塩ラー


 12 月、寒い冬の日。

 その日はほんとに寒く、外からは子供の声が聞こえてくる時間になっても聞こえてこないくらい、それほどに寒い一日で、夜はもちろん、それよりも夜中から朝にかけていやに冷え込んだ。ここまで冷えているのだから、いっそ雪でも降ってくれれば清々するのだが、まったく雪が降らないものだから、逆にすっきりしない。

 せっかくの休日だというのに僕は外出をする気にもなれず、今年から住み始めた、築 57 年という年季が入った、それはとてもとても趣のあるアパートのワンルームと言うよりかは、四畳半などという言葉が相応しい家で、ぬくぬくと布団の中で時間を捨てるように過ごしていた。幸い明日、明後日と休みをもらっているので、明日こそは外に出ようと意気込み、また何度目か分からない夢の中への旅を始めるのであった。

 

 どれほど寝たのだろうか。

 そう思い、体をムクリと起こすと寝起き特有の寒さが体を襲う。

 外が暗いと思ったが、そもそも朝からずっと寝ていたため明かりを点けておらず、部屋の中も外と同じだった。とりあえず時計を確認したところ、夜の 11 時を回っており、更に、ここにきて全ての欲求が爆発した。そのなかでも

「ラーメン...カレー...肉...」

 食欲が爆発した。

 僕は立ち上がり冷蔵庫に駆け寄り扉を開けた。悲しいもので肉などというのは無く、そこにはくず野菜とこれから肉になるのであったであろう卵がたった 1 つしかなかった。

 そこで僕は今日の本当の予定を思い出した。本当は今日スーパーに行き食材を買い足し、この休日を凌ぐつもりだったのだ。それを昼間の僕はすっかりと忘れ二度寝や昼寝などという生易しい言葉で片付けられないほど寝てしまったのだ。今思い起こすとなんともったいなかったのだろうと思う。 

 僕はそんな自分に落胆をしながらも次はシンクの下の棚を開けてみた、するとそこには一袋だったがサッポロ一番の塩があった。食事にありつける。ただその一言が頭を駆け巡った。

 鍋は?ある!水は?張った!などとガスコンロの前で自問自答をしながら水がお湯に変わるのを今か今かとテレビをつけて待っていた。

 テレビの中からは他の出演者よりもやけにでかい関西弁で騒ぐ MC が若手をいじっていた。若手の受け答えがまじめだったからか、 MC の方が芸歴は上なのにでかい声で騒げば笑いが取れるとでも思っている誤った若手芸人のように見える。

 そんな知った風にテレビに出ている僕よりも収入が上の人間を批判していると、後ろの方でボコボコっと、お湯に変わった合図が聞こえたので私はまた調理に戻った。

 ポロ一の袋をバリリッと開け、お湯の中にポポイっと投げ入れる。ここでさっき冷蔵庫の中に入っていたくず野菜どもを投入。キャベツや薄切りの人参だ、そんなに火が通らなくとも大事には至らないだろう。野菜たちにも味を付けないといけないため粉末スープを投入。蓋をし、少し待つ。

 この待っている時間に鍋の中から漂ってくるインスタント塩ラーメン独特の香りが鼻の奥の粘膜をくすぐり、腹の奥の空腹となっている胃を激しく刺激してくる。

 しまった!完成は目前だというのに卵を入れるのを忘れていた。といている暇はない。このまま入れてしまえと僕は蓋を開け鍋に卵を割り入れ即座に蓋をし、麺が伸びるのを防ぐため火を止めテーブルに鍋ごと運ぶ。さすがにまだ固まってないだろうから少し待つ。

 この間にも僕の腹の中に住む空腹という化け物が腹を喰いちぎり、いまにも暴れ出して鍋ごと平らげかねないところをなんとか抑える。

 もうそろそろだろうと僕は蓋を開ける。

 開けた途端、私の目の前に上手い具合に半熟の卵が透き通ったスープの上に浮いておりそこで食欲のボルテージが 1 上がる。

 そして次に鼻、香ばしくローストされたにんにくの香りと共に、野菜の優しく甘い香りが猛スピードで突っ込んでくる。ここではまだボルテージは2。

 ここで最後のひと手間として付属の擦りゴマを振りかける。振りかけるだけでゴマの香ばしい香りが鼻に突き刺さり食欲を掻き立てる。ここで私のボルテージは MAX を振り切った。

 僕は生唾をごくりと喉で鳴らし

「いただきます」と同時に麺をすすった。

 ズゾゾゾッ!ズルッズルッ!ズズッ!

 麺を口に運んだ瞬間、麺に絡んだキャベツとゴマが口の中でお互いを引き立てあう。キャベツの甘みとシャキシャキとした歯ごたえが箸を進ませ、箸が絶えず麺を口に運ぶと同時に、粗く刻まれたゴマが口に入った瞬間に香りを嗅いだ時以上にゴマの香りが口から鼻へと抜ける。

 ここで卵の黄身を潰す。ふくれあがった黄身からオレンジ色のおいしさの波が襲いかかってくる。この黄身と麺を絡めて

          すする

 ひたすらにすする。無我夢中に、ただただすする。

 味が変わり、更に箸が進む。喉の奥に黄身でコーティングされた麺が流れ込んでくる。黄身でマイルドになったスープを口にそっと運ぶと、旨みの波が今度は川の激流のように胃へと落ちてゆく。

 「ごちそうさまでした。」

 あまりの旨さに一気に胃の中に流し込んでしまった。

 きっと空腹と、深夜近くに炭水化物を摂るという背徳感からくるものだろう。

 僕が満足したからだろう、腹の化け物も満足しているようだ。こんな安くチープなもので空腹を満たせるのだから人っていうのは凄いものだ。

 さぁ、シャワーでも浴びて寝るとしよう。

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