第八話 異人部隊創設

異なる世界-1

 気まずい沈黙のまま、ちゃぷちゃぷ水音を聞いている間にボートは岸にぶつかった。あちゃあ、船頭が危機感のない声を上げる。

 上体を起こすと、視界はまだ白かった。霧だ。だがシヌーグほどではない。樹が見える。林だ。霧で奥は見えないが、ぼんやり黒く見える。しばらく林が続いているのだろう。森と言ったほうが正しいのかもしれない。空気はじっとりとして重たく、葉の青臭さがむっと鼻をつく。潮のにおいはしない。海につながっているとは思えない岸だ。湖の岸のように見える。左右にも林が続いている。振り返って見ても、水面が続いているだけで霧に隠されよく見えない。ひんやりとしている。気温はシヌーグよりずっと低そうだ。半袖シャツ一枚では肌寒い。

 船頭が地面に降り立って、樹にロープを結んだ。振ってくる腕は、招く動きだ。見る限り他に人影はない。ボートの端に立っていた桜花も同じようだ。軽い動きで先に降り、辺りを見回してこちらを見る。敵影なし。

 手で流風に合図した。手を貸し起きあがらせ、ボートを降りる。

「案内の類はいないのか」

「そろそろだよ。ほら来た」

 流風に聞いたつもりだったが、答えたのは船頭だった。林の奥から人影が一つ近づいてくる。

 それは火を持っているらしい。黄色い明かりが揺れている。じょじょにはっきりする形は直線的で、頭は尖っている。細長い三角形の人影は、目の当たりにするとフードを被った女だった。きんいろの細い髪がフードの隙間からこぼれている。しろい肌、あおい眼は特段変わって見えない。普通の人間。

「シヌーグからは今年四人ですか」

「そのようだね」

 女はランタンをかかげ、ひとりひとりの顔を見る。硬質な声は淡々としている。これが仕事のようだ。

 船頭はかわらぬ様子でそれに応え、女はふいと体を翻した。

「それではまた一年後に。移民希望の方はこちらへ」

 待て。声を上げて引き留めると、女はゆっくり振り返った。なにか。声はいっそう堅く低い。

「私たちは移民希望ではない。事故があって付いてきただけだ。すぐに帰る」

「構いませんが、おすすめいたしません。あなたがたお二人には魔術がかけられているようにお見かけしますので」

「そんなものはどうでもいい。あの女を見つけなければ。行くぞ」

 桜花とふたりで背を向けた。なにか言う流風を無視する。

「なおさら、おすすめいたしません。そのままでは探し人にたどり着けませんので」

 妙なことを言う。だが、この女にこちらを引き留める理由などない。

「わたくしは専門外ですが、その明らかな魔術は探し人に背負わされたものと見えます。解析をおすすめいたしますが」

 ずいぶんと仕事熱心なことだ。桜花を見てもこちらを見上げてくるばかりで、判断するのを待っている。手がかりはほしい。藁にもすがる思いだ。だが迷信を頼るほどにはまだ絶望していない。今から戻れば、まだ流風の追っ手はシヌーグで足踏みしているだろう。そのほうがよほど現実的で確実だ。

「帰られるのであれば、お煙草をこちらへ。それはよくない」

「煙草だと?」

 思わず振り返った。女はランタンを掲げ変わらず立っている。きいろい灯りが女の顔を浮かび上がらせていた。

「はい。それは、なんというか、有害です。人の身に余る」

 こちらへ。ポンチョの裾から女の腕が伸びる。手が煙草を招いた。

「わかった。私も行こう。呪いなんぞない。それを証明して帰る。いいな?」

「構いません。ではこちらへ」

 かなり強く言ったはずだが、女は不機嫌さの減った声で四人を促した。

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