『指令官』レイラと新兵 2/5

「――という訳なのですが……」

「なるほど……。それで本来の力が出せる、ということならば許可しましょう」


 ダンベルを持った両手を交互に上下させつつ、ベンチに座るタンクトップ姿のレイラは、苦笑いを浮かべながらそう言った。


 彼女の肌は、ランニングマシンで10キロ分走った事もあって、少し汗で湿っていた。


「そんな事言ったルーキーは、お前さん以来じゃないか」


 通話を切ったところで、隣のベンチでハンドグリップをしていた男性老兵が、カカッ、と笑いながらそう話しかけてきた。


「……? ああっ! ジョーンズ教官ッ!?」


 聞き覚えのある朗らかな老兵の声に振り返り、彼の顔を認識した瞬間、レイラはダンベルを素早く置いて背筋を伸ばして敬礼しかけた。


「はっはっはっ、よせよせ。お前さんは少将、儂は軍曹だ。年寄りに恥をかかせんでくれ」


 それを手で制したジョーンズは、そういう良くも悪くも真っ直ぐな所は変わらんな、と懐かしそうに高笑いする。


「は、はあ……。申し訳ありません……」


 周りの視線が集まっているのを察したレイラは、そう謝罪しながら元のようにベンチへと座った。


 ちなみにその視線は、彼女の性格を熟知した部下達の、微笑ほほえましげなものだった。


「それにしても、あの手に負えない跳ねっ返り娘が、今や立派な指令官様とは感慨深いねえ」

「ありがとうございます……。当時は大変なご迷惑を……」

「いやいや、ここまで出世してくれたんなら、苦労した甲斐かいがあったってもんだ」


 恐縮しきりのレイラへ、ジョーンズは実に朗らかな表情でそう言う。


「後は良い旦那でも捕まえてくれたら、儂は安心してけるんだがな」


 ジョーンズがそう発言すると同時に、部屋中から何かしらを取り落とす音と、盛大にむせ返る音が聞こえた。


「ソッ、ソウデスネ……、ガンバリマス……。ハイ……」


 レイラは目を泳がせまくりながら、引きつった笑いを浮かべ、カタコト口調でそう返事をする。

 

「……おっと、こういうこと言うのはダメだったな。すまん」

「あっいえ、私は気にしてはいませんから……」


 苦笑いを浮かべてそう言うレイラは、悩ましげに1つため息を吐いた。


「時間取らせて悪かったな」


 達者でな、と言ったジョーンズは、脇に置いてあったハンドグリップを壁際の棚にしまい、ヒラヒラと手を振りながら悠然と去って行く。


 少し丸く小さくなった背中を、敬礼して見送ったレイラは、


 さてと、私も新兵達の様子を見に行きましょうかね。


 ダンベルを目の前にあるラックに戻し、ロッカールームの奥にあるシャワールームへ向かった。




「どうですか、サラさん。新人達の様子は」


 少し湿り気が残った長髪を縛って、レイラはモニターで演習の様子を見ている指令室へやってきた。

 彼女は、黒いティーシャツと迷彩のカーゴパンツに、それと同じ柄をした薄手のジャケットを羽織っている。


「はい。全体的にかなり優秀ですね」


 サラはそう返事をすると、報告書ファイルを指令官席のモニターに表示した。


「その中でも、リサ・ブラウン二等兵、ポール・ジャクソン二等兵、ウィル・トラウト二等兵の3人は特に飛び抜けてますね」

「はい。そのようですね」


 報告書に目を通したレイラは、リサの4戦合計29機撃破判定、という歴代4位の成績を見て感心した様子でそう言った。


 ちなみに歴代最多記録はレオンの38機で、その後にベイル35機、レイラ31機と続く。


「では動画を見せて下さい」

「はい」


 サラは首脳陣全員で確認するため、正面のメインモニターで演習の録画映像を流した。


 新兵達は全体的にハイレベルの攻防を繰り広げているが、特に目立つ活躍をしているのは、リサ、ポール、ウィルの3人の乗る機体がいるチームだった。


 特にリサは、威力が高いが命中率に劣る長砲身レーザー砲で、走行しながらの砲撃を難なく行なっていて、事前に確認したサラ以外の全員が感嘆の声を漏らした。


「とてもルーキーとは思えませんね」

「表彰でもします?」


 若手の参謀達はその新人離れした技量に、立ち上がって手放しで称賛の声を上げるが、


「いや、これはあんまりよろしくないな」

「ですね。私もそう思います」

「同感だね」


 30代の男性中佐とレイラ、彼女達の異動の際、新規に登用した40代の女性中尉は、少し渋い顔で画面を見つつそう言った。


 確かに、リサ達3人の個人技は文句の付けようがなかったが、他の新兵達とのチームプレーが全く出来ておらず、3機だけ常に突出した状態になっていた。

 3人の動きについて行けない味方役は、誤射を怖がって遠巻きに支援射撃を行なう程度しか出来ていない。


「……おっしゃる通り突出しすぎていますね」

「こりゃダメだ」


 もう一度該当のシーンを上空からの映像で見た少佐と中佐は、3人の言う通り戦線から飛び出す3機を見てスッと着席した。


「これ、教官は注意したのかね?」

「したにはしたそうです。ですが、ブラウン二等兵が聞く耳を持ってくれなかったそうで」

「あれまあ……」

「そりゃ早死にしかねんな」

「困りましたね……」


 前評判通りの超問題児っぷりに、その手の人材には慣れている首脳陣達も頭を悩ませる。


 そんな中でもただ1人、懐かしそうに苦笑いしていたレイラは、


「私が何とかしましょう」


 おもむろに立ち上がりつつそう言い、メインモニター前に座る通信兵に、自分の『レプリカ』を用意するように指示を出した。


「それと、も大至急招集して下さい」


 出入り口へ向かいつつ、レイラはサラの方を見て微笑ほほえみ、追加でそう指示する。


「はい」


 その『彼ら』の意味を即座にんだサラは、通信兵へ端末の一斉呼び出しするように告げた。

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