幼女戦記-コボルトの狂気-

我楽娯兵

第1話 コボルト

敗戦――この二文字はターニャにとっては失業の文字に等しい。

一つの国が敗れ、その国に奉仕していたターニャは野に放たれた殺人鬼と変わらなかった。連合国がターニャを拘束し、長らく身動きが取れない日々から解放された日から民間軍事会社PMCを設立し見事な失敗する人生に変わる。

そんな人生の中で唯一、こうして一人の人物の評価を書くというのは初めてだ。

ターニャは古きタイプライターの前で医者裁判へと提出する書類をまとめる。

その人物はターニャと同じ。異邦の世界の稀人まれびとだ。


名をヴォーヴェライト・ジーヴァスと云った。

最終階級は親衛隊大佐シュタンダルテンフューラー悪戯妖精コボルトの渾名を持ち、すでに解体された帝国研究機関「ツークンフト」の事務長だった男児だ。

「ツークンフト」とは帝国の公的研究機関で、民俗学・医学・オカルトの発展を目的に活動をしていた。恐らく帝国軍部で最も巨大な部署であった。

ヴォーヴェライト・ジーヴァスは既にこの世にはいない。生命の解析の名の下で人体実験を繰り返し、その結果として裁判で死刑を言い渡された。

愚かしい世界を超えた人間。

現実主義者リアリストであるターニャとは違い、ヴォーヴェライトは夢追い人、夢想家ドリーマーだった。

この故人は夢想家ではあったが、突拍子もない理論で人を実験には使わなかった。

理性と倫理と道徳を持って、理論的に人を実験物に使用していた。


彼はいつの時代に措いても理解されない。先を行過ぎたのだ。

”我々”の知識がこの世界の世情に合わず、ヴォーヴェライトは狂科学者マッドサイエンティストとして処断されてしまった。

こちらでは革新的なX線撮影、感染症にたいする抗生剤の開発、臓器移植。果てのない生命解析探求を行えるだけ行ったのだ。故に倫理を理解しながら、倫理に反した。

悪名高い構想計画は知っているはずだ。

ILQイルク構想――革新イノベーション生命ライフ探求クェストと多方面から人の魂と呼べる部分を探求していった構想の名前だ。


探求とは名ばかりの生命の冒涜行為を繰り返していたのは事実だ。

実際に行われた例を挙げよう。

脳が生じさせる微細電流を他者と共有させる事で人格統合を為す、「ゾンビ実験」

機械と肉体を融合させより高次元の運動機能を得る、「ハダリー計画」

近親間で人工授精を繰り返し無数の障害奇形児を生み出した、「アダムとイブ計画」

無数の命が彼の好奇心で生命を奪われ、もしくは人生を狂わされた。

帝国の中で惨澹たる戦争犯罪者たちと肩を並べるヴォーヴェライト・ジーヴァスは刑死する前、こういった言葉を残した。


――この世は愉しみ尽くした、この先があるならまた楽しもう――


死を目の前にした者とは思えない表情で、死刑の方法を要求する度胸。

狂かれているの一言だ。怪物と呼ばれたターニャとはまた違う怪物。

理智の怪物といってよかった。

この報告書類では読み手が最も欲しがる構想計画の内容を、ターニャが見てきたすべてを書き記そう。ヴォーヴェライトが目指した夢想の果て。

――動物園計画の内容を。

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