26 呼び出しに応じた女  その2

 込み入った話に五人も絡むと、十分などという時間はあっという間に消費してしまう。石塚店長は店内に戻らねばならず、真田なる人物の移動中にこちらで場所を決め、三時間後を目安に五人で落ち合う事になった。

「それでは、お気をつけて」

 携帯端末の通信を終え大きく息をついた後、「申し訳ない、お三方。私も一度店に戻ります」と石塚が身を屈めて店舗を顧みる。

「では、私達が場所を決めてお二人に連絡しましょう」

「俺の端末に、その真田って女性の番号を転送してくれ」

 ライムとダブルワークが、手際よく二つの提案を分けて伝える。

「はい。お願いします」

 石塚の指が、端末の画面上で軽快に滑った。昼の繁忙時間帯の事に思考が及んで、いつもの自分を取り戻した感がある。

 勿論、全てを一度忘れ切り替えているのとは違う。真田和也少年を見知っている人物ならば、尚更だ。

 しかし、石塚は店長としての自分を強烈に意識し立ち直った。この場合、「お客様が待っている」という使命感がプラスに働いたのかもしれない。

「よしっ!!」番号の転送受信を確認したのか、ダブルワークが威勢のいい声を上げる。「わざわざ時間を取らせて、悪かったな」

「いえ、とんでもない。それでは、後程改めて」

 石塚が足早に小さな駐車場を横切り、店を後にする客に頭を下げ道を譲る。

 しゃんとしている神様だ。見送る勝利の感想は、コンビニ店長の評価が一回り大きくなっただけのものだった。

 そう思いたいのだから仕方がない。「しゃんとした神様」を彼等神々の基準で測る事は、時々代理に立てられる程度の勝利には至極困難なのだから。

「という事で、まとまった人数であまり見聞きされたくない話をする場所が急遽必要になった訳だが。…どうする…?」

 饒舌なライムだが、彼の意識は、眠り続けている和也少年もどきに注がれたままだ。

 憐憫、それもないとは言い切れない。が、ライムの執着は些か度を超している。

 まんぼう亭を訪れた日に救ってやれなかった事を悔いているのだろうか。緑眼の紳士ならば考えそうな事だ。

 勝利は、わざとらしくポンと右手の拳で左の掌を叩く。

「俺の部屋なんてどうです? すぐ近くですよ。隣と下は空き部屋ですし」

 しかし、「バカか、お前は。あの白スーツの男は、まだこの辺りをうろついてんだぞ」とダブルワークから大人げないダメ出しを食らった。

 ライムに至っては、「気持ちだけ受け取っておこう。しかし、ダブルワークの言う通り、不適格としか言いようがない」と実に冷徹な物言いを返してくる。

「でも、駅前のカフェも不向きですよ。個室とかありませんから」

 ライムが、眼鏡の奥で半眼を拵えた。

「……その前に、湖守さんに報告をしておこう。待ち合わせ場所についても、良い考えを持っているかもしれない」

「こういう時の上司か。…だよな」

 ダブルワークが今更の納得顔で頷くので、勝利は「さっき、俺が言ったじゃないですか。その報告って、そもそも最優先ですよ」と呆れつつ唇を尖らせる。

 コミュニケーションがよく取れている湖守との関係の下、今日の二人が選ぶ対応は幾度となく後手後手だ。

 尤も、勝利も二人の気持ちをある程度理解する事ならできる。

 悩みについて相談しようとまんぼう亭を訪れた真田少年を、湖守のやり方ではとうとう楽にしてやれなかった。誰が悪いでもないその現実を最悪な形で突きつける事になるのだから。

 ライムの手から再びダブルワークが自身のコートを受け取り、少年をすっぽりと包み直す。

 頭上では、不二が監視に入っている。もし、抱いているのがライムでないと知ったら、気弱な彼の事だ。再び暴れてしまうかもしれない。

 伊達眼鏡の紳士が、携帯端末で湖守の番号を選んだ。

 正に昼時な分、多忙を極めているのはまんぼう亭も同じだった。湖守の代わりにミカギが出、「言いにくいんだが」というライムの前置きを聞くと、『待って。上で聞くから、私のにかけ直して』と一旦通話を終える。

 ミカギからかけてきたところで、ライムは経過の全てを赤の縫修師に明かした。

『そうだったの…』ぽつりと寄越す彼女の言葉は、とてもやりきれない悔恨に包まれている。黒の縫修師ツェルバも店内にいた程だから、まんぼう亭に寝泊まりしている全員が真田少年の訪問を記憶しているのだ。

 そして、話が小さな虫の少年に及んだところで、ライムは続きを話す事を躊躇う。

 携帯端末は、何も発しようとはしない。ライムが相槌を打たずにいるので、ミカギの反応がなくなっている事が傍観者の勝利にも伝わってくる。

 赤の縫修師までも、か。これは自分がしっかりしなければ、と勝利は妙な使命感を帯びた。

 今のダブルワークがそうであるように、赤の縫修機チリにもミカギの苦悩が伝染したところで、今後様々な判断が鈍る気がする。

 三〇秒以上の間が開いた後、彼女が何かを伝えた。

「そうか」と呟くライムが、端末を耳に当てたまま、無言でまんぼう亭側の変化を待っている。

 もそり、と先方からの応答があった。

「湖守さん」ライムが空を仰ぐ。

 まるで詫びている姿だ。

 何に?

 顔の見えない湖守に、か。

 情報を収集したリーダーの決断は早かった。微かだが、勝利にも決然とした湖守の言葉が届く。

『その子をまんぼう亭に連れておいで。乃宇里亜のシールドがあるから、汚染の心配はない。今日の午後は、店内を貸し切りにしよう。石塚君と真田君にも、そう伝えておいてくれる?』

「はい。すぐに戻ります」

 ライムが返事をする側で、ダブルワークが二人へのメールを用意し始めた。

 湖守はシールドと言っていたが、闇の探査網に対し、まんぼう亭側にはそれだけの勝算があるようにも聞こえる。守ってやれないのは、建物の中に集まる者達の心だ。

 言葉が少なくなったミカギ達や湖守の。真田という女性の心が、これから深く傷ついてしまう。

 事情の見えない自分までが飲まれてはいけない、と勝利は小さく息を吸った。

 必ずある筈だ。人間の自分にこそできる事が。



          -- 「27 呼び出しに応じた女  その3」 に続く --

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