第26話 前代未聞の懐かしい光景

「ジ、ジャングルと手を組んだ、やと!? ま、またそんなデタラメを!」

「社長、声が震えてるわよ? そんな動揺しちゃって、何か思い当たる節があるんじゃないの?」


 美織の言う通りだった。

 ジャングルとは数週間前、発売日までの増産出荷を締結している。

 パッケージ版の販売を極力抑えた今回の『ドラモン』だが、取引先からの反発は当然想定された。小さな取引先ならばはなから無視できる。これからの時代に生き残れないであろう相手も同様。しかし、ジャングルは……ジャングルだけは無視するわけにもいかなかった。

 いくらソフトはダウンロードで供給できても、ハードまではそうはいかない。

 世界中の人々を相手に商売するネット通販を敵に回すのは、さすがのゴウテンドーでも出来なかった。


 だから他が追加発注を打診してきてものらりくらりと躱したが、ジャングルにだけは出来る限り融通したのだ。

 そのジャングルにのみ出荷する追加数を社長は正確に把握している。

 それが全て『ぱらいそクエスト』運営に流れる、だと?

 もし本当ならば、ゲームショップはキャンペーンに必要な数を十分に確保したことになる!


「ウソや! そんなん、ウソに決まっとる!」

「ウソじゃないわ」

「いいや、ウソや! あのジャングルがおまえみたいな小娘を相手にするわけあらへん!」


 その言葉はウソ偽りのない本音であり。

 そしてまさにそれこそが敗因であった。


「チッチッチ。ミスタープレジデント、儲け話に年齢は関係ナイ」

「ヒル! そうか、おまはんがジャングルに口利きをしたんやな!?」

「ノンノン。この件に関して私はノータッチデース」

「そんなん信じられるかいなっ!」

「信じるも信じないも、これが事実デース。ただし、ミスタープレジデント、私はミス美織からジャングルとの提携を聞かされた時、大笑いはしましたが、驚きはしませんデシタ。何故なら彼女であればそれぐらいやってみせてもおかしくないからデース。そう、ミーのビジネスパートナーであるミス美織ならば、ネ」


 ヒルが美織の頭をぐりぐりと撫で回す。

 まるで自分の娘を自慢するかのようだ。

 

 もっとも当の本人である美織はヒルのそんな行動が気に入らなかったらしく、「ふんがー」と強引に手を払いのけると、


「アウチ!」


 ヒルの大きなケツに一発、蹴りを見舞ってやった。


「まったく。どいつもこいつも私を子供扱いして。そういうつまらない偏見が、本来なら見えるはずのものを見えなくしているのよ」


 そう、例えば何の裏工作もなく無茶なキャンペーンを立ち上げたのは、美織が子供で、考えなしだからだと誤った判断をしてしまうみたいに。

 ゴウテンドーを訪れて増産を要請したり、大手量販店から『ドラモン』を仕入れようとした美織の行動は、キャンペーンに必要な量を確保しようと必死なんだと思ってしまうように。

 

 だから「あんなキャンペーンを打ち出す以上、既に必要な量をどこからか仕入れたのではないか?」とか「だとすればその仕入れはどこからやったのだろう?」という、本来ならば考えるであろう当たり前の思考に辿り着かない。

 ましてや既にジャングルと手を組んでいたなんて思いも寄らなかったであろう。


 だが、どうして美織はキャンペーンの立ち上げと共に、ジャングルと提携を結んだことを公表しなかったのだろうか?

