異なる世界-2

 流風を先頭に環、桜花、メイズの順で林を進んだ。草が濡れていて冷たく、足がじっとり重くなる。空気は湿気っているが軽い。重い水分が足元に落ちたみたいだった。

 進むにつれ霧は薄く、晴れていった。長いこと真っ直ぐ歩いていたが、いつ着くのかとは聞かなかった。流風は先を歩く女に聞いたかもしれない。四人で会話もせず、黙々と進んだ。

 林の出口はちょっとした広場だった。真ん中に建物がひとつ、隣接する二周り小さい建物がひとつ。もうひとつ、物置風の建物が広場の端に立って林に飲み込まれそうになっていた。

 一番大きな建物の四隅にはランタンが下がっている。木造の建物だ。ログハウス調の外観は公の施設には見えない。

「移民管理局の支部です。中で手続きをします」

 女は移民管理局の職員であるらしい。異世界とは言うが、余所の世界からの移民は日常的に発生するものなのだろうか。

 窓の向こうで人影が慌ただしく動き始めた。なんだ、手続きとはそんなに大がかりなものなのか。

 建物の中は事務所然としていた。入ってすぐには奥まで入れない、カウンターがでんと構えている。木製のカウンターだ。奥には階段が見える。外からは分からなかったが、二階建てらしい。

 カウンターの向こうには机が四つ、紙束を積み上げて並んでいる。職員のデスクだろう。階段の脇に水場がちらりと見えた。

「四人です。男性ふたり、女児ふたり。うち一組は親子」

 女は人気のない事務所の中で、誰にでもなく報告する。窓の向こうで動いていた人影はなんだったのだ。

 女はカウンターの反対側に手を回して書類のたぐいをかき集めている。ファイルの類が見あたらない。あの大量の紙束は処理したあとどうやって保存するのだろう。

 抱えきれないほどの書類をかき集めた女は、カウンターの中には入らず入ってきたのとは別のドアでいったん外に出た。外廊下で建物の外周を周り、入り口とは反対側の面から階段で上って中に入った。

「お二人はこちらへどうぞー」

 柔らかな女の声だった。ここまで連れてきた女と同じポンチョを羽織った女性が、柔らかな笑顔を浮かべて流風と環を連れて行った。あの二人とは、ここで別れかもしれない。そう思うと随分あっさりした別れだ。

「あなたがたはこちらへ」

 ぶち抜きの一部屋だ。ついたてがいくつか立ち、そのうちの一つの陰へ入れられる。木製のテーブルは割と大きい。ベンチ型のイスは木製でかたく、長く座っていたくないものだ。

 女は向かいに書類束を置いてこちらを見下ろした。

「少々お待ちください。ここは禁煙です」

 無愛想、というより、必要最低限のことしか仕事に提供しないタイプだ。その女はやけに大きいマグカップ並々に熱湯とおぼしき茶を持って現れ、ケイと名乗った。移民管理官で、彼女も元は移民だったという。

 ケイの説明によれば、確かにここは異なる世界である、らしい。シヌーグからは年に一度だけ移民を受け入れていて、他にもそういった町がいくつかあるようだ。また、この世界はオーストラリア大陸ほどの大きさの大陸が一つ、東の端に小島がいくつか存在している。

「ここは東の端にあたります。イーゼという名の王国です」

 イーゼは今大陸の半分を占める隣国と戦争状態にあるが、そちらへの移民も一応は希望できるという。

「その場合、事務処理もかさみますし、移動に日数がかかるのでおすすめいたしません。あなた方の事情からしますと国にこだわる必要はないかと思います」

 役所仕事的だが、やけに親身な仕事だ。説明は不足していると思うが。

「そうだな。どうせすぐに出る国だ。どこでも構わない」

 桜花はずっとマグカップの茶をふうふうしている。砂糖を山ほど入れていたはずだが、またやけに分厚いマグカップであるだけに冷めない。

「イーゼ王国では今魔術戦力の拡充を第一に

掲げています。誰でも受験資格のある魔術学校がありますが、いかがいたしますか。受験、入学ともに無料です。入学しますと、ご家族に協力金が国から支給されます」

 なるほど。移民をここまで積極的に受け入れるのは戦力にするためか。国からの支援金を目当てに子を売る親もいるだろう。

「いや、いい」

 流風はこれに乗るだろうか。桜花は学校生活というものに合わないだろう。自分もだ。軍隊生活は身に染みているが、今更子供と机を並べるのはごめんだ。

「では、こちらに記入をお願いします。言葉はご自分が書きやすいもので大丈夫です」

 紙束が目の前に押しやられてきた。ペンは万年筆だ。

 いちいち説明を受けながら、二人分の書類を埋めた。提出先が異なる同じ書類が多すぎる。転写紙はないのか。

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