復元
***
目を開けると、そこには使い古した実家の蛍光灯がぶら下がっていた。
隼人は体をはね起こす。手が心臓の上に乗っていたのか、左胸のあたりが苦しい。
「夢……」
つぶやいた声が、薄暗い室内に響く。周囲は段ボールや古い電化製品に取り囲まれていて、遺品整理をしながら畳の上で寝てしまったことを思い出す。
日が落ちたのか、あたりはすっかり暗くなっている。電気をつけようと足をついた瞬間、後頭部に痛みが走った。思わず頭のうしろに手をやって、腕をすりむいていることに気づく。
光の下に体をさらしてみると、ポロシャツのあちこちに枯草がついていた。コットンパンツには泥もついている。口の中にはスイカの甘みも残っていて、ざわざわと背筋が震えはじめる。
「夢……じゃなかった……?」
小さい隼人たちを思い出しながら呆然としていると、インターフォンが鳴り響いた。ぎくりとして体をこわばらせると、今度は玄関の引き戸を乱暴に叩く音が響き渡った。
「隼人ーっ、おらんのかーっ」
扉を壊しそうな勢いで叩いているのは、桐生大輔に違いなかった。生ぬるい汗が頬をつたい、隼人は玄関にかけだしていく。
靴を履くのももどかしく、裸足のまま三和土に下りて引き戸を開けると、スーツ姿の大男がスイカを抱えて立っていた。
「昼間はすまんかったなー。急にクライアントから電話がかかってきて、身動きとれんようになったんや。これ、お詫びのスイカや! おまえ好きやったやろ?」
そう言うなり、大きなスイカを隼人に投げ出してくる。うろたえながら受け取ると、大輔は無遠慮に上がりこんできた。うしろから綾女が姿を見せる。
「どないしたん、ぼんやりして。昼寝でもしてたん?」
「どうって……なんでおまえ、あんなこと言ったんだよ」
「何のこと?」
綾女は首を傾げる。大輔が居間に入っていったのを確認すると、隼人はささやくように言った。
「大輔の連絡先を聞こうとしたら、『誰それ?』って言ったじゃないか」
「うち、そんなん言うた?」
「言っただろ! だから俺、電話帳を探して……」
そう言いながら、隼人は電話台の引き出しを探った。一番上に、例の電話帳が乗せられている。手が震えて上手くページをめくることができない。
もどかしさを感じながら「か行」を見ると、そこには「桐生大輔」とはっきり記されていた。
「嘘だろ……」
脱力しながら他のページもめくってみたが、他に変化は見つけられなかった。
「隼人、片づけしすぎて疲れてるんと違う? 焼き鳥買うてきたし、一緒に食べよ」
そう言って綾女はなじみの焼き鳥屋の袋をさし出した。いつもなら食欲をそそるタレの香りが、胃の中に重苦しくまとわりつく。
家の奥から「おーっ懐かしい写真やなあ」と言う大輔の声が聞こえた。おそらく和室で見つけた写真を見ているのだろう。お面を被った少年は大輔で間違いなかったらしい。
綾女を中に招き入れて引き戸を閉めようとすると、外から大人の怒号が聞こえた。
どうやらはすむかいに住む斉藤の親父が、酔っぱらった末に夫婦ケンカをしたらしく、玄関先にしめ出されている。扉を叩きながら何やらくだを捲いているが、はっきりと聞き取れない。
隼人たちが幼い頃からあの夫婦はよく痴話げんかをしていて、ひどいときは掃き出し窓のガラスを割る勢いで物を投げていることもあった。
足元の怪しい親父がふり返る。垂れ下がった目は焦点が合っておらず、今目の前に車が通っても気づかないんじゃないかと思うほどの泥酔状態だった。
隼人は見ないふりをして玄関扉を閉める。いつの間にか家じゅうの明かりが灯されていて、台所からは綾女の明るい笑い声が聞こえてくる。
夢だったらそれでいい――そう思いながら、すぐ隣にある南向きの部屋を見た。
過去の父に会ったのも、やはり夢だったのだろうか。「俺は安心して死ねる」と言った父の声は、遠い昔に聞いた記憶の欠片だったのだろうか。
後頭部に残る痛みがそうではない、と告げている気がしたが、頭をふりはらい、全てをなかったことにしようと思った。
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