恋のウイルス

ハルスカ

恋のウイルス

 あ、熱がある。

 

 気づいた時にはウイルスにおかされていた。頭がぼーっとして、目の前に白いフィルターがかかったようだった。瞼を手でこする。なんだかよく見えないな。手も、指先まで熱い。痺れているみたいだ。


 僕がこのウイルスに感染したのはおそらく去年の4月だろう。いたずら好きな春一番が僕と君のあいだをすり抜ける。午前の日の光を反射させながら、君の黒髪がふわりと靡いた。まつげの上できっちりと切りそろえられた前髪の隙間から、ウイルス名 ”君” が僕の後頭部の寝癖から足の指の巻き爪までとにかく全身に付着したのだ。


 君ウイルスに感染してからの僕は何をするにも君の存在がチラついた。朝起きて、今日はどんな君に出会えるだろう。教科書を忘れたふりをして君と話すきっかけにしようか。今日は君は弁当なのだろうか、食堂には姿がないな。こんなことを頭の中でぐるぐる考えた。

 症状が悪化すると僕が眠っている時にも影響が出た。夢の中で僕と君がとても仲良さげに歩いていたりする。現実じゃ到底ありえないことだ。そんな幻想を僕に見させる力もあるんだ。

 

 特にこのウイルスの厄介なところは処方箋がないところだ。来る日も来る日も熱に浮かされて、僕はふわふわと地面から3㎝ばかり上を歩いている。君がこっちを見てると思うと掠れて声もうまく出ない。ウイルスが僕の喉元で悪さをしているせいだろう。

 しかし、このウイルスには愛おしいところもあったりする。君を見る世界だけはいつもキラキラと輝いているし、君に笑顔を向けられた日なんか一日中元気が漲って仕方ない。このウイルスは僕を苦しませるだけではないのだ。

 そりゃあ時に、君と話していると息が出来ないくらい胸が詰まってしまうけど、そのあとは嘘みたいに心が軽いんだ。不思議だろう?

 こいつはおそらく僕にアメとムチを上手に与えて、長く僕の体に寄生するための作戦なんだ。


 でも、僕は知っている。どんなウイルスにだってやがて僕の中で抗体が作られる。そのうち君ウイルスを退治してしまう。もちろん良いことだ。これは病気なんだからね。

 だけど僕の中に長く住み着いていたウイルスがしゅるるといなくなると、なんだか少し寂しい気持ちもする。ウイルスがいなくなっても、君を見て胸がドキドキしたことは僕の記憶の中に残っているんだ。まあこれはきっとウイルスの後遺症だから、そんなに気にする必要もないんだろうけど。

 ウイルスがいなくなったところの隙間にはヒューヒューと空気が通るようになった。冷たいし最初は気になっていた。


 僕はいつのまにか君を想って耳まで赤くした日のことを、夢だったんじゃないかとすら思えてきた。今では茶色い髪をくるくるに巻いた彼女のウイルスにやられてしまったみたいだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋のウイルス ハルスカ @afm41x

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る