第1話 勝率を下げる男と新緑に彩られた神々
01 一周勝利
人知を超えた力が働いた事により、あなた方全員は不採用となりました。
もし、本当にそんなふざけた理由で採用を見送られた場合。落とされた方は納得できるのだろうか。
また、人事は事態の全容を正しく理解し、「怪奇現象が起きましたので」と説明するものなのろうか。
どちらも否、だと、一周勝利(いっしゅう まさとし)は思う。
まともに考えれば、直接の原因は、午前にも開かれていた大説明会に優秀な人材が多数現れ、全ての課の募集枠が一度で埋まった為だ。
同じ日の午後の部に回された。ただそれだけの違いで、応募者全員が、あのように気の抜けた採用担当の顔を見る事になろうとは。
ビルを出る時、勝利だけでなく午後の部に回された全員の心と足取りが重かった。
一体これが何度目になるだろう、と勝利は俯き加減で最寄りの駅に向かう。「あなたの前の方が…」、「昨日の方が…」とタッチの差で採用を逃した経験の何と多い事か。
思えば、つきの無さはこの求職期間に始まった事ではない。
いや、正確には、つきの無さとは違う。謎の勝率低下現象だ。自分に降りかかる事が最も多いのだが、時として周囲にも飛び火する。
商店街やスーパー主催のガラポン抽選会でも、一人で行くと、自分の前か後ろで軽快なハンドベルの音が鳴る。家族や友達と連れだって参加し全員が一度づつハンドルを回せば、家族の前か後ろ、友達の一人前か一人後ろで「おめでとうございます!!」の声がよく起こった。
勝利が幼い頃から付きまとっている現象だけに、家族はすっかり適応してしまっている。しかし、周囲からはひどく疎まれ友達は常に少なかった。
今回の説明会も楽観してはいなかったのだが、生活の建て直しを邪魔されれば流石に焦る気持ちが湧いてくる。
落ち着きのない人間を、人事は必ず看破する。落胆を引きずらぬよう、勝利は体質の事からなるべく意識を反らして歩く。
ただ、心中では午後の部の元ライバル達全員に詫びた。「自分の所為で落ちたのだと思う。ごめんなさい」と。
ICカードで改札を通り、駅構内に流れるアナウンスに耳を傾けながら下り線用のホームに下りる。
そこには、連絡通路とは違う案内が流れていた。勝利がいるホームに平行する別の線を列車が通過するらしい。
鉄オタではないが、何とはなしに眺めたくなった。ホームの端も端、最後尾の車両が停まる最端まで歩いて進み、ぼんやりと通過列車が現れるのを待つ。
なかなか来ない。定刻で走っているようなのだが。
十二月最初の日。時刻は、午後一時三七分。
手持ち無沙汰で空を仰げば、刷毛で柔らかく梳いたような筋上の雲が行儀よく列を成し空の三割程を控えめに覆っている。
その手前で下界から天を突こうとしているのは、日本の繁栄を支えていると思われる企業の入った高層ビル群だ。流石に都心ともなると、ビルの高さが違う。
寒風がホームを渡り、勝利の漆黒の髪を撫で線路沿いに抜けていった。
濃紺のスーツに袖を通し、その上からコートを羽織る。勝利は、大学入学を機に茨城から東京へと移り住んだ地方出身者だ。幾らか長めの黒髪と茶色い双眸は、直接目にすると、履歴書の写真よりも印象が良い。
父親似の中肉中背にも何ら問題はない筈だ、と自己評価している。大卒、再就職を志して半年以内の応募も、それほど悪印象に繋がるとは思えないのだが。
「落ちたな、今回も」との暗い確信に、改めて心が沈んだ。
笑うと突然少年じみた表情へと崩れてしまうところもいけないのか。八つ当たり同然で、自分の顔立ちや表情にまで敗因を押しつける。
(…参ったなぁ。今週中に決められなきゃ、年齢欄に『二四』とは書けなくなるぞ…)
下らない思考に囚われかけ、慌てて小さく首を振った後、吹っ切るつもりで無意味なほど熱心に通過列車の点を探す。
面接の記憶が頭から消し飛んだのは、その時だった。
視界の隅で何かが動いた。
