第四話

                    *



「おっ、その識別信号は『男爵』殿と『姫』だね」

「やあ『ドクトル』。久しぶりだね」

「どうもねー」

「そういやお2人さん、アリアスで仕事って聞いてたけど、また『姫』が貧乏くじを引いたのかい?」


 しばらく人気の無い道を進んでいたジェシカ達3人は、休憩のために寄った、人為的に少し開かれた河原で他の傭兵と遭遇した。


 ステーション、と呼ばれる、このような傭兵の休憩場所は、『自由』各地の道の脇に存在しており、都市部に近い所では補給や飲食のための施設、宿泊施設や駐機場まで備えている所もある。


「聞いておどろきなさい『ドクトル』。その通りよ」

「わお。本当、『姫』は難儀だねえ。僕が治せれば良いんだけど」

「痛み入るわ」


 深々とため息を吐いてそう言うエリーナに、ジェシカと『ドクトル』ことマルコは苦笑いを浮かべた。


 ちなみにマルコの『ドクトル』は、本人が『帝国』で軍医をしていた事に由来する。

 彼は野戦病院で、手足がもげ、余命幾ばくも無い兵士を安楽死させたため、人殺しとして国外へ追放され、傭兵として流れ流れて『自由』へと行き着いた。


「それじゃ、またどこかで」

「ああ。出来れば戦場以外でがいいね」

「同感だ」


 その後、ジェシカと情報交換を済ませたマルコは、そう言って3人が来た方へと去って行った。


 ジェシカ達はそれから数分後に、再び北フォレストランドへと出発したが、


「ええ……」

「ははは。コイツは困ったね」


 一本道に橋が掛かって丁字路になっている地点から、橋を渡った向こう岸で、黒煙が空高く立ち上っているのを確認した。

 マルコが通過してから3人が来るまでの間に、そこを支配する中小国同士の戦闘が運悪く勃発ぼつぱつしてしまっていた。


「……遠回りするしか無いわね」

「だね。巻き添えは勘弁だ」


 ジェシカ達は仕方なく、真っ直ぐ遠くにハゲ山が見える道を進むことにした。


「本当に嫌になるわ……。今日は厄日ね」

「まあ、正確には今日も、かな」

「はっきり言わないでよ……。気にしてんだから」

「はは。ごめん」


 唇を尖らせてむくれるエリーナに、ジェシカは苦笑いを浮かべながら謝る。


「あのう……。私なんかでよろしければ、加護をお付けしましょうか?」


 そのままの口で、ボトルから水をストローで飲んだエリーナに、アルテミスはそう提案する。

 ちなみにこの水は、『レプリカ』に積まれていた、煮沸・冷却機能付き小型浄水器で濾して沸かした物だ。


「おお。『聖女』様に直接なんてめったに無いよ。ついてるじゃないか、エリーナ」

「ええ! 是非お願い!」

「ですけど……、私……、『聖女』の中でもその……、特に魔を払う事が苦手でして……、あまりお役に立てないかもしれません……。はい……」

「でもその辺の神官よりは強いんでしょ?」

「はい……、まあ……。ギリギリ『聖女』なので……、恐らく……」


 言ってる内に自信が無くなってきて、どんどん声を小さくしながら、アルテミスはそう答える。


「……あんまり、自嘲的にならなくても良いんだよ。得意不得意は誰にでもあるから」

「そうそう。私なんか、もう生きるのが苦手レベルだし……」


 自分で言ってて悲しくなってきたエリーナは、目に若干涙を浮かべつつ、そうアルテミスを励ます。


「ジェシカとセットだから、なんとか生きてる位なものよ」

「そんな事はないよ。仮にボクが居なくなっても、エリーナはちゃんとやっていけるさ」

「実際の私がどうかは置いといても、あなたがそういうならそんな気がするわ」

 

 そんな風に、自分を卑下しつつも相棒を称賛するエリーナは、


「でもまあ、あなたが居なくなるなら、喜んで野垂れ死ぬけど」

 

 どこまでも本気のトーンでそう言い、まあ、そんな事はないでしょうけど、と直後に笑い飛ばした。


「おっ、そりゃ責任重大だね。つまみ食いして食あたりで死なない様にしよう」

「あなたの場合、食あたりより痴情のもつれが心配だわ」

「心外だなあ。ボクは別れるときは後を濁さないのが信条だよ?」

「それは知ってるわ。あなたじゃなくて、別れられた方に原因があったときの、よ」

「ああ、そっちか。じゃあもしそうなったら一緒に逃げてくれるかな?」

「当然よ。地の果てまでだって逃げてやるわ」


 そんな与太よた話を聞いていたアルテミスは、2人と出会って初めてクスリと笑った。


「本当、お2人は仲がよろしいのですね」

「まあ、ジェシカとは3歳ぐらいの頃から20年弱の付き合いだし、そりゃもうね」

「ああ」


 エリーナがジェシカをチラリと見てそういうと、彼女は、うんうん、とうなずいてから、


「お互いの体重まで把握してるよ」


 さも当然、といった具合に、少し口角を上げてそう言う。


「いや、そんなわけ無いでしょ」


 すると、エリーナは何を言ってるのか分からない、といった具合の不思議そうな表情をした。


「ん?」

「えっ?」

「ん?」

「えっ?」


 彼女と同じ表情をするジェシカへ、エリーナは試しにその把握している体重を訊く。


 すると、数週間前に測ったときの数字をグラム単位まで正確に言い当てた。


「……ジェシカ、ちょっと私に関して知ってること、全部教えて貰える?」

「? 良いよ」


 ジェシカが知ってることを洗いざらい話し終えた頃には、周囲がすっかり真っ暗になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る