06 人間相手のミッション その2
アルバイトを終え自室に帰った勝利は、和室で暖をとりながら携帯端末で五月雨百合音のデータにアクセスした。表示された学校名をクリックし、一帯の地図を表示する。
勝利の住む江戸川区かと思いきや、私立朝八谷学園は、まんぼう亭と同じ市川市内にあった。市の北西に位置し、学校の敷地の西側には県境となる江戸川が流れている。
まんぼう亭からの距離は二キロほど。無理をすれば不二単体の監視も不可能ではない距離だ。
五月雨家の最寄り駅が総武本線の新小岩駅となる分、学校からの経路は、バスで市川駅まで移動、その後総武線に乗るという一経路のみだった。
待つのなら、市川駅しかない。不二に外の監視を任せつつ、大きな方の改札が見える所に陣取るのが良さそうか。利用者の多さ、つまり人目の多さは、今から覚悟しておくしかない。
「長くて一時間くらいかな……」
何しろ相手は高校生。ならば、始める時刻は午後四時台に、と考える。
湖守は、外出する時間分もバイト代を出すと言ってくれた。ちゃっかりしたもので、お金の為と思うと、ぼんやりと過ごす一時間がさほど苦痛にはならない気がしてくる。
携帯端末を裏返し、カメラのレンズを囲む透明なリングを右手で外す。
「不二」
呼びかけただけで、リングの代わりに小さな人型の機械が勝利の目前に現れた。
不二の全高は五〇センチほど。ボディと左手装備の盾は全て藤色に染められており、一見すると勝手に浮遊する人型ロボットのプラモデルに見えなくもない。
最も目立つ武装は、背中に背負っている一対の砲塔だ。今は天井に向け垂直に立てられているが、前面を狙う時は、肩の上に乗るよう水平に倒れる仕組みになっている。
ヴァイエル化したダブルワーク達と同じく、不二もまた面と線が描き出す神の奇跡そのものだった。不二の外見が見事すぎて、元々質素なだけの和室がなお色褪せて見える。
「まんぼう亭で俺と湖守さん達がしていた話は聞いたのか?」
「聞いていた、主」
勝利づきの機械戦士が、肯定した。
「俺は明日、来月予定している本番に備えたリハーサルを市川駅でやる。駅に入る前にお前をその姿にするから、当日と同じく北口のバス停に向かってくれ」そこで一旦詰まると、「北口っていうのは、まんぼう亭のある南口の反対側の駅出入り口だ」と付け足した。
「了解した、主」
感情とは無縁な口調で、唇を動かさずに不二が応答する。
「本番の日。もし彼女がショッピングセンターに寄るようなら、その日の決行は諦めよう。明日、彼女とは会えないけど、当日彼女がそのまま電車に乗りそうなら、彼女を追い抜いて俺のところにすぐ戻って来ること」
「了解した」
「後は明日、人混みとか見通しの良さとか確認してから修正しよう」
「了解した、主」
武装付きの不二が、同じ言葉を繰り返す。
これは、ヴァイエル達が普通の人間には見えないという特性を利用した計画だ。
不二が駅北口のバス停で勝利よりも先に百合音を発見すれば、携帯端末で一報を受け取る事ができる。後は、彼女が改札を通る前にこちらから声をかければいい。
※ ※ ※
翌日。湖守やライム達に送り出され、勝利は不二と共に市川駅を目指した。
午後四時をまわっているので、十二月ともなると周囲は随分と夜の気配が強くなる。気温も下がり始めており、出がけに湖守が「勝利君。コート、コート!!」と制止する気配りをとても有り難く感じた。
総武線の利用客が増え始めている。学生は少ないものの、女性と背広姿のサラリーマンがスピードを落とす事なく次々と自動改札機を通って行った。
乗る客、降りた客、いずれも足は異様に速い。定刻で走る電車を使いこなし、皆、勝利の前を無言で通りすぎてゆく。
緑の携帯端末をポケットから出し、勝利は端末を北口側に傾けた。
肩の辺りに浮いていた不二が、若干高度を上げる。人々の頭上を通路とし、滑るように飛行して定められたバス停に向かった。
さて、本番ならばここからが長くなる。相手任せの行動だけに、ぼんやりと立つ事がいつ終わるかは勝利も時計も、勝負神にさえわからないのが現実だ。
乗降客の数が、更に増えた。
(こりゃあ、立つ場所を考えないと……)
スマホを眼前に掲げたサラリーマンが、勝利とぶつかりそうになる。二人連れ、三人連れは敢えて横に並ぼうとし、改札の外にまで大きく膨らむ。
とてもではないが、ぼんやりなどできる状況ではなかった。
(も、もう少し北口寄りに立つか……)と、不二を追うように構内を歩き始めると、携帯端末が鳴った。
不二が呼んでいる。
本番でもないのに、不二からの一報とは。
別段何の警戒もなく通話を始めると、『主』と呼ぶ小型ヴァイエルの声はいつになく感情を含んでいた。
「どうした?」
『五月雨百合音を発見した』
一瞬、勝利の思考が止まった。
『こちらを見ている。視線から逃れるように飛んでいるのだが、やはりこちらを見ている。指示が欲しい』
「えー……」
一瞬で凍りついた思考の壁を叩き壊し、自身に無理矢理覚醒を促す。
やはり、見る力が縫修後の百合音に残っていたのか。ライムが想像した通りに。
「今、どの辺りだ?」
『駅構内に繋がる階段の上に留まっている』
歩き出す勝利の足が、自然と早くなった。
「そのままでいろ。すぐ向かう!」
-- 「07 人間相手のミッション その3」 に続く --
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