黄金のわら

空沢真二

第1話 迷妄

「黄金のわら」

 空沢真二


【登場人物】


第一幕およびその他の幕

A太郎(主人公)

しゃべる電信柱

第二幕

神父

踊る劇団員たち

第三幕

投資セミナー講師

アシスタント

受講生一

受講生二

受講生三

その他受講生数名

ダンスチーム

第四幕

店員兼会員一

会員二(元銀行員)

その他会員数名

農業体験参加者数名

第五幕

禅僧

祈祷を行う僧たち

最終幕

スリ



第一幕 迷妄


街灯付の電信柱とベンチがある広場


夜。

街灯が広場を照らしている。

A太郎が俯き加減でベンチに腰かけている。


A太郎 (大きくため息をつき)ああ、ろくなことがない。給料は下げられるし、いろんな税や社会保障料は上がるし、円安だと物価が上がるし、円高だと会社の業績が落ちるし…。社員は減らされているのに、仕事は減らないからむやみに忙しいし…。おかげで、キャバクラとかにもいけない。第三のビールとかいっている、まがい物のビールをボロアパートで飲むくらいが精一杯なんだよな。つまんない世の中だよ、まったく…

それに今日ときたら、(足の甲をさすりながら)朝っぱらから電車の中で厚化粧のビア樽みたいな女にハイヒールで足を踏まれるし、昼飯を食べにいったら、営業二課の、あのゴキブリ野郎のゴキ本に会っちまった。あの陰険、陰湿、陰性の、PM2・5より劣等なゴキ本にだよ! あいつに会うと、排水溝のヌメヌメで顔を洗っているような気分になっちまう…

それにさっきはさ、何かラッキーなことでもないかと思って宝くじの売り場にいったら、半端な感じの若造に、横入りした! とか大声で呼ばわれちまったよ。俺は横入りなんかしてないっていうのに、気分悪いったらないよ。なんだよ、あの野郎、ちゃんと並んでない方が悪いんじゃないか! きちんと並んでおけっていうんだよ…。だいたいあんな奴に限って、腰抜けの腑抜け野郎と相場が決まっているんだよ。文句があるならヤクザとかに向かって言ってみろ! 言えるわけないよ、あんな腰抜け野郎にはさ…

電信柱 (突然声がする)不満ばかりだな。

A太郎 あれ、なんか今聞こえたような気がするが…。(大きくため息をついて)考えてみれば、俺の人生これといっていいことなかったな。大学卒業の時には不況でろくな会社に入れなくて、結局今みたいな状態になっちゃったわけだよな…。まあ大学も、そもそも定員割れだか何だかで、受験の時、名前さえ書けば全員合格みたいなところだったけどな。要するに大学も授業料さえ入ってくれば学生のオツムの程度なんてどうでもよかったんだろうな。高校だってイケてないことで有名なところだったしな…。他の高校の女子からは深海魚高校とか「どっこい生きてる」高校とかいわれていたくらいだものな。中学校は学力は最低で、いじめ件数は最高のところだったし、小学校五年と六年の担任は体罰教師だったな。そういえばあの教師にはずいぶん殴られたな。なにしろよそ見をしていたってだけで青筋立ててのっしのっしとやってきて、小学生に拳固をぐりぐりするような奴だったからな…。今の時代じゃ即刻新聞沙汰にでもなって、懲戒解雇ものだと思うけどね。

それに、小中高となぜか自分のクラスにはかわいい子がいなかったな。クラス替えの時はいつもちょっとは期待していたのだけど、どうして俺にはふとした偶然でかわいい子と仲良くなれるというようなことがないのだろうか…。テレビや映画では、ふとした偶然のオンパレードじゃないか。偶然出会った男女が、これまた都合よく再会する。最初はお互い反感を感じるけど、何度も出会ううちに良いところが見えてきていつの間にかお互いを好きになるっていうのがお決まりのパターンだよね。ああいうものは作り物だとはわかっているけど、一度くらいそういう素晴らしい偶然に遭遇してみたいものだよ。

ついてないことの極めつけは小学校に入学して最初に教室に入った時、俺の椅子がなかったということかもな。机だけポンと置いてあってね。あれはいくらなんでもあんまりだよ…。あの先生、あわてて椅子を取りに行ったはいいけど、半分壊れたような椅子をもってきやがって、親たちの前では、すぐに椅子はちゃんとしたのに換えますからとか言い訳してたけど、結局半月くらいおんぼろ椅子に座らされていたよな。あれって、俺の人生の象徴なのかな…

電信柱 そうだ、それがお前の人生だ。

A太郎 何だ? 今はっきり聞こえたぞ。いったい誰がしゃべっているんだ? 誰もいないみたいだが…。おーい、誰かいるのか?

電信柱 真実は目の前にある。

A太郎 あれ、いま電信柱から声がしたぞ。どういう仕掛けなんだこれは…。マイクとスピーカーでも入っているのかな。(電信柱を一通り調べて)特にそんな仕掛けはなさそうだが…。(電信柱に向かって)おーい、聞こえるか、返事しろよ。

電信柱 私はここにいる。四十年以上も動かずにな。

A太郎 俺には、この電信柱がしゃべったように思える。とうとう俺もどうかしちゃったのかな…。それとも、これは夢か妄想の一部なのかな、きっとそうだろう。そういうことにしよう。そうとわかれば、気にすることはないな。おーい、電信柱さんよ、俺はいったいどうしたらいいのかね?

電信柱 他者に頼る前に、自ら考えたらどうだ。

A太郎 それもそうですな。ちょっとは自分で考えてみるか…。しかし考えてみれば、なぜ俺にはツキがないのかな? どうして、ろくなことしか起こらないのかな? 考えてみれば妙な話だよね…。いいことも悪いこともだいたい平等に起こるのが普通じゃないかと思うんだけど…。なぜ俺ばかり不幸になるのかな。これはちょっと考えてみる余地があるんじゃないか…

(腕組みをして考え込みながら)俺って、単に運が悪いのだろうか。それとも運の悪い理由があるのだろうか。その理由って何なのかな…。前世に俺が悪いことでもして、その因縁で悪いことが起こっているのか? しかし、前世なんてものがあるのだろうか。いや、それとも、悪霊とか妖怪とか背後霊とかでもとりついているのか? そうだとすると、悪魔祓いとかお祓いでもしなければならないのかな。まあ、悪魔だの妖怪だのなんて信じられないけどな…。あるいは、神様からの試練というやつなのか。といっても、神様なんているのかな…。少なくとも俺は見たことはない。ひょっとすると、自分の態度や人間性が悪いからろくなことが起こらないのか? 自分では自分のことをそんなに悪い人間だとは思っていないけど、自分で思っていることと他人に思われていることは違うからな。うーん、考えてもよくわからないな…


A太郎は顔をあげ、ふと電信柱に貼ってあるビラに目をやる。


A太郎 この「〇×教会 いつでもいらしてください」って、あんたのアドバイスなのかい? 教会でも行って悔い改めろとか…

電信柱 私は知らんね。誰かが勝手に貼ったのさ。偶然をどう捉えるかはお前の問題だ。

A太郎 それはそうだけど…


A太郎は立ち上がってゆっくり歩き出す。


A太郎 そうだな…そろりそろりと参ろう。そろりそろりと…

(暗転)

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