05 人間相手のミッション その1
ゴリゴリと、ダブルワークが勝利の背中に右の拳を押し当てる。左手は背後から勝利の胸板に回っているので、対術と無縁な素人では逃げようがない。
「や……、やれって言うのなら、やりますよ。一人で。大人が何人もで彼女を見下ろしたら、かわいそうです」
「それに、間違いなく周りが警察を呼ぶパターンになる」意外とまともな返事を返し、緑髪の男が勝利の体を解放した。「通行人が関心を持つ確率を無理矢理下げるのは上手くねぇ。だったら、最初から地味な顔をした奴が一人で接触する方がましだ。知り合いって事なら尚良しだろ?」
殊更挑発的な目つきで顎を上げるダブルワークに、「悪かったですね!! 地味な顔で!!」と、勝利は座ったまま噛みついた。「別にいいじゃないですか!? それが役に立つっていうんですから」
「え~」カップを両手で包みながら、ミカギが表情も交え否定をする。「勝利クンは、大人かわいい系だと思うなぁ~。こっそりもてるタイプ~」
自分の定位置に戻りかけ、ダブルワークが足を止める。
「こっそり、か。ミカギのそれ、フォローになってねぇぞ」
「……あ、いや。聞き流してくれ」ライムが体を捻り、勝利の方に向き直る。「勝利君。君は、私達にはないものを持っている。命の輝きを持つ者として、この中で君だけが百合音君と対等に会話する事ができるんだ。私達不死の神が人間の真似をして近づくよりも、ずっといい」
「そんな……」言い方は、と続けて口にしたかったのだが、咄嗟にやめる事にした。
ライムとしては、勝利を立てる為の言葉選びだったのだろう。その配慮自体には何の問題もない。
ただ、少々引っかかるものを見つけたように思う。
勝利は、不死の存在である勝負神の器である事に、今は幾らかの喜びを覚えている。両親の隠し事に戸惑ってはいるが、良い職場と神々との縁に恵まれ、今抱いているものは間違いなく幸福感に属するものの方が圧倒的に多い。
たとえ、時々かけられる言葉が勝利の為に用意されたものでないとしても、勝利は今後も勝負神と共に体験の全てを共有したかった。
果たして、勝負神側は現状をどう受け止めているのだろう。勝利の体内で不死の時を過ごす不快、人間にまみれる不快などが無いとは言い切れない。
ライムの中でも、何か秘めたものが心の片隅に眠っている気がした。彼等が神造体と呼んでいる人間サイズの器は、ライム達に幸福感と幸福感以外の何か、どちらをより多く与えているのだろう。
「俺、一人で百合音ちゃんをここに連れて来ます」
もし、不死の存在側が躊躇してしまうなら、自分がやらねば。それが勝利の決心だった。
「ありがとう。でも、何だか初めて頼まれたお使い、みたいなノリになっちゃってるよ。そんなに力まなくていいから」
声が笑っている湖守に諭され、ふと自身の様子を見つめ直す。
右手で台拭きを握りしめたまま座している新人アルバイトが、鼻息粗く目を輝かせている。そのようなところか。
湖守のおかげで、多少温度は下がった。とはいえ、方向性は今も同じところにある。
「俺に縫修はできません。勝負神代行だって、本物あっての代行です。でも、百合音ちゃんに話しかける役割なら、俺一人でもできるんです。初めてのお使い、やらせていただきます!! それこそ全力で!!」
語尾を放つ時、湖守を、そしてライムにと視線を移す。
「勝利君……」
意味を悟ったと思われるライムが、眼鏡の奥で先程の言葉を詫びていた。
「俺、頑張りますから!!」
「張り切りすぎて不審者にならない程度に、な」
ダブルワークに釘を刺され、勝利は「しつこいです」と口を尖らせる。
※ ※ ※
夕方、湖守の携帯端末に療養中の石塚店長から電話が入った。
百合音の登校は十二月二二日から、に決まったという。自宅に帰ってから再び学校に通い始めるまで、半月以上の療養期間を置く計算だ。
勝利は、自分の高校時代を思い出した。
「二学期が終わる直前に顔出しだけでも、ってところでしょうか。もう期末試験が始まりますし、直前まで吸魔だった百合音ちゃんには全然準備ができていない筈です。……その期間を療養に回すのは、有りといったら有りなんでしょうね」
「じゃあ、年明けかな。彼女に来てもらうのは」
それは、実に湖守らしい配慮だった。
「そうですね。あの……、ところで湖守さん」洗濯物をたたみながら、勝利は午後の仕事の間に考えていた事をそっと切り出す。「本番をスムーズに進める為に、学校の最寄り駅とか事前に見ておこうかなって思うんです」
「確かに、それは必要だね」
湖守が頷くと、ダブルワークも「やるなら、年内だな」と下見の必要性を肯定した。「実行する数日前とかだと、むしろ同じ時間帯の駅の利用客が顔を覚える。年末年始を挟めるから、今月中だと全く問題なしだ。やっとけ、勝利」
「はい。俺も下見の準備として、彼女の通う学校と使っている道を調べておきます」
「助かるよ。下見する日は、勝利君が好きに決めていいから」湖守が、乾かしたばかりの台拭きを一枚おろす。「前の日と当日の朝、僕に言ってね」
「はい。できれば、明日にでもって思ってます。……本番当日まで、一日でも長く確保しておきたいので」
アパートに帰ったら下見に必要な情報の全てを集めよう、と勝利は自分の携帯端末をエブロンの外側から触る。
ポケットに入れてあるそれは、四角く硬質な感触だけを返してきた。
明日、端末のカバーからリングを外すつもりでいる。
そう。明日、駅で行うのは、本番を確実に成功させる為の下見でありリハーサルだ。
ほぼ同じ時間に、ほぼ同じ場所に立つ。勝利にとって唯一の僕、不二と共に。
-- 「06 人間相手のミッション その2」 に続く --
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