 それどころかわざわざゴウテンドーやライバル店たちのもとに訪れていたりもする。

 全く意味不明に思える行動だが、そこまでやった理由はただひとつ。


「まぁ、これであんたも分かったでしょう? 誰もがみんな、あんたの掌で踊らされるわけじゃない。むしろ自分が踊らされることもあるんだって」


 敵を叩き伏せる時は、最高のタイミングで、最強の武器をぶち当てる。

 それで敵の心を折れれば良し。

 折れなくても、確実に楔を打ち込むことが出来る。

 一度打ち込まれた楔はなかなか消えず、「こいつ、また何かやってくるんじゃないだろうか」という疑念がこれからもずっと付き纏うだろう。

 そして必要以上の疑念は勝負の場で行動を縛り付け、致命的な遅れを取ることになる……。


 まさに美織の掌で踊らされることになるのだ。


「さて、そういうわけで『ぱらいそクエスト』の『ドラモン』キャンペーンは、明日から全国のゲームショップで予約受付を開始するわ! みんなよろしくねっ!」


 すっかり顔色を無くして茫然自失な社長に反して、にっこりにこにこな笑顔を浮かべた美織は、モニターの向こうにいるお客様たちに呼びかけた。

 画面を埋め尽くす反応の嵐は、まるで勝者を讃える歓声のようであった。


 〇 〇 〇



 翌日から『ぱらいそ』は、まるで一ヶ月早くクリスマス商戦に突入したような忙しさになった。

 店頭では司や葵だけでは対応しきれず、レンや奈保まで次々と『ドラモン』の予約にやってくるお客様への応対に追われた。

 事務室では全国の『ぱらいそクエスト』に参加しているゲームショップからの報告に応じて、久乃が『ドラモン』の追加を振り分けていく。

 

「久乃さーん、もうさっきの追加分の予約が埋まったよー」

「えー? 一時間で百本の予約が埋まったんかいな!?」

「この調子だと他のお店もすごいことになってそうですね」

「美織ちゃんがジャングルから取ってきた『ドラモン』の数を聞いた時、これなら当日店頭分も十分に出そうやなと思うとったけど、あかん、このままやったら全部予約で埋まりそうや」


 とりあえずジャングルから仕入れた数の半分を、久乃はぱらいそ含む全国の『ぱらいそクエスト』に参加しているゲームショップに振り分けた。

 これだけでも相当な数だ。発売日までにはどこも予約で埋まるだろうが、その時も残りの半分で対応できる。

 が、初日からどこももの凄い勢いで予約が入っている。

 さすがに『ぱらいそ』みたくあっという間に最初の振り分け分を消化し、追加分もどんどん埋まっていく店はないが、このままでは温存させていた半分も早々に振り分けなければいけないことになりそうだ。


 うーん、足りるかな?


「やっほー。なかなか盛況じゃないの!」


 そこへ美織がニコニコ顔で事務室に入ってきた。


「美織ちゃん、どうやった?」

「ふっふっふ、そんなの、この顔を見たら分かるでしょ?」


 美織がこれ以上はないと言わんばかりの笑顔を弾けさせながら、指を三本突き立てる。


「とりあえずこれだけ譲るって言ってきたわ。もちろん、こちらの言い値。しかも料金は後払いでね」

「よっしゃ。美織ちゃん、でかしたっ!」


 久乃は思わずガッツポーズした。


 美織の元に以前会談をした大型複合店の本部長からメールが来たのは、昨夜のゴウテンドーチャンネルの放送が終わった直後のことであった。

 なんでも早急に会って話がしたいと言う。

 だから美織は朝から会ってきてあげたのである。


「こちらの予想通りだったわ。『ぱらいそクエスト』に参加したいそうよ」

「まぁ、そうやろうなぁ」

「とりあえず、さすがに今回のキャンペーンには無理だけど考えておくわって返事しておいた」


 そして参加許可を匂わしつつ「それはそうとおたくでは今回の『ドラモン』を売りさばくのは難しいんじゃない? 大きな赤字を出す前に、うちに卸した方がいいわよ?」と切り出して、まんまと大量入荷に成功したのだ。


