国境のむこう-3

 魔術で魔術を妨害するらしい、ということは理解できた。竜とアレイシアはそれにかかりきりになって、無防備になってしまうのだという。だからその間守れというわけだ。

 メイズを先頭に、部屋を出た。桜花、颯を背負ったアレイシア、流風の順で並び、桜花と一緒に来た道を辿る。

 怪我人を運ぶのは男か、せめて桜花がいいとは提案したが、竜が聞き入れなかった。流風が運ぶことは認められないし、流風もメイズか桜花が運ぶことを認めないだろう。そのまま逃げるかもしれない。こちらとしては、別に颯を運ぶのが自分であったとしても逃げるつもりはなかった。颯を含めた五人が安全な場所にたどり着くまでは危害を加えない。約束した通りだ。私は流風とは違う。

 地下道を塞いでいた、壊れかけの鉄製ドアを抜けて少し経った。灯りはメイズの持つ松明だけだ。だが、隊列が伸びている。アレイシアの歩調が遅いせいだ。彼女はやはり、流風の仲間だったのかもしれない。ついてきていなかったら。足を止める。振り返ると、桜花のしろい顔が少し先に浮かび上がった。じり。ちり。松明の爆ぜる音、二人分の足音。ついてきている。微かな金属音が、後ろから聞こえる。そういえば、隣国に異人の部隊はあるのだったか。イーゼで銃を持っているのが仲間内だけだから、こちらに来てとんと銃撃戦の標的になることがなかった。なんであれ先手必勝だ。弾幕を張られてからでは太刀打ちのしようがないし、今日は防弾チョッキを着ている。

 松明を置いた。桜花には自分だけが先に行くことを伝える。この狭さで銃撃戦になれば、ライフル弾を見切って斬り落とす桜花でも後ろの三人を守り切ることは難しい。

 数歩走っただけで会敵した。一人目は発砲前に銃をもぎ取れたが、後続に撃たせてしまった。数人殴り倒し、奪った銃で手の届かない相手を撃ち倒す。巨体は壁になれるが、的になる。不便極まりない。だが取っ組み合う以上、常に壁ではいられない。背後まで銃撃が届いているらしい。桜花が銃弾を弾く甲高い音が響いている。数人取り逃したが、桜花なら問題ないはずだった。倒しても倒しても奥から湧いて出る、隣国の兵士の数に底があればだが。

 銃を奪っては使って投げた。銃は好かない。兵士だったときのことを、また嫌なことを思い出す。兵士になりきれない、名門生まれの出来損ない。

 人間の生命というものを、なんの感触も感慨もなく失わせる兵器。クソ食らえだ。

 拳を握り込んで殴りかかった。骨を砕き、折る。手の砕ける感覚があつく、頭を奔る痛烈が実感になる。私は今、人間を害している。

 竜の咆哮が背後から前へ、走っていった。ぱっ、道の奥がしろく光って眼に焼き付いた。炎だ。あの竜は、あの小ささでこれだけ炎を吐けるのか。体の三倍はありそうな炎に見える。

 しかも遠い。あそこまで敵がいるということは、あと何人残っているのだ。この道はイーゼ側の町から繋がっているものだ。隣国側からの抜け道があるのかもしれない。

 すたた、桜花の軽い足音が迫ってきて、追い抜いた。後ろは大丈夫なのか、言いたいが、こちらも手一杯だ。彼女がいるのは心強い。この少女のどこが、出来損ないであるというのだろう。この無駄に大きな身体よりずっと、あの小さいままの少女の方がよほど兵士だ。

 桜花の刀が竜の炎できらめき、しろく軌跡が浮かび上がる。

 銃声、桜花のはじき返す音。二度、三度繰り返して、止まった。

「・・・・・・どういうことだ」

 ひとり、兵士の中から進み出てくる女がいた。赤茶色のショートカット。カレン。流風に颯を殺させられた女だ。二、三年前、移住させた知人の娘。それがなぜ隣国の兵士といる。捕らわれているふうではない。まるで指揮官だ。小隊長、というには他の兵士から距離を取られすぎている。もっと上だろう。こういう裏切りがあることは想定していなかった。

「見ての通りです。議員さまがなぜこちらに?」

「散歩だ。近くに昔の知り合いが住んでいる」

 嘘ではない。異人管理局を辞めたケイが、東側国境に最も近い町に住んでいるのだ。古巣から一番遠い町に住むとは。

「あら、やっぱり付き合ってたんですね。賭けに勝った」

 ここで捕まるわけにはいかない。議員たちに切り捨てられる。部隊や、仲間たち、移住させてきた異人の立場も悪くなるだろう。最悪追放されてしまう。なにより、やっと、今度こそ追い詰めた仇を前にして、欲しくもなかった立場のためにそれを逃すなんてことが耐えられない。

「オススメは亡命ですね。隊長はイーゼの汚いところをほとんど知ってる訳ですから」

 ほとんどは言い過ぎだ。知っているのは議員たちの弱味に過ぎない。

「亡命などしない。邪魔ならここで殺せ」

「邪魔? うーん、邪魔ってほどではないですね。ではどうしましょう?」

 カレンが手を振る。銃を持った二人が、銃口を突きつけメイズを挟んだ。彼女は桜花の横を通り過ぎ、こちらに背を向けて少女へ向き直る。

「朱伊桜花。あなたに頼みたいことがあります」

「頼み?」

 桜花は鼻でわらった。刀を構えたまま、じっとにらみあげる。

「そうですね。おわかりでしょうが、あなたが断れば彼は今ここで死にます」

 そうだろう。銃口が押しつけられる。桜花はきくだろう。彼女にとって、それほど苦痛になる頼み事はそうない。あの冷酷な麻耶に仕込まれた暗殺者だ。

「白伊颯と娘を殺して下さい。あなたになら簡単でしょう」

 ぐらり、刀が揺れた。ちいさな唇が動く。声はちいさく聞こえないが、次第に大きくなった。

「そこをどいて。そこをどいて、カレン!」

 少女の声は震えていて、湿っている。悲壮な声は聞いたことがない。自分自身を出来損ないだと告白したときでさえ、桜花は淡々として無表情だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る