16 見せてはいけない  その2

『やばい……!!』吸魔との距離を縮める事ができず、ダブルワークが諦観混じりに声を押し潰す。『振り切られるかもしれねぇ!! これで全速だ!!』

 勝利は口元から両手を離し、シートに体を預けたまま携帯端末を強く握る。

 右の耳に当て直すその仕種は、ひどくぎこちなかった。

「まだ、最初の刺接点を突き止めただけなのに……」

 飛行を続ける吸魔は、次第に水平方向へと進路を変えつつある。もし、その航跡を煙と光が描いていたら、ロケット・ロードのような一本の曲線をモニターは捉えたのかもしれない。

 ここまで苦戦する縫修機を、勝利は初めて目にしたように思う。

 いや、本当は二度目だ。

 数日前、ダブルワークが百合音吸魔と闘った時、放った攻撃が当たらず緑の縫修機は想定外の事態に陥った。

 あの時の原因は、今回のような吸魔との能力差とは違う。日頃から勝利を悩ませている不運体質の暴走によって、高位の神であるヴァイエルの足さえ引っ張ってしまった結果だ。

「もし。今の俺に確率操作ができれば……!!」飛翔する吸魔に何らかのトラブルを見舞い、ダブルワークを助ける事もできるのに。

 勝利は安易に望むが、内なる勝負神がそれを許す筈もない。

 勿論、自身でも心得てはいる。勝利を確率操作に走らせる事こそ闇神の狙いなのだから。

 隣にある専用シートに身を沈め、ライムも打開策を考えている。

 しかし、それはなかなか言葉にはならなかった。

『やはり、感動の再会とはゆかないか……』

 分割画面に映る金髪の闇神が、息をつく。

 と、二つの画面から白スーツが忽然と消え失せた。

 上半身用と遠景用。その両方の映像から被写体が退場し、今や単なる暗色の長方形が二つ表示されている。

『がッ!!』

 硬質な衝突音がし、緑の縫修機が突然呻く。

 かと思うと、彼の飛行中に不自然な減速が始まった。

 何者かが、ダブルワークの頭上に現れている。それも、黄金の輝きを帯びた鳥の爪と翼を持つ者だ。

 球状モニターを仰ぐ勝利には、その翼の大きさに心当たりがあった。

 スールゥーとの戦闘時に白スーツが時々背負っていた翼。一瞬だけ現れては消える黄金の翼に、あれは酷似している。

 黄金の爪は執拗に掴み続けた。ダブルワークの頭部か、肩を。

 機体の妙な振動から、でたらめな減速を尚も強いられているとわかる。

 もし、高性能なシートベルトと鍛冶神の技が機内に働いていなければ。勝利とライムは、二人揃って体に大きなダメージを受けていただろう。

 髪が逆立つ事さえない。

 鍛冶神のついている方がいずれ勝利を収め、光と闇の長い対立に決着をつけるのでは。現状はどうであれ、そんな気がした。

『て、てめぇ……!!』ダブルワークの両刃刀が、左右二本で頭上の敵を突く。『足癖が悪いにも程があるぞ!!』

 爪を備えている足が、ヴァイエルから離れた。

 黄金の鳥足と一対の翼は捻じれるように収縮し、代わりに白いスーツを着た闇神が姿を現す。

 男神の両目は、開いていた。

『流石は最高神格を持つ縫修機だ。触れた私に、人間神の居場所を暴かせないとは』

『そういう魂胆か!?』と、ダブルワークが激高する。『さては、この瞬間の為に吸魔を逃がしたな!!』

『ご明察』慇懃無礼な口調で、白スーツが敵の推理を肯定する。『私は、彼が欲しくなった。地上に出た時に起きる幸運・不運の全てに興味が湧く。今……、そう、今。彼が、赤と緑、いずれの機内に隠れているのか。緑と踏んだのだが、違うかな?』

 緑の縁取りを持つ白い飛翔体が、闇神の左側面からビームを見舞う。

『知らねぇな!! 誰の事なのか見当もつかねぇ!!』

 長い金髪を従わせ、男が軽く体を後方へと流す。

 ビームは、元いた場所を空しく貫いた後、直進を続け闇に溶けた。

「やっぱり、首が動いていないのに真横が見えるんですね」と、勝利は眼鏡の紳士に同意を求める。「目を閉じたまま闘ったり、身体の大きさが一定ではなかったり。ダブルワークさん達とは全然違う約束事が働いているような……」

「それよりも、吸魔の方だ」ライムの意識は、白スーツに邪魔をされても尚、闇の魔物を捉えたいと望んでいた。「ミカギ、チリ。私達と交代だ。今からでは難しいが、それでも吸魔の追跡を頼みたい」

『わかった』

 既に移動を始めていた赤の縫修機が、不二と分かれて上空の一点を目指す。

「勝利君。君も、不二を私達と合流させるんだ」

 そう話す縫修師には、憤怒の気配など微塵もない。引き受けて一旦始めた縫修の前段階を中断するしかなかったのに、彼の感情は完全な制御下にある。

 見とれつつ「はい」と返事をした後、端末に「不二」と呼びかける。

『ダブルワークに接近中だ、主』

「それでいい、助かるよ」自律型の判断に安堵した勝利は、「近づいたら、防御を優先に」と指示を出す。「さっき、ダブルワークさんは奇襲攻撃を受けた。次は、どうあっても避けたいんだ。頼む」

『命じるだけでいい、主』

 主従の関係を強調する返事に、勝利はつい僅かに肩を竦める。

「いつもは無理。慣れていないんだ、そういうのは」

『了解した、主』

 不要になった二つの分割画面が消えた。球状モニターは吸魔の投影を諦め、今やその全面が闇神との戦闘に備えている。

「勝利君」

 呼ばれて右を向いた勝利は、スーツ姿の美神と目が合った。

 ライムが、真顔で見つめている。その双眸に何がしかの気遣いを滲ませて。

「体調に変化はないか?」

「はい」

 当然の事と答えた後、眼鏡の紳士が何を知りたがっているのかを理解する。

 先程ダブルワークが白スーツに機体の一部を掴まれた時、闇の波動は勝利の至近にまで迫っていた。その影響の有無を気にかけているのだ。

「神格の差か? しかし……」

 彼の表情から察するに、ダブルワークと闇神の相対的な比較を様々な角度から行っているらしい。

 ライムは勝利を見つめたまま姿勢を変え、ゆっくりと瞬きした。

「いずれにしても、読まれてしまった可能性があるな」

「何を、です?」

「君がこちらに搭乗している事についてだ」



           -- 「17 見せてはいけない  その3」 に続く --

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る