第18話

ポ=テトへ告ぐ。

娘の命が惜しければ、指定の場所まで一人で来い。ポリスへ連絡すれば娘は殺す。


ドッグの片隅。そこに集まった"黄金の薔薇"チーム一同の中心で展開されている電文の内容である。

「これは……」

「俺を失格させることが目的か」

宇宙レース前の今の時期、ドッグと宿舎、定められた経路以外の場所へ出て行けばそれだけで失格とみなされる。主催に事情を話したとしても、出場辞退は避けられなかった。ルールに従えば。

それに。

「従ったとして、お嬢さんを返してくれるとは思えないな」

「じゃあどうするんだい?」

「時間を稼ぐ。要は『ひとりで』『指定された場所に』『レースのルールに反しないように』行けばいいんだろう?」

おばちゃんの問いに、芋は緊張した表情で答えた。

「そして、この電文には『ポリス以外の法執行機関に通報してはならない』とはない。つまりポリス以外に意識が向いていない可能性がある。

まぁ、仮にこの仮説が間違っていたとして、連中が我々と、そしてイルドのポリス以外のどこまでを監視できるかは疑問だな。

だから、気付かれないよう、なるべくイルドと関係のない、しかし有力な組織に連絡を取ろう。

やるべきことは二つ」

テトはそこで、全員を手招き。

頭を寄せ合ったところで、芋は計画を口にした。

ある者は「よくもまあ…」と呆れ、ある者は顔面蒼白になり、ある者は。

「……ぷっ!確かにそりゃ『ルールには反してない』ね!」

「できるか?」

「任せな。20、いや、15分で準備してやるよ。みんな、急ぐよ!!」

「「はい!」」


  ◇


宇宙―――イルドの軌道上に浮かぶ六角柱の構造体。

その内部から、光が瞬いた。

規則正しいリズムを持ったそれは、しばしの間続くと、やがて唐突に停止する。

その光が向けられた先にあったもの。

イルド軌道上を航行中の軍艦―――それも、海賊狩人ハンターキラーの異名を持つ星間保安艦隊の船だった。


艦長がオペレーターより報告を受けたのは、ブリッジでの事。この艦のブリッジ要員はわずか6名。艦全体を入れても18名で運行可能である。それに合わせてブリッジも狭い。大気圏内での行動も視野に置いたそのレイアウトは、艦長席を含めて3列の座席であった。

「―――光を用いたサイン?」

「はい。放熱板の反射を用いたものです。偶然を装っていますが、本艦へ向けられたものであるとAIが判定しました。

ただ―――」

「なにかね?」

「不可解なフォーマットなんです。データが圧縮された様子もありません」

「ふむ。見せ給え。

……ほう。これはこれは」

「ご存知なのですか?」

「これは、電気通信の最初期に用いられていた文字コード(※2)だよ。長短の組み合わせだけで通信を送る。電信は知っているかね?」

「はい。技術史の授業で習いました……電信っ!?」

「ああ。うちの故郷では今でも、この文字コードは現役だよ。電磁ノイズが酷くて機械が使えない中も手鏡や照明で通信を送れるからね。幼年学校生でも知ってるよ」

「はぁ……うちの地元じゃあ誰も知りませんねえ。艦長の故郷とは200光年ほどしか離れてないはずなんですが」

「だから宇宙は面白いんじゃないか。それっぽっちの距離でこうも通信に関する考え方が違うとは。

しかしこれはこれは。相当に困っているようだな。ポリスに連絡すれば人質が殺される、か。」

「なんと。それは緊急事態ですな。

どうされますか?」

「困っている者を助けてやるのが、宇宙の男の心意気ってもんじゃないかね?」

「はっ」

「とはいえ、ここは犯罪のプロを頼るとしよう。保安官。聞いておられましたかな?」

今まで黙ってなり行きを聞いていた補助シートの人物が頷いた。

狼に似た頭部。赤く染めた髪を持つ彼女の宇宙服は、他の乗員とはデザインが異なる。海賊と交戦するのは軍艦だが、逮捕に関連する手続きをするべく乗り込んでいる保安官が彼女だった。

ここからは彼女の領分だ。

「はい。取り急ぎ、文面の詳細を教えてください」

「了解した、ルゥ=ガルゥ保安官」






※2:地球で言うモールス信号に相当する。

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