『指令官』レイラと新兵 3/5

                    *



「やっぱ、さっきのアレは流石にマズかったんじゃねえの?」

「俺もそう思うぜリサ。教官だって嫌がらせで言ってんじゃ無いんだからさ」


 昼休憩後、午後の訓練のためにまたヤードへと向かう道中、いつも通り最後尾をダラダラ歩きながら、ポールとウィルはサラにそう口々に言う。


「だってどうせ、あんたら以外付いてこられないじゃない。他が未熟すぎるのよ」


 鼻で笑う様にそう言うのを聞いて、他の新兵達がチラリと見やりながら眉をひそめた。


「あのなあリサ……」


 そんな険悪なムードの中、ヤードの中に入ると、


「えっ、あれ……」

「指令だよな……?」

「その後ろって……」


 そこには略服姿のレイラがいて、その背後に元・北部守備隊のレオン旗下35名の内20名ほどが横一列に並んでいた。


 さらにその後ろに、レイラ達の『レプリカ』8機、練習機20機の順に駐機されていた。


 ちなみに、元・レオン中隊の面々は、ホイホイと勝手に出撃するので、もういっそのことレイラの旗下に入れてしまえ、という事になり、『233年対『島国』防衛戦争』後に全員が異動になっていた。


 そんな伝説の兵士達を初めて間近で見て、新兵達はにわかにざわつく。


「午後は予定を変更して、特別訓練を行なう事になった」


 そう言った教官は、レイラ以下35名に敬礼する様に言うと、リサ以外の新兵達はいつもより素早く敬礼した。




 特別、と言うぐらいだから、いったいどんな厳しい訓練が待っているのか、とほとんどの新兵が戦々恐々としていた。


 だが、レイラが行なったのは、徹底した基礎練習と研修室で戦術の座学だった。


「では、以上で終わります」


 もしかしてこれからが本番なのか、と思った新兵もいたが、レイラが教官達を連れて退室していったので、彼らは内心ホッとしていた。


「質問、よろしいですか?」


 そんなやや弛緩しかんした空気の部屋から、レイラを追って飛び出したリサは、彼女らに追いついて仏頂面でそう呼び止めた。


「どうぞ、ブラウンさん」


 気分を害した様子もなく、レイラはにこやかなままさらりと答えた。


「特別、と銘打っておきながら、何故あの様な低レベルの訓練しか行なわないのですか?」


 問題にされてない、と思ったリサは、レイラをにらみ付けながらそう言う。


「ブラウン二等兵! シュルツ指令に向かって――」


 軍曹は即座に無礼な態度をとがめようとするが、まあまあ、とレイラになだめられて矛を引っ込めた。


 ……昔の私と同じで、心の余裕がないのでしょうね。


『この程度を訓練と称するとは、あなたは私をバカにしているのですか?』


 リサにレオンと出会ったばかり頃のとげだらけの自分を重ねつつ、


「質問の答えですが――」


 レイラは少し頬を緩ませて続ける。


「切羽詰まったときに、一番身を助けるのは身体に染みついた基礎とその応用の動作です。戦場ではいつだって機体が十全とは限りませんから」

「そうなるのは、輜重しちょう兵と整備兵が仕事出来ないだけですよね?」

「ええ。我々がしっかり護らなければ、彼らは仕事が出来ません。お互い様、ということです」


 通りかかった整備科の新兵が、そう言い放ったリサに突っかかろうとしたが、レイラが目で制してそう返したので、一緒にいた先輩に肩を軽く叩かれて去って行った。


「ですがあなたの機体はどう見ても、基礎を無視したおかしな構成ではないですか。あんなものに乗ってる人に言われたくありません」


 何の手応えもない事にイラついたリサは、怒らせようとムキになってそう言った。


 レイラの機体は、ブレードと盾の近接戦闘用装備に、一般的なレーザー砲と妨害系装備各種を背後のポッドに、という構成で、その位置を上部に変えた以外は変わっていない。


「否定はしません」


 それでも彼女は全く表情を崩さずそう返したところで、ポールとウィルの2人が血相を変えてやって来た。


