第25話 ぱらいそ&ジャングル
『ゴウテンドーチャンネル』の生放送を見ていたユーザーたちの画面に、いきなり別の放送の画面が割り込んできた。
驚いたユーザーたちは何か自分が誤操作でもしたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
「あんたは……『ぱらいそクエスト』の……」
「やぁやぁ、社長。こんばんは。お久しぶりね」
それはふたつの画面に映る人物同士が会話していることからも分かった。
どうやら二元放送のようだ。
しかも。
「なんや、これは? 一体どうなってるんや!?」
ゴウテンドー社長の慌てぶりから、予定されていたものではないことが分かる。
ということは、何者かが『ゴウテンドーチャンネル』を電波ジャックしたということか?
しかし、ネットの生放送をジャックして、自分たちの放送を割り込ませるなんて芸当を一体誰が……。
「ハーイ、ゴウテンドープレジデント、お久しぶりデース!」
そこへ割り込んできた画面に映った人物を見て、ユーザーたちは驚いた。
『ヒル・ゲインツだ!』
『マックロソフトのヒル・ゲインツ!?』
『ホンモノかよ!?』
『モノホンに決まってるじゃねーか! ネットの生放送をジャックするなんてムチャクチャなこと、ヒル以外に出来るかよっ!』
『おいおい、ヒルが出てきたって事はなんだ、もしかしてこの女の子……』
誰もが固唾を飲んで画面を見つめる中、ヒルの隣に立つ女の子が挨拶をする。
「まいどー! 『ぱらいそクエスト』総責任者の晴笠美織よ!」
『勇者・美織、キターーーーーーーーーーー!!!』
『うわっ、ぱらクエの美織だ! スゲェ!』
『実際のゲームショップの店員がモデルになっているとは聞いたことあるけど、マジだったのか、アレ!?』
『そうだぞ。あまり大騒ぎにしちゃ本人たちも大変だろうから、ファンは自重してるけどな』
『ってか、小っちゃ! 小学生じゃね?』
「小学生じゃないわよっ!」
ファンの書き込みに、モニター越しにジロリと睨みつける美織。
が、すぐに笑顔に戻ると「さてさて今夜は私たちからも、皆さんにお伝えしたいことがあるわ」と話を切り出した。
「何言うとるねん! こっちの放送を邪魔しよってからに! こんなもん、許されへんで!」
そんな美織にゴウテンドー社長は顔を真っ赤にして「違法や! 訴えったる!」と憤る。
いい感じに番組を締めくくろうとしたところを、いきなりとんでもない方法で邪魔されたのだ。当然だろう。
「訴える? 面白い冗談ね」
だが、美織はむしろ「やれるものならやってみなさいよ」とばかりに挑発的な笑みを浮かべた。
「なんやて? うちが冗談で言ってると思うたら大間違いやで! 絶対や! 絶対に訴えたる!」
「ふーん。じゃあこっちも訴えるわよ?」
「何でや!? なんでうちらが訴えられなあかんねん! 違法なのはそっち――」
「『ドラモン』キャンペーンを今夜中に撤回するとか、あんた、勝手なことを言ってたじゃない? 立派な営業妨害よ!」
「なっ!?」
驚愕して、思わず言葉に詰まってしまうゴウテンドー社長。
その場の勢いでついアドリブで言ってしまったが、迂闊だった。
「あんな勝手なことを言われて、こっちも黙ってはいられないわ。だからこうして急遽放送に割り込んでまで訂正しに来たのよ」
つまりこんな事態になったのは全部そっちの責任なの、と美織のすまし顔が語っていた。
(そんなの嘘っぱちに決まってるやんけ!)
