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「なぜ、ここに?」

「君こそ、まだ途中なんじゃないのかい?」


 久々に顔をじかに合わせたというのに、2人ともいつになく気まずい雰囲気で、話し方も距離を感じるぎこちないものだった。


「私はその、少し風に当たろうかと……。それより、レオンは『公国』から動けないんじゃ……」

「やー、今日の午前で予定を片づけてきたんだ」

「そう、ですか……」


 レオンは後頭部に触れながら、レイラは自分の右腕を抱きながら、お互いにうつむき加減で視線を彷徨さまよわせる。


「わざわざ、そこまでされる必要はなかったのでは?」


 そこまでして来てくれたのは嬉しかったが、はっきりと否を突きつけられるのを恐れ、レイラは心にもない突き放す様な事を言い、レオンに背を向けてしまう。


 何を言っているのですか私は、これではもう、決定的に彼との溝が……ッ。


 次の彼の言葉におびえ、いっそう自分の腕を強く抱いてレイラは身構える。


「あるよ。……レイラに、直接謝りたかったんだ。一昨日から、いろいろひっくるめて申し訳ない」


 しかしそれは、決別の宣告ではなく、誠心誠意のこもった謝罪の言葉だった。


「そ、そんな! 私、あなたにそこまでさせるほど、怒ってはいないので……」

「えっ? だから連絡もしてくれなかったんじゃ……?」


 キョトンとした表情で振り返ったレイラに、レオンは目を見開きながらそう訊いた。


「いや、私もその、あなたがてっきり私を嫌っていらっしゃるのかと……」

「ん? なんでそんな必要があるんだい?」

「えっ?」


 そこで2人は、自分達がお互いに考えすぎていた事に気がついた。


 恐らく、人生で一番深い安堵あんどのため息を漏らし、2人揃そろってその場にしゃがみ込んだ。


「……そう思ってないにしろ、あんな不躾ぶしつけなこと言ってごめん」

「……ちょっとショックだったとはいえ、紛らわしい事をして申し訳ありません」


 そこでやっと顔を合わせ、お互いに誤解を招いたことを謝り合い、


「分かってみると、本当にバカみたいな話だね」

「同感です。はい……」


 見付かったマヌケ2人は、仲良く恥ずかしげにクスクスと笑った。


 少しばかりの雑談の後。


「ええっとじゃあ、これが正しいかわからないけど、頑張れ?」

「……はい。ではまた」


 流石にそろそろ相手が心配になっているだろう、ということで、レイラはしまらない様子のレオンに小さく笑みを向け、レストランへと戻っていった。


 彼女の背中を見送ったレオンは、変装のための伊達眼鏡をかけ、先程いた位置の近くにあるベンチに腰掛けた。

 それからドッと疲れた様子で脱力し、俯き加減でため息を1つ吐く。


 僕は、なんて自分勝手なんだろうか……。


 サラとの通話の後、レオンは自室のベッドで仰向けになって、彼女の問いの答えを改めて思案した結果、出来るわけがない、と結論に至った。


 いても立ってもいられなくなり、翌朝目が覚めるなり、『自由』傭兵についての書籍の寄稿文を大急ぎで書き、昼には出版社のスタッフに渡した。


 そこから、宣伝モデルの仕事で貰った、新型の小型コア搭載型二輪車にまたがり、休みなしで『大連合』まで突っ走った。

 実の所、鉄道で移動した方が早かったが、焦っていた彼がその事に気がついたのは着いてからだった。

 

 こんな強欲な男が、皆の規範になる『英雄』だなんて、なんて皮肉だろうね。セレナ……。


 今は亡き実妹のロザリオが入っている、内ポケットの辺りに触れながら、レオンは自身がまもった摩天楼を見下ろしていた。





「失礼を――。あれ?」


 テーブルに戻るとすでに相手の姿はなく、彼名義の小切手とメニューの裏に書かれたメッセージだけが残されていた。


 そのメッセージは、


 どうやらあなたはもう、『運命』と出会っていらっしゃるようだ。私は大人しく馬に蹴られてくる事にするよ。


 というものだった。


 後でちゃんと、おびをしておかなければなりませんね。


 その外連味けれんみたっぷりな一文に、レイラは申し訳なさそうな苦笑を浮かべた。





『よう息子よ。この時間に連絡するってこたあ、ものの見事に惨敗したようだな』

「おう親父。やっぱあんたの言うとおりだ。身の程を知ったよ」


 帰りのタクシーの中で、お見合い相手だった彼――ブライアン・ベイル・ジュニアは、父・ベイルへ、実に残念そうだが爽やかな笑顔で言う。


 なかなか帰ってこない彼女を案じて、ジュニアは庭園までやって来たのだが、仲睦むつまじそうに話す2人を見て、自分の入るすきなどない、と悟って諦めたのだった。


「あーあ。俺にとっちゃ『運命』だったんだがなぁ。『英雄』殿にはかなわねえな」

『がっはっはっ! あたりめーだろ! あいつらお互いに背中を預けて、どんだけの修羅場くぐってきたと思ってんだ』

「そりゃ、ちょっと挨拶しただけの赤の他人と、生きるか死ぬかを共にした男とじゃ、土台相手になるわけないか」

『そういうこった。まあ、そう気を落とすな。案外近くに本当の『運命』がいるかもしんねえだろ』

「おっ。幼なじみと結婚した男は説得力が違えな」

『がーっはっはっは! 今東部いっからヤケ酒なら付き合うぜ。こってりのろけ話聞かせてやるよ!』

「うわー嫌がらせだ」

 

 顔がそっくりな親子2人は、それ同様に似ている豪快な笑い声を上げた。





「あれ? もうお開きかい?」

「はい。まあ、そういった所です」

「ん。そっか」


 帰りのために売店で軽食を買って出てきたレオンと、ジュニアの小切手で支払って、エレベーターで降りてきたレイラは、エントランスでばったりと遭遇した。


「ハイヤーは?」

「今からです」

「そっか。じゃあ、官舎まで送るよ。二輪車だけどいいかな?」

「はい。構いませんよ」

「せっかくだし、ちょっと遠回りしないかい?」

「はい! 喜んで!」


 思わぬ申し出に表情が緩みそうになるのを抑えながら、そう返事したレイラは、地下の駐車場へと向かう彼の後に続いた。

 


                    *



 翌朝。


「いやあ、あねさんすっかり元通りだな」

「良かった良かった」


 レオンとタンデムでツーリングを楽しんだおかげで、レイラの表情は晴れ晴れとしていて、いつもよりその足取りが軽やかだった。


 昼時も、レイラの回りに古参の部下達が集まっている、いつも通り光景が戻っていた。


「……なんとか元鞘もとさやに収まった感じかしらね」

「ん? なんて?」

「独り言よ」

「ああ、そう?」

「おっ、隙あり!」

「どこが?」

「おわーッ!?」


 いつもの2人と『レプリカ』操縦のシミュレーションゲームをしながら、その様子を口元に笑みを浮かべつつ、リサは横目で見て独りごちた。

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