列車か。
違う。
下ではない。上だ。
雲と蒼天、そして太陽以外の何かが色を持ち、「ここにいるぞ」と誇示している。
雲の均一模様を乱す色の強い物体が一つ、雲の手前で水平に動いていた。
当然、常識の範囲で飛行機か鳥の類を想像する。
しかし、横というより縦に長い形に見えないか。水平に進む為の姿形、と見るには些か無理があった。
「何だ…?」
通過電車が入線するまで、あと一分。ふと我に返った。
自分は、一体何をしているのだろう。黒点一つを追ったところで、人生や就活の足しになる訳でもあるまいに。
そう思いつつも、勝利の中には自分でも奇妙に感じるほどの大きな興味が湧いていた。
「おいおい…」と、見入った果てに微妙な笑みで表情を崩す。ホームから見上げる限り、黒点は人型と断じてもよい外見をしていた。
人間の臑に相当する部分が異様に細く、形としては自立に向かない。今は、ようやく五百円玉と同じサイズに映るだけなので色も細部も判然としないが、突起として二本の足を下に伸ばし、二本の腕を備え、一つの頭が最上部についている代物なのだと裸眼でも容易に確認する事ができた。
それが、今度はゆっくりと降下を始め、架線の遙か上空で制止する。
下はというと、完全に鉄道会社の敷地内だ。しかも、敢えて線路の真上という位置につけている。
(ドローンか? まずいだろ、流石にそこじゃ…)
落下事故が頻繁すぎてニュースにもならなくなりつつある昨今。線路を敷いた敷地内にドローンを滑り込ませる不心得者など、別段珍しくもなかった。
もしや、操縦者や撮影者が付近にいるのではないか。二〇~三〇センチの無線誘導機を想像しつつ、他のホームや周辺のビルに素早く視線を泳がせる。
しかし、その推測は誤りだとすぐにわかった。
景色の奥から手前に向かってくる列車が、殊更小さく見える。浮遊物体に気を取られていると、他の物が普段よりもずっと小さく見えてしまうのだ。
勝利は、悪寒を覚えた。五メートル、いや、場合によってはそれ以上の大きさがあるのではないか。流石に、市販品のドローンという当初の想像は破棄するより他になかった。
比較する対象物が隣に並んでいない事が悔やまれる。単独のままでは、その大きさを測りようがない。
咄嗟に、愛用のスマホを掲げ空の一角を狙った。
戸惑いが捻れ、大きな不安にすり替わる。心臓があばら骨の中で大きく弾み、胸が痛くなった。
映っていない。これでは写す事ができない。
スマホの画面に映し出されているものは、蒼天と雲。それだけだったのだから。あの人型を、カメラは全く認識していないのだ。
更に、勝利は奇妙な事に気がついた。
遠目ながら人型をした何かが浮いている。勝利には先程からずっとそう見え続けているのに、ホーム端がざわめきに包まれる事はなく、シャッターを切る音も一切しない。
構内アナウンスにも異常を知らせる内容は含まれず、異音に半ば反射で体を捻れば、自販機に取りついている中年の男が身を屈めているだけだった。
勝利はたった一人で、線路上を狙いスマホを掲げ持っている。
近くで電車を待つOL風の女性などは、勝利がスマホを向けた先にちらと目をやった後、物憂げな様子でぷいと顔を反らしてしまった。興味がない、というより、見えていないのではと疑いたくなる関心の無さだ。
そんな馬鹿な、との思いと共に、不安が戦慄へと急速に進化した。
人型は、尚も空中に留まっている。
慌ててスマホをバッグにしまったが、手遅れな印象は否めなかった。もし、あの人型が下界の様子に関心があるなら、ホームの異変に気づいていてもおかしくはなかろう。
撮影すらしていたかもしれない。ホームでスマホを掲げ、カメラが認識しない物体に凍りついていた勝利の姿を。
-- 02 「魔獣現る」に続く --
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