02 神技を記憶している少女  その1

「あるといいんですけど」とは答えにくかったので、勝利は「う~ん」と唸りつつ台拭きを畳みながら間を取った。

 神々が関心を寄せている五月雨百合音という少女は、縫修によって救われた元吸魔だ。失踪扱いになっていた期間は一ヶ月と、決して短くはない。

 親元に帰ったのは三日前の事で、今日向かった先も学校なのか病院なのか、隣人では把握しきれないのが現実だ。

 両親や近所の人間とて、未だ過敏な状態にあるだろう。縫修師達の派手な容姿が好意的に受け入れられるか否かは、あまり楽観しない方が良いような気がする。

 刺さるのだ。良くも悪くも、現実離れした美貌というものは。

「……難しいですよね。普通の女子高生が築く人間関係に、縫修師とか神様が入る事は、まずありませんから」

「普通のおじさんやお兄さんでも、アウトでしょ~」容赦のない現実をミカギが口にした。「ツェルバ達が一見歳が近いんだけど、男の子だし、やんちゃだしねぇ~。あの子達もアウトぉ~」

「そうなりますよね」一般常識の下で判断するなら、「勝利も神々も近づくな」という結論に達してしまう。

「だが、それで引っ込む訳にもいかねぇだろ」神側の事情を掲げ、ダブルワークが右手で勝利を指す。「学校帰りにここに連れて来れるよう、上手い事、確率操作できねぇか?」

 勝利は悟った。だから皆、自分に相談しているのだ、と。

 人間として二四年間を過ごしてきた勝利の内には、神々の中でも高位に位置する勝負神が潜んでいる。

 勝負神は、その呼び名の通り勝敗を司る男神で、ライムや湖守達の世界に属する強力な神の一人だという。特筆すべきは、ダブルワークの言う確率操作の能力だ。

 アクシデントの発生率は言うに及ばず、縫修のような、極限られた神にのみ与えられた技の成功率にも干渉する事ができる。

 一昨日など、勝利と闇神が地上世界で遭遇するという珍事を引き起こしてしまった。

 その勝負神の力を持ってすれば、神々と百合音の不自然な出会いさえ問題なく成立するのではないか。そう踏んでいるのだ、湖守達は。

「つまり……。今の話は全部、俺の中にいる勝負神に聞かせたかったんですね?」

「それだけではない」とライムが首を横に振りつつ、断言する。「縫修後、彼女と直接会っているのは、この中で君だけだ。勝利君。五月雨家の隣人として肌に感じるものもあるだろう。ましてや、彼女が縫修を覚えているとの情報を私達にもたらしたのは君だ。君の、一周勝利君の意見を聞きたい」

 ハッとして息を止め、勝利は両手でパチンと両方の頬を同時にはたく。

「わかっています。……すみません。少し拗ねてました」

「いい傾向じゃねぇか。正直に自分の本心を言えるってのは」ダブルワークが立ち上がって近づき、勝利の頭をぐりぐりと撫で回す。

 恋敵から子供同然に扱われ、つい唇を尖らせた。

「やめてくださいよ!!」

「俺に頭を撫でられたくなきゃ、もっと大人になるんだな」

 白い歯を光らせるダブルワークに、「もう、さっきのは俺が悪かったです……!!」と、勝利は何とかして手を払う。

 直後、ダブルワークがぐいっと顔を寄せてきた。

「おい。その顔は、ライムの言葉で何かを思い出したって顔だな」

 流石は、勘の鋭い緑髪の男だ。おどけつつも、勝利の僅かな変化を見逃していないと見える。

 勝利は頷いた。

「はい。……ない訳ではないんです。彼女に感じる、俺なりの危機感みたいなものは」

「危機感ね」多少の見当でもついているのか、湖守が意味深長な繰り返し方をする。「じゃ、続きはお昼ごはんの後にでも、みんなで一緒に考えよう」

 湖守がランチ用の皿を一枚、胸の前に掲げた。その後、次々と皿をカウンターに溢れさせてゆく。

 全員でとる昼食が始まった。

 その日の日替わりランチは、ハンバーグ定食。ワンプレートにハンバーグと型抜きライス、フライドポテト、ミニサラダが一緒に盛りつけられており、コンソメスープが別につく。

「働き者の勝利君には、いっぱい食べてもらいたくてね」

 そう笑う湖守が勝利の定位置に置いたプレートには、なるほどライム達よりも数本多く揚げたてのポテトが乗っていた。

「ありがとうございます」

 その優しい気遣いが嬉しくて、食事をしつつ、内なる勝負神に声をかけてみる。

(さっきの湖守さんの話、聞こえていましたよね? 俺も、彼女と神様達の出会いを何とかしたいな、って思うんです)

 同じ声による返事は、なかった。便利屋にはするな、と腹を立てているのかもしれない。

(そもそも、百合音ちゃんが縫修の事を覚えているのは、あなたの確率操作の結果、じゃないです、よね?)その辺りのところは些か自信がないので、勝利は他に原因があると信じる事にする。(学校帰りに偶然、とか。上手い事運べませんか?)

 尚も、内は静かなものだ。

 勝利のフォークがぶすりとボテトフライを刺し、荒々しく口に運ぶ。

(俺としては、彼女の今後が気になります。……何だか今のところ、白スーツの闇神に一歩リードされている気がするんで)

 意識の裏側に、小さな波が立った。

 僅かではあるが、勝利の言葉に動揺を見せたのだ。

 確率操作を可能とする勝負神とて、万能ではない。時間の先で、何がどのような影響をもたらし、どのような結果に繋がるのか。読み切れている訳ではないのだろう。

 勝利は、想像したままを伝える事にした。

(おそらく百合音ちゃんは、俺の出方を待っています。我慢していられる間に、彼女の好奇心とか衝動とかを上手く誘導してあげないと。かえって突飛な行動に出る気もするんですけど……)

 まただ。返ってくる揺れが大きくなった。

 肉体の方で、勝利は息をついた。

 ライムと湖守が手を止め、不思議そうに小首を傾げる。

(そうですよね)と、勝利は実体を持たない神に音のない相槌を打った。(気づいてない訳、ないですよね)



          -- 「03 神技を記憶している少女  その2」 に続く --

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