「あの調子なら『ぱらいそクエスト』参加をエサにまだまだ絞り取れそうね」

「美織ちゃん、ほどほどにせなあかんで。参加させるつもりなんてさらさらないんやろ」

「まぁね」


 鬼である。


「それはそうと、ヒルさんから伝言や。例の件、システムが完成したって。絵が上がり次第いつでも実装できるそうや」

「うん。さすがはヒル。仕事が早いわ」


 美織が満足げに頷く。


 ジャングルと提携する際、大きな懸念がひとつあった。

 つまりはネット通販の参加によって、せっかく『ぱらいそクエスト』で呼び込んだお客さんがゲームショップに足を運んでくれなくなるのではないか、ということだ。

 ジャングルでの売上げがゲームショップにも分配されるとは言え、それでもお客さんが来なくなるのは寂しい。それは『ぱらいそクエスト』の目的に反していた。


 だから美織はあるアイデアをヒルに相談したのだ。


「ねぇ、ヒル。お店ごとに特定のキャラクターをゲームに出現させることって可能?」

「ホウ? それはつまりそのお店でしかゲットできないキャラクターという意味デスカ?」

「違うわ。そのお店で『ぱらいそクエスト』を起動させると特定のキャラクターが出てきて、一緒に冒険をする事が出来るの。いわばお助けキャラね」

「ホウホウ! それは面白そうデース」


 ミーに任せなさーいとヒルは力こぶを作ってみせた。

 プログラマーのくせに何故かマッチョマンだ。


「お店ごとにそういうキャラクターが設定されていて冒険が楽になったり、あるいはちょっとしたイベントが出来たりしたら、お客さん達も来てくれるんじゃないかしら?」

「ついでにそういったお助けキャラの図鑑も作りまショウ。コンプリート率によって召還石をプレゼントデース!」

「いいわね。コンプリートを目指して全国のゲームショップを訪ね歩く猛者とかいそうじゃないの」


 かくして『ゲームショップお助けキャラシステム』なるものが開発されることになった。

 このことは全国の『ぱらいそクエスト』に参加しているゲームショップに伝えられ、各店の名物店員の写真が続々と送られてきた。

『ぱらいそクエスト』のキャラクターが『ぱらいそ』のスタッフを元にしているように、お助けキャラもまた各店舗の店員を元にデザインすることにしたのだ。


「これでお客さんがゲームショップに行くメリットが出来る。ジャングルと提携しても問題はなくなるわっ!」


 美織、絶好調である。



 〇 〇 〇



 全国のゲームショップが『ドラモン』の予約で賑わっていた頃、一方ゴウテンドー社長はある決断を迫られていた。


 今後のゲームソフトの販売経路を決定付け、ゴウテンドーに更なる繁栄をもたらすであろうと思われていた『ドラモン』最新作のダウンロード販売。

 二週間前という異例の事前ダウンロードを敢行したが、しかし、その反応は芳しくなかった。

 開始してすでに三日が経ったが、当初予定していた数の二割にも届いていない。

 まったくの想定外。

 思いも寄らぬ結果。

 すべてはそう、あの憎々しい『ぱらいそクエスト』のせいだ。


「社長、このままダウンロード販売にこだわり続ければ、弊社はせっかくのビジネスチャンスを無駄にしてしまうことになります」

「むむむ……」

「口惜しいですが『ぱらいそクエスト』のキャンペーンにより、今回の『ドラモン』は過去最高の売上げを記録する可能性が高まっています」

「ぐぬぬぬぬ……」

「しかし、それもパッケージ版を生産すれば、の話。このまま生産を止めていれば膨大な機会損失となります」

「うぎぎぎぎぎ……」

「今からならばギリギリ間に合います。どうか社長、ご決断を」

「がががががががががががが!!!! ええい、分かった、パッケージ版の増産を急がせるんや。腹立たしいことこのうえないが、こうなったらじゃんじゃん作って、大儲けするでー!」



 〇 〇 〇



 そしてとうとう迎えた『ドラモン』最新作発売日。

 大作ソフトの発売日はいつも行列が出来るものだが、今回はかなり異例の状況となった。


「見てください。この人、人、人。これら全て本日発売の『ドラゴンモンスター』最新作を購入すべく、ある店舗に並んでいる人たちです」


 興奮したアナウンサーの声と共に、テレビには上空からの映像が映し出される。

 それはまるでひとつの街が、人によって埋め尽くされたかのような光景だった。

 それだけでも十分異常なのだが、さらに今回はもうひとつ。もっと驚くことがある。


「その店舗とは『ゲームショップ・ぱらいそ』。そうです、大型量販店や有名メーカーの店ではなく、個人経営のお店なのです!」


 そう。本来ならば行列は大型店舗になればなるほど大きくなる。何故なら大きな店ほど多く仕入れているからだ。

 が、今回は大型量販店などはガラガラで、『ぱらいそ』や地方のゲームショップに人が押し寄せていた。


「と言うのも今回、『ドラゴンモンスター』を『ぱらいそクエスト』というアプリゲームに参加しているショップで購入するとある特典が貰えるそうで、この人たちはその特典目当てに押し寄せているのです!」