ゴウテンドー社長には分かっていた。
いくらバックにヒル・ゲインツがいるとは言え、リアルタイムの放送に割り込んでくるなんて芸当を何の準備もなく出来るとは到底思えない。
おそらくはこの放送が決まった時から準備をしていたのだろう。
そこへこの違法行為を正当化する例の発言があり、大手を振って乗り込んできやがったのだ。
ゴウテンドー社長は腸が煮えくり返るような怒りを覚えたが、しかしもはやどうしようもない。
それにまだ
「ふん。ほなら何かい、あのキャンペーンは続けると言うんかいな?」
社長はすかさず矛先を『ぱらいそクエスト』の『ドラモン』キャンペーンへと向けた。
ゴウテンドーは『ドラモン』初回分の追加生産をしない。
美織が他の大手量販店からの仕入れを失敗していることも、部下から報告を受けている。
つまり今、美織たち『ぱらいそクエスト』に参加しているゲームショップ側が用意出来ている本数は、当初から入荷する分だけのはずだ。
そして今の世の中、弱小ゲームショップや、それらを相手にしている問屋に卸すソフト本数なんてたかが知れている。おそらくはとっくの昔に予約で完売状態だろう。
そんな美織が強引にニンテンドーチャンネルに割り込んできたとなると、その目的はただひとつ。
(こいつ、ユーザーの目の前で増産を迫るつもりやな)
ユーザーの後押しを受けて、
「言うとくけど、本当に工場はどこも手一杯で、今更発売日までに増産は無理なんや。悪いけどそちらのキャンペーンを継続させるに必要な本数を、こっちは用意でけへんで?」
だからゴウテンドー社長は先に釘を刺した。
(そうは行くかいな! あんなキャンペーンなんぞ捻りつぶしたる!)
しかし。
「そんなの最初から当てにはしてないわよ」
にもかかわらず、美織は人を馬鹿にしたように呆れ顔を浮かべてくる。
その表情は社長をかすかに混乱させ、激しく苛立たせた。
(はぁ!? この期に及んで強がってからに! とっとと尻尾を出しなはれや、この女狐め!)
ところが美織のハッタリ(?)はまだ続く。
「だって私たち、とっくの昔にキャンペーンに必要な本数を確保してるんだもん」
「なんやて? そんなもんウソに決まっとるわ!」
「ウソじゃないわ。てか、この私が何の用意もせずにあんなキャンペーンを打ち出したと本気で考えてるの? だとしたらあんた」
相当なマヌケね? と美織は哂う。
社長はもう我慢ならなかった。
「どういうことや! おまはんらに『ドラモン』を卸すところなんかあらへんことぐらい、こっちだって調べがついとる。そやのにどうやって手に入れたって言い張るつもりなんや? まさかヒルがうちに不正アクセスしてデータを盗み出し、量産したとか言うんとちゃうやろな?」
さすがにそれは荒唐無稽すぎる。
だが、こうして放送ジャックなんてことをしてくる輩だ。決して考えられないことではない。
「アホなの? そんなことしたら本当に訴えられるじゃない」
「そやったら一体どうやって――」
「決まってるじゃない。仕入れたのよ。まぁ、正確に言うと前から交渉していた提携が決まって、今回、そこの『ドラモン』を私たちが扱うことになったんだけど」
「提携、やと? おまはんらに力を貸すところなんて……」
いや、とその時、社長の脳裏にある一つの可能性が浮かんだ。
ある……かもしれない。
今までそんなことあるわけないと最初から可能性から消して考えていなかったが、美織のこの自信たっぷりな様子から、ここに至ってその可能性が急浮上してきた。
ゴウテンドー社長の額に冷や汗が滲み出てくる。
しかし、自分で思いついておいて、そんな事が可能なのだろうかと俄かには信じられない。
何故ならこんな小娘が提携を結んだと言い張るのは、今のネット通販が当たり前の世界を作り上げた、あの巨大企業。
ゴウテンドーですら干渉できない、世界の市場を好き勝手に牛耳るあの――
「そう、ネット通販最大手『ジャングル』と手を結んだの、私たち」
美織の口からありえない大企業の名前が告げられる。
そして今回、ジャングルがゴウテンドーから仕入れた『ドラモン』を私たちが商うことになったのよ、と美織はキャンペーンの裏にあった事情を明らかにした。
〇 〇 〇
ネット通販最大手ショップ『ジャングル』。
名前の通り、世界中のあらゆるところ、それこそジャングルの奥地であろうと必ず注文された商品を届けてみせますという、今のネット通販の隆盛を作り上げた巨大企業だ。
取り扱い商品は多岐に及び、もはや現代人は家から一歩も出ることなく、ジャングルからの買い物ですべてが賄えると言われている。