「おい! 流石に止めろよリサ!」

「その辺にしとけ!」


 彼らはドバドバと冷や汗をかいてリサへそう言い、レイラに彼女の無礼を謝った。


「ならば、基礎とその応用が大事と言われましても、はいそうですか、と言うことは聞けませんね」


 リサは2人の事を完全に無視し、吐き捨てる様にそう言って去ろうとした。


「そうでしょうね。――では実際に体験してみますか?」

「ぜひ。後学のためにも」


 それすらもいなされ、さらにイラつきを強めたリサは、非常に面白くなさそうな様子でそう言った。


 30分後にヤードへ来るようリサに言い、レイラは将校用のロッカールームへと向かった。


「おいおい、あねさんアレ相当キレてるぞ……」

「ひえー、あのルーキー怖い物知らずだなあ……」

「おっかねえ……」


 その様子を遠くの曲がり角から見ていた、元・レオン中隊の側近達は、柔らかな表情のレイラからにじみ出す怒気を感じ取って震え上がっていた。



                    *



 上司としての器は、まだあなたの足元にも及びませんね……。


 レイラはパイロットスーツに着替えながら、内心、少しムキになっていた事を自戒していた。


「はぁ……」


 レオンの様に全てを笑って許す、という事が出来なかった自分に、彼女は1つため息を吐いた。


 今になって、あなたのご苦労が分かるようです……。


 それから、スーツの袖に腕を通して、甲部分にレオンのペットマークが付いたグローブをはめ、中に入った髪をかき上げるように外へ出した。


「はい、どうしま――」


 スーツのファスナーを上げようとしたところで、目の前に置いてある棚の上で、スタンドに刺さっている端末に通信の呼び出しが来た。


「ひゃっ! たいっ、れっ、レオン!?」

「あ、ごめんね」


 レイラが確認もせずに応答すると、その相手はレオンで、彼女は素早くファスナーを上げて下の下着まで見えていたのを隠した。

 それと同時に、レオンは気まずそうな顔をしつつ、通信を映像ありから音声のみに切り替えた。


「何か緊急事態かい? レイラ」

「あっ、いえ! 少し新兵に手ほどきを、と思いまして……」

「なら良かった」


 パイロットスーツを見て心配そうにレイラへ訊ねたレオンは、その答えを聞いて安堵あんどしたようにそう言った。


 ちなみに、レイラからは分からなかったが、画面の向こうのレオンは、一瞬大いに焦った表情をしていた。


「と、ところでご用件は何でしょう……?」

「ああうん。元気にしてるかな、と思ってね」

「はい。風邪の1つもひいていません」

「なら良いんだ。レイラはすぐ無理するから、ちゃんと休むときには休んでくれよ」

「……気を付けます」


 離れていても自分を心配してくれている、というのを感じ、レイラは無意識の内にほほを緩ませた。


「じゃあまた会おう、レイラ」

「はい。レオンもお気を付けて」


 胸の奥にじんわりと温もりを感じつつ、レイラはそう言って通信を切った。


 さてと、行きますか。


 時計を見ると良い時間だったので、ロッカー上段のヘルメットを抱え、機嫌良くヤードへと向かっていった。


 その一方、一般兵用のロッカールームでは、イラつきを全く隠さないリサが着替えていた。


 リサがロッカールームに来たとき、他にも女性兵士がいたが、彼女の醸し出す雰囲気を怖がって全員がそそくさと退室していた。


「基礎が完璧に出来たぐらいで、『二つ名持ちネームド』になれるわけないじゃない……」


 レイラが自分の事をただの新兵扱いしている、と思っているリサは、眉間にしわを寄せながらボソボソと言う。


 もたもたやってる場合じゃないのよ……。『帝国』は今か今かと機を待っているのに……。


 奥歯をみしめつつ、すっくと立ち上がったリサは、口をへの字に曲げてのしのしとヤードに向かった。

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