第14話
閃光が迸った。
ひとつではない。無数のカメラマンが手にする写真機が、立て続けにフラッシュの洪水を引き起こしたのである。
ハイヤーの後部座席が、ホテルマンの手によって恭しく開かれた。
まず現れたのは足。磨き上げられた革靴はしっかりと大地を踏みしめ、そしてその主人を支える。次いで現れた全貌は、タキシードに身を包んだ逞しい肉体の男。
植物系。分厚い皮に覆われた芋の男が、そこに立っていた。
彼は、後から出てくる少女へと手を伸ばす。
男の手を借りてハイヤーから降り立った少女は、翠を基調とするドレスに身を包んだ熊顔の少女。
堂々たる紳士ぶりで彼女をエスコートし、芋は、道に敷かれた絨毯を歩き出した。その先。パーティ会場へと。
室内を煌々と照らすのは、豪奢なシャンデリア。それがいくつも吊るされた空間は高く、曲面を構成する天井には様々な種族の神話が織り込まれた絵画が、調和を保って描かれている。
床に敷かれている絨毯は葉齢種族の職人が触手織りで編み上げたものであろう。昏い赤を基調としながらも、金糸が織り込まれたそれは柔らかな美しさを感じさせる。その上を行き交うのは礼服に身を包んだ貴婦人や紳士たちであり、楽団の奏でる穏やかでありながらも重厚な曲が流れる中、給仕を受けながら談笑していた。
ここはパーティ会場。宇宙レース本戦参加者たちのために設けられた特別な場であった。
居並ぶのはいずれも劣らぬ強豪ばかり。
例えば部屋の隅でチビチビと舐めるようにワイングラスの中身を舐めているイカ男は一昨年、東銀河系のガワ=カ星雲縦断レースで優勝した"
そんな彼らからも注目を浴びる男たちがいる。
落ち着いた、しかし品のいい柄の着物を身に着けたカワウソ顔の小男。
彼こそ、銀河諸種族連合を立ち上げた英雄のひとり"かみ砕く牙"の血を引く、"最も高貴なレーサー"こと"疾き脚"―――"ハヤアシ"。
ついで、白いスーツの大男。
凶悪な面相に似合わぬ知的な飛行を身上とする、宇宙レース古参のサメ人間"キャプテン・シャーク"
そしてもう一人。
先年の優勝者ツキグマ。彼が遺した船を操り、見事な技量で本戦進出を果たした期待の新人。植物系。タキシードでも隠し切れない逞しさが見て取れる彼の名を"ポ=テト"。
会場へと足を踏み入れた芋と熊顔の少女へ真っ先に声をかけたのは、優勝候補の一角―――ハヤアシであった。
「よぉ、Mr.ポ=テト。一回だけ顔を合わせたな」
「先日はどうも、Mr.ハヤアシ」
テトとハヤアシ。両者は微笑むと握手を交わす。
次いで、ハヤアシはテトにエスコートされていたベ=アにも一礼。
「お父さんのことは残念だった。彼とはもう一度勝負したかったよ」
「ありがとうございます。父もきっと喜びます」
和やかな雰囲気。彼とベ=アは旧知の仲だった。
言葉を交わすと、最も高貴なレーサーは、自らのパートナーを紹介。
「こっちにいるのは"桜花"。うちのばあやだ」
そこに立っていたのは、白地に鶴が描かれた着物を纏った人型の機械。桜が舞う様子を描かれたボディは流麗で、顔を覆っているフェイスカバーは鋭利な刃を思わせる。
彼女は一礼。
「初めまして。紹介にあずかりました桜花でございます。こういう場はどうも落ち着きませんで……」
「なに言ってんだ、ばあやにはよく似合ってるよ。いい女がいたら自慢したくなるってもんだ」
実際、ハヤアシの言う通りだった。"桜花"の立ち居振る舞いは、この場にいる誰よりも優美で堂に入ったものである。
「まったく。ぼっちゃまならいくらでも釣り合う女性を見つけられるでしょうに。わざわざこの老骨を引っ張り出すんですもの。窮屈でかないません」
恐らくサイバネティクス連結体なのだろうが、信じがたいほどに滑らかな動きだった。相当に高齢で経験豊富な知性機械に違いない。
と。そんな彼らに投げかけられる声。
「ほぉ。期待の新人におちびさんじゃねーか」
野太い声をかけて来たのは、白いスーツのサメ人間。シャーク船長だった。
彼は大股に近づいてくると、テトの眼前で停止。
テトは相手を見上げると会釈する。
「どうも」
「よぉ。
シャークだ」
「ポ=テト。テトでいい」
両者が直接顔を合わせるのはこの場が初だった。だが、第八惑星の一件以来、互いが意識の隅へと相手のことを登らせていたのは間違いない。
「ま、せいぜい本戦では頑張りな。死なない程度にな」
「気を付けるとしよう」
言葉を交わし終えると、シャークは速やかにその場を立ち去っていく。あまり長くは顔を合わせていたい男ではなかったから、テトにはありがたかったが。
「……荒事をする男の臭いがした」
「ははっ、確かにそうだろうな。あいつ、頭を使うのが得意なくせにどこか荒っぽい」
テトの言葉に返したのはハヤアシ。彼は給仕からワインを二つ受け取ると、片方をテトに勧めた。
芋は受け取ると微笑。
「いただこう」
「よし。
宇宙レースと、ツキグマ氏に」
ぶつかり合ったグラスが、小気味よい音を立てた。
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