20 小さなヴァイエル  その2

 枝から飛び立つ一羽の鳥が、去り際に勝利の頭上で短く鳴いた。

 この一帯に嫌なものがいる。もし、そう呟いたのだとしたら、闇の使者が何処に隠れているのか、ライム達にわかるよう教えてくれれば良いものを。

 息を潜ませた弱者は捕捉が難しい。勝利はきつく目を瞑って、頬を叩く代わりとする。昨日に続いて、またも八つ当たりだ。

「くそぅっ!!」ダブルワークにも焦りがあるのだろう。曇天を仰ぎつつ、舌打ちを堪えて顔を歪める。「吸魔よりもずっと見えづらいぞ。俺の目でも捕捉できねぇ」

「どういう事なんですか?」

「仕様ってやつだ。俺の性能を全て引き出すなら、あのでかい姿じゃないとダメなのさ。元々、ヴァイエルとしての俺があって、人間の姿は、まぁ予備みたいなもんだからな」

「ヴァイエルなら…」

 鸚鵡返しに繰り返す中で、勝利は外したリングに小さな人型の外観を重ね合わせる。

 白スーツの男を諦めるのだから、いける筈だ。小型のヴァイエルと闇の弱者で、力の差が桁違いという事もあるまい。

「やっぱり、これを使ってみます」

「勝利君。与える形は決めたのか?」と、ライムが主の義務について問う。

「はい。最初に考えていた通り、小さなダブルワークさん風にします」

「そんなに俺を枕の側に起きたいのか?」

 やや下品な意味を含んでいるなと感じたので、勝利はぷいと顔を背けた。わからんでもない。これは、ダブルワークなりの八つ当たりだ。

「頼りになる、とは思ってます。だから、その形を真似させてください」

「よしよし。いいぜ、素直っていうのは」冗談を言うものの、声は他方に向けて発せられた。人の姿の性能限界に挑戦し、前方、背後と、彼なりの探索を続けているようだ。「俺風にして、背中辺りに自動追加の武器をつけるのがいいかもな」

「はい」

 定形を与える為に勝利は、形を、色を、具体的にイメージしようとする。

 群星機ダブルワークの白と鮮やかな緑を脳裏に再現するのは容易だ。勝利がこの世で最も美しいと信じている機体を描き上げればよいのだから。

 ところが、何故か細部にこだわろうとする程に雑念が入る。思考を断ち切る質の悪さは、まるでノイズだ。

 監視をする視線が、微かだが熱を帯びた。

 急がなければ。集中がし辛いからと徒に時間をかけてもいられない。

 監視役は、必ず捕まえる。勝利がこれから始める事さえ全て目撃してしまうのだ。

「いきます!!」

 勝利がリングを頭上に投げ上げた途端、リングは白色に発光した。

 小さなヴァイエルとして整形の工程に入り、一瞬で終わる。

 瞬きの有無で記憶したものの違いが出るなら、大したものだろう。全ては、人の目に焼きようがない早さで進む。

 人間にも視認ができる仮の姿から、神々の領域に住まう者たる偉容の正体へ。変容というべき怪現象故に、ダブルワーク達と同じ理屈が働いているのは間違いなかった。

 金属製の外観を持つ小さな人型が、なるほど空中に留まっている。

「え…?」

 勝利は、ここでようやく異変に気づいた。

 何故だろう。仕上がりの色が白地ではない。

 群星機の光沢を再現できなかったのは仕方がないとは思う。星々の輝きが神々にとっても特別なものなら、三機の縫修機の光沢が至上の輝きとして不可侵という事は十分にあり得る。

 大きさは、確かに五〇センチ程に収まっていた。その部分は説明された通りだ。

 が、全身を覆うのは藤の花を思わせる紫で、そこに豪奢な白と緑のラインが施されている。

 背面に左右一基づつマウントされた長距離射撃用武器は、話に聞いた自動設置の追加装備なのだろう。全高近くの長さを誇っており、代償として肩を覆う張り出したパーツは一部がジョイント機構を兼ねていた。

 全体として、強そうには見えるが好戦的で厳つい印象が数段増しになっている。

 明らかに、形もダブルワーク・タイプではない。何より、縫修機には無い足首がある。

「あの…」続けるべき言葉が、勝利の口から全て出る事はなかった。

 話が違う。主の描くイメージが形状に反映されるのではなかったのか。

 この形を、勝利は知らない。駅に掲示されているゲームのポスターにも、藤色のロボットが描かれていた事はないよう記憶している。

 縫修機よりも太いボディラインは面が異様に多く、結果として曲面で構成されているような錯覚を見る者に起こさせていた。

 それでも、頭の大きさ、肩パーツの大きさ、胸板の厚さなど、勝利の感性に訴えかけてくるものがダブルワーク達縫修機に似ていなくもない。もしかしたら、製作者が同じ鍛冶神だからか。

「おい…」ダブルワークが、空中のヴァイエルを顎でしゃくる。「あれは、俺じゃねぇぞ」

「誰にだって、そう見えますよ」勝利は、そう答えるしかなかった。

「あのデザインを何処から持ってきた?」

「それも、俺が一番知りたいです」

「じゃ何か?」ダブルワークが勝利に向き直る。「勝利の専用ヴァイエルってのは、最初から特定の形を持たされていた、と…でも…」

 勝利とダブルワークは、凍った表情のまま穴が開く程見つめあってしまった。

 他に、可能性が思い当たらない。

「そういう事のようだな」ライムの表情も、実に険しいものだった。伊達眼鏡の奥で、新緑の虹彩が長い睫に半分隠される。「湖守さんが嘘をついたとは思えない。あの人は、鍛冶神が指示するままに動いて、勝利君、君に伝えただけなのだろう。何らかの思惑があるとすれば、昨夜動いた鍛冶神の方だ」

「鍛冶神が? 何の為に?」ダブルワークの不快感が、そのままライムにぶつけられる。「従者が形持ちで、もし名前まで付いてたら。勝利の言う事は…」

「名前だ!!」ライムが眼鏡のフレームで冷たく光を弾き、勝利に一歩近づく。「今すぐ、彼、もしくは彼女に名前を与えるんだ!!」

「な…、名前…。そ、そうでしたね」勝利が小型のヴァイエルに与えるべきは、何も形ばかりではなかった。主従の契約の要、名を与えなければ始まらない。「名…、名前って…」

 頭の中が白濁化しており、思考が停止している。何故、鍛冶神は形を与える自由を勝利に譲ってはくれなかったのだろう。

 名が。ヴァイエルの名が、思いつかない。



          -- 「21 小さなヴァイエル  その3」 に続く --

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