そのジャングルと何とか提携出来ないかと言い出したのは、意外にも美織であった。
かつて街中で普通に見られたゲームショップが次々と閉店に追い込まれた理由のひとつに、このネット通販の台頭がある。
ネット通販はお店に買いに行く必要がないだけでなく、店頭よりも遥かに欲しいものを見つけるのが簡単だ。
しかも安い。
利便性で負け、価格競争でも抗えないとなると、ゲームショップが競争に敗れるのは火を見るより明らかであった。
「ちょっと待ってくださいよ。どうしてそんなネット通販と手を組むんですか? あれは僕たちの敵だと思うんですけど……」
だから美織の提案に、ゲームショップ大好き人間の司が疑問を持つのも無理はない。
問いかけるその表情は明らかに不満顔である。
「そうね。でも、今の世の中、商売をやっていくにはネット通販は避けて通れないわ」
それに幾ら『ぱらいそクエスト』に日本中のゲームショップが参加したとしても、今やもう近くにゲームショップなんてない人が大勢いる。
ゲームショップに来て貰って利用してほしいのは山々だが、それでお客さんにわざわざ遠くまで買いに行ってもらうのはさすがに忍びない。
最終的にゲームショップがかつてのように日本中のあらゆる町で営業をしているのが美織の目標ではあるが、それにはまだまだ時間がかかる。多くの人に『ぱらいそクエスト』を快適にプレイして貰うためには、どうしてもネット通販との提携が必要だった。
「でも、『ぱらいそクエスト』はゲームショップが生き残るための戦略やん? 下手にネット通販と手を組んでもうたら、当初の目的が台無しになるで?」
久乃の言う通りである。
ネットで買えるのなら、わざわざゲームショップに買いに行く人は今の世の中では少数派だろう。
通販を使うことで『ぱらいそクエスト』がさらに普及するのはいいが、それがゲームショップの売上げに繋がらないのであれば意味がなかった。
「分かってるわよ。だから普通の提携はしない」
「普通の提携はしない? だったら、どういうのを考えているんですか?」
「ジャングルと言っても、全ての商品がジャングルの在庫っていうわけじゃないわ。他のショップがジャングルのサイトに商品を載せて、お客様に売っている場合もあるの」
「ああ。なるほど」
美織の言葉に合点がいった。
いわゆるネットショップ出店って奴だ。
ジャングルのような大手ネット通販に利用料を払って自分とこの商品を載せてもらい、注文が入ったらお店から発送する。
これならネット通販でありながら、お店の利益にもなる。
「でもね、これはこれで面倒くさいと私は思うの。それに利用料だって利益を圧迫するわ。そこで私は考えた。こちらから下手に出ることはない。むしろこちらからジャングルに一口噛ませてあげるわと話を持っていけないか、って」
「何をするつもりなのさ?」
葵の問い掛けに、美織がにやぁと笑う。
「簡単よ。ジャングルでは『ぱらいそクエスト』に課金登録出来るゲームを売ることが出来る代償として、その一本一本が売れる度、一定の参加料をこちらに支払っていただく。そしてそのお金を他の『ぱらいそクエスト』に参加しているゲームショップに分配するわ。どう、これで私たちが何もしなくても勝手に儲かるのよ。くっくっく、笑いが止まらないとはまさにこのことね」
美織の言葉に皆が唖然とした。
言われてみれば確かに簡単な話だ。
しかし普通は思いつかない。
あのジャングルを自分たちの使い走りにするなんて。
「でも、そんな話に乗って来ますかね? あのジャングルが」
「来るわ。あいつらは日本の企業みたいに出る杭を打って自分の利権を守るのではなく、出てきた勝ち馬には積極的に乗って自分たちの価値をも上げる奴らよ。『ぱらいそクエスト』がどれだけ市場を席巻するポテンシャルを持っているか、あいつらが気づかないはずがないわ」
それこそかつてスマホゲーがコンシューマーゲームからユーザーをかっ攫ったように、そのハイブリッドである『ぱらいそクエスト』はゲームの市場を蹂躙する。
もはや『ぱらいそクエスト』に参加してない、出来ない店ではゲームが売れない。
そう言われるところまで美織は徹底的にやるつもりだ。
「ましてやゴウテンドーがダウンロード販売に舵を切ろうとしている今、ジャングルだって自分たちの利益を脅かすそれをなんとか阻止したいと思っているはず。そしてその切り札を持っているのは、他でもない私たちなのよ」
だからジャングルは私たちと手を組むしか手はないのーー
それはまさしくゲームショップの逆襲であった。
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