 ここでカメラは『ぱらいそ』店頭にスタンバイしていた記者に切り替わる。


「はい、こちら行列の先頭です。皆さん、開店はまだかまだかと待ち構えております。少し先頭の方にインタビューしてみましょう、すみません、ちょっとお話よろしいですか?」

「は、はい! な、なんでも聞いてくだしゃい!」


 緊張でガチガチな九尾の様子が全国のお茶の間に放送された。


「今回、『ぱらいそクエスト』ってゲームの特典が貰えることで、これだけの行列が出来たと聞いているのですが、その特典ってのはそんなに魅力的なんですか?」

「も、もちろんッス! URウルレア以上のキャラが当たる召還石を貰えるんですから!」

「へぇ。それは凄いですね」

「ええ! 特にUR以上が当たるってことは、もしかしたらHRハイパーレアが当たるかもしれないわけで。お、俺もつかさちゃんのキャラのを持っているんですけどっ!」


 そう言って九尾はHR僧侶つかさの、おしりが丸出しになった画像が映し出されたスマホをカメラに向けた。


「あ、これはちょっとやめて! 放送禁止になっちゃうかも!」

「大丈夫ッス! この『ぱらいそクエスト』を作ったのはあのヒル・ゲインツで、HR画像は写真やカメラには映らないという特殊技術が使われているんスよ」

「な、なんと! あのヒル・ゲインツが!?」


 記者が大袈裟に驚いてみせた。

 そんなことは下調べで当然知っているはずだが、こういうリアクションが視聴者を、そして九尾を盛り上げる。


「ええ! でも、そのヒル・ゲインツを動かした女の子がまた凄まじくて! 今回の騒動もその子がやったんス! ここの店長で、俺の高校の後輩で、そして――あ、出てきた! おーい、店長!」


 九尾がぱらいその入り口を開けて出てきた美織に手を振って呼びかけた。

 その九尾に美織はVサインで答えると、


「はーい、皆さん、おはようございます! ぱらいそ開店まであと三分でーす!」


 と手にしたマイクで挨拶した。

 声はぱらいその入っているビルの屋上に設置されたスピーカーから、街中に響き渡る。


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!


 美織の挨拶に、まるで街が揺れるような大歓声が巻き起こった。


「うん、元気でなにより! さて、いきなりですが、ここで皆さんにお知らせがあります。本日発売される『ドラモン』最新作ですが、ゴウテンドーに私とヒルが乗り込んで社長の首をしめあげ、じゃなかった、粘り強く交渉した結果、なんと!」


 美織がここでわざとらしく間を作った。

 街を埋め尽くすほどの人がいるのに、恐ろしいほどの静寂が辺りを包む。

 カラスたちもその雰囲気にのまれたのか、この時ばかりは一匹とて「カァ」と鳴いたりはしなかった。

 

「今回に限り『ドラモン』と『ぱらいそクエスト』のコラボが実現しました! 『ドラモン』のプレイ状況に応じて召還石やらもろもろが貰えるから、みんな心して『ドラモン』を遊ぶよーに! 特典だけ貰って『ドラモン』はいらないから売っちゃおうってけしからんヤツがいるかもしれないけど、その場合、買取金額は十円だから覚悟しておくよーに!」


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 先ほど以上の歓声、「スゲェ!」「まさか『ドラモン』で召還石が貰えるとは!」「店長、またやりやがった!」「店長、あんた、サイコーだ!」と街のいたるところで歓喜の声が沸きあがった。


「はい、じゃあそろそろ時間ね。それじゃあ今日も『ぱらいそ』元気良く開店でーす! みんな、いらっしゃーい!」


 



 かくしてこの日、『ぱらいそクエスト』に参加している全国のゲームショップはどの店も歴代最高の売上げを記録、『ドラモン』も前人未到の数字を打ち立てた。

 また、ジャングルの方も好調で、彼らからの利用料はゲームショップに大きな恵みをもらした。


 そしてそんな絶好調の中、実装された『ゲームショップお助けキャラシステム』はますますユーザーをゲームショップに呼び込み、美織が予想したように、全国のゲームショップを訪ね歩くユーザーも現れることになる。


 特に中古ソフトも取り扱うことから『ぱらいそクエスト』に参加していたとある古本屋は、そこのポニーテール店員がお助けキャラ唯一のHRキャラということもあって、全国から連日多くの客が尋ねてやってくることになるのだが……。

 それはまた別の機会に。

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