第五話

「よし、とりあえずこの辺で仮眠するわよ」

「了解」


 エリーナはジェシカの返事を聞くと、ただっ広い原っぱのステーションに乗り入れ、視界を確保するため真ん中の辺りに駐機した。


 ジェシカとエリーナはヘルメットを脱いで、頭頂部を下にして足元に置く。


 『レプリカ』には暗視装置が付いているので、夜間の隠密おんみつ行動も当然可能だ。

 だが、この先は道が狭く、夜間の通過が非常に危険である事から、大概の傭兵はジェシカ達同様、先人の教え通りその手前で休憩をする。


 コアをスタンバイモードにしたエリーナは、座席の後ろにくくりつけられたディバックから、銀色のパッケージに梱包こんぽうされた、レーションのクッキーバーを取り出した。

 その表面には、白黒で『大連合』の国旗が描かれている。


「はい。ジェシカの分」

「サンキュー」


 それをジェシカにはひょいと投げて渡し、アルテミスには普通に手渡した。


「ジェシカさん、本当に何でも知ってるんですね……」

「私もびっくりよ……」

「念のため覚えてただけなんだけど……」

「薬指のサイズにまで念を入れてどうするのよ」

「あはは……」


 こめかみの辺りをくジェシカの顔は少し赤くなっていたが、地黒のせいと画面の輝度を落としている事もあって、誰も気がつかなかった。


「それにしても、『大連合』製のこれって美味しくないわよね」

「安いんだけどね」


 包みを剝がして、やや濃い目の黄色いクッキーを半分ぐらい出し、それをエリーナは眉間にシワを寄せて、ジェシカは明らかに美味しくなさそうにモソモソと食べる。


「えっ、そうですか……?」


 2人が言うほどマズいと思っていなかったので、アルテミスはキョトンとしてそう言う。


「いやまあ、ボクらの口に合わないってだけで、これが好きっていう人も居るからさ」

「『赤の戦神』のレオンの旦那とか、そういえばいつも食べてたわね」

「『白影はくえい』のシャーロットから聞いたけど、故郷の味がして好きなんだってさ」

「へえ。にしては、寂しそうな顔して食べてたけど……」

「まあ、彼にもいろいろあったんだと思うよ」

「あの腕と若さで退官してこんな所に来るぐらいだものね」

「そういえば今頃、あの人は何をしているんだろうか」

「さあねえ。ジェシカが知らない事は私も知らないわ」


 そう長々会話したのと、クッキーバーに口の水気を吸われ、口が渇いた2人は、スープの缶を1つだけ開け、中身を分けて2人で飲む。


 ちなみに、『白影』のシャーロットは、真っ白な塗装の機体を駆る傭兵で、戦場ではやたらと目立つはずにも関わらず、敵機が彼女の乗機を視認したときには、すでに撃破されている事から、その『白影』という二つ名が付いている。


「あの……」

「あっ、スープ要るのね?」

「ああいえ、お水で大丈夫です……。はい……」


 食事の話では無くてですね、と言ったアルテミスは、


「不勉強で申し訳ないのですが……、そのレオンという方は、『大連合』軍人時代は北西方面軍所属だった、みたいな話はありますか……?」


 レオンと聞いて少し高いトーンで、初めてかなり強い興味を感じる訊き方をしてきた。


「うん。そうだって聞いたよ」


 砲撃手席から降りてきたジェシカは、エリーナと一緒にレオンと撮った写真を、自身の端末に表示してアルテミスに見せる。


「この人で間違いないかな?」

「はいっ。この方ですっ!」


 すると、アルテミスは食い入る様に画面を見つめ、目を輝かせつつ大きめの声でそう言った。


「アルテミスって、レオンの旦那のファンなのね」

「あっ、はい……。取り乱してすいません……」


 エリーナとジェシカから、微笑ほほえましげに見られていることに気がついたアルテミスは、瞬時に赤くした顔を塞いでうつむいた。


「わ、私その……、幼いころに……、レオンさんの部隊に助けて貰って……。そのとき……、直接声をかけて貰ったりもして……、それからファンなんです……。はい……」


 途切れ途切れにそう言うアルテミスは、耳まで赤くしてダラダラと汗をいていた。


 アルテミスは『大連合』の南部領出身で、『帝国』の侵略によって住んでいる町が戦渦に飲み込まれてしまった。

 町の守備隊も作戦ミスで壊滅し、弾の雨が降る中を民間人が逃げ惑う、という地獄と化していた。


 そんな中、レオン旗下の部隊が支援で駆けつけ、あっという間に『帝国』を放逐し、大勢の命を救った事があり、アルテミスはその中の1人だった。


「なるほど」

「そんな事があったらそりゃあ好きにもなるわね」


 2人はそんなアルテミスを温かい目で見つつそう言う。


「すっ、すすすす、好きだなんておこがましいですぅ……」

「恋する事に資格なんて必要ないと思うけどなあ。ボクは」

「私もそうは思いますけれど……、……レオンさんにはもう、ぴったりな方がいらっしゃいますから……」


 私なんかの手には届きませんよ、と、顔を上げたアルテミスは、完全に諦めている笑みを浮かべて続けた。


「あ、もしかしてその人って」

「……はい。副官の方の事です」

「確かにその人のハードルは高いね」

「えっ、誰それ」

「エリーナはその話を聞いたとき寝てたからね」


 ジェシカはそう言って、レオンとの会話をエリーナへ伝える。

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