消えた思いは、

秋田健次郎

第1話

慌ただしい1日が終わろうとしている。

私は今、除染部隊の一員として"除染作業"を行っている。私はほんの今日の朝まで重大事件が発生した際に投入される特殊部隊としての訓練を受けていた。確かあの時はいつもの訓練メニューで射撃訓練をしていた頃だっただろうか。政府から出動の命令がかかったのは。当時、私はウイルスがばら撒かれたとだけ聞かされた。それから私は真っ白の防護服を着させられ、消音器付きの銃を持たされたことを覚えている。しかし、いざ現場についてみると何の異常も無い平穏な街でしかなかったのだ。隊長の話によると、半径5キロ圏内の人は避難し、そのうち半径1キロ圏内の人だけ避難させずにその事を伝えていないという。バスでの移動途中にあったテープはおそらく、そのラインに張られているものだろう。部隊が隊長の指令を待っていると小さな子供が

「わぁ〜かっこいい!」

とこちらに走りながらこちらにやって来た。私が

「危ないから向こうに行ってなさい」

と手を差し伸べようとすると隊長が突然その子に2回発砲した。その瞬間にその子の頭に2つの穴が空き、その場で倒れこんだ。私は頭の制御が追いつかずしばらく呆然としていた。他の隊員も同じ様に呆然としていた。頭の制御が追いつき始めた頃には目の前にいる子供は冷たい肉の塊になっていた。隊長の方に振り向くと隊員たちと言い合いになっていた。

「てめぇ! 何で撃った! あの子は何もしてねぇだろうが! 」

「そうだ! この人殺しが!」

胸ぐらを掴まれた隊長はその手を引き剥がし、隊員たちに言った。

「この地区はウイルスに汚染されてる。我々の任務はこの地区に住んでいる人を1人残らず殺すことだ。」

隊員たちの間に一瞬の沈黙が訪れた後に

「でもあの子は何の異常も無かったじゃねぇか! まだ感染者かどうか分かんねぇだろ! 」

と1人の隊員が言い、他の隊員もその意見に賛同した。隊長は

「政府からは全員殺せと言われている。それが我々の任務であり、今はそれを遂行するしか無い。」

と冷静に言った。

「こんなふざけた事出来るかよ。俺はこんな事やんねぇぞ。 」

と1人の隊員が言い、他の隊員もその意見に賛同する。すると隊長はこれまで見たことが無いほど恐ろしい顔で言った。

「貴様は裏切るのか?この日のために我々は厳しい訓練を受けてきたのだろうが。国に忠誠を誓い、国の命令に従う。それが我々の使命だろう。私だってこんな事はしたく無い。しかし、これが我々のやるべき事なのだ。もし、国の命令に背くというのであれば好きにしろ。だが、契約の通り貴様は一生牢屋で暮らす事になるがな。」

その後、隊員たちはバツの悪そうな顔で周りを見回し沈黙した。しばらくすると別の部隊がやって来てそれなりの大人数になった。騒ぎに駆けつけてきた住民たちは皆、肉の塊と化した。人数が揃ったところで隊長からの指令があった。

「今回の作戦は4方面から進行し、全ての家に片っ端から押入り、動く物全ての息の根を止める事だ。ねずみ1匹でも絶対に見逃すな! 」

「「はい! 」」

隊員たちの勇ましい声が閑静な住宅街に広がる。

隊員たちはおもむろに別れ、それぞれが家の中へと押し入って行った。家の中からは悲鳴が一瞬聞こえてすぐに消えた。押入れに隠れている人もこの体温を感じ取る特殊なカメラの前では無意味だった。何の罪もない人々をただ殺していくのは心が痛んだ。小さな赤ん坊が泣いている。母親はもういない。生まれたばかりの小さな命に銃口が向けられる。私は震える手を鎮め、引き金を引いた。それから先のことはあまり覚えていない。


どこかで見たことのある景色。いつかに見たことのある景色。この地に着いた時、ほんの少しの疑念が湧いたが心のどこかでそんなはずは無いと否定していたのかもしれない。しかし、この家を前にしてそんな事は言えない。間違いなくこの家は私の祖父母の家だ。玄関はすでに破壊されており、"除染済み"

を表すシールが貼られている。私は感情を押し殺し、その場を後にした。もちろん、中など見ていない。そんな事をしてしまえば、間違いなく精神がおかしくなってしまうから。


空が綺麗なオレンジ色に染まる。普段なら夕食の匂いが漂うはずのこの町に夕食を作る人間はいない。作戦はほぼ完了し、この町から住民は消えた。後は生き残りがいないかを確認するのみだ。私は公園のベンチに腰掛けて辺りを見回す。私は悪い奴をやっつけるヒーローに憧れてこの道を選んだ。それが何だ。今は何の罪もない人々をただ殺しているだけじゃないか。私は何のためにこの道を選んだのか。物思いにふけっているとふと、ベンチの下から「にゃー」という鳴き声がした。覗き込んでみるとそこには小さな子猫がいた。私はその子猫を抱き上げた。つぶらな瞳でこちらを見つめている。少し元気が無い様子で小さく足をバタつかせている。そして、その小さな体を地面に叩きつけた。何度も何度も叩きつけた。目から流れる液体を拭く事は防護服に妨げられた。

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