思うのですが、と。
「
「しかし、最初はどなたの霊を呼ぼうと……と言うよりは、呼んだ振りをしようとしていたのでしょうね。関さんの身内、と仰ってましたが」
関は俯き、ネクタイを軽く緩めた。
「そこはそれ、触れないのが人情と言う物でしょうよ」
「君が人情を語るか」
関は言い返しもせず、力無く笑った。地上の光と、天上の光とで、夜はたいそう明るかった。
----
秀樹殿がその後書面で教えてくれた事によると、あの後直ぐ、高畑男爵は庭の柘榴の木の下を掘り返したと言う。
木の下からは確かに、小さな子供の白骨死体が発見されたそうだ。
男爵はさぞ泣いた事だろう。
「しかし
関は『アトラス』の席で麦酒を飲みながら、そんな事をぽつりと漏らした。
「本当に、身勝手だよ。死人と言う奴らは」
「面白いんじゃなかったのか」
「面白いさ。今回もいい記事が書けたしな。だが、酷い奴らだと思ってはいるよ」
一天斎の先生は、その辺の覚悟が少し足りなかった様だ、だそうだ。
「大久保。気をつけろよ。あいつらはその辺にうようよいて、俺らを狙ってるんだぜ……」
半分酔いどれた顔で、関は持論を語った。僕は自分に縁のある死者を思う。両親。友人。これまで出会った怪異。そして、雨の日に思い出すあの人。
「用心、用心だ」
関はそう言うとうつらうつらとし始めた。僕はブランデーを口にしながら考える。
関よ、お前にそう思わせるに至った怪異と言うのは、一体どのような物なのだ?と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます