第三話

「ありがとうございます……。おかげで助かりました……」


 非常に自信のなさげな様子の少女は、ヘナヘナした口調で2人に助けてくれた礼を言う。彼女の顔は長い前髪で隠れ、その奥から髪と同じ金色の大きな目がのぞく。


 そんな謎の美少女感あふれる彼女だが、


「どういたしまして『聖女』様」


 わざわざ訊くまでも無く、そのベールと服の裾に金糸があしらわれた『聖女』の修道服と、首からかけられたロザリオから、『聖女』だということが分かった。


「せ、『聖女』だなんておこがましいですぅ……。アルテミス・ウォーレン・ジョンソン・ランセロッティー・バーデン・ロペス・スタビノア……、あっあっ長いですね……、アルテミスとお呼びくださいです……、はい……」


 小動物の様にプルプルと震え、アルテミスと名乗った彼女は『聖女』呼びを恥ずかしがりつつ、2人へギリギリ聞こえる声でたどたどしくそういう。


「アル……、……なんですって?」

「あっあっ、ああっ、アルテミス、です……」


 ほんのわずかに大きな声で、アルテミスは聞き返してきたジェシカにもう一度そう言う。


「失礼しました。アルテミス様、ご気分の方はいかがですか」

「はっ、はい……。良くは無いです……。あっ、いえっ、あなた方が不快であるとかそういう事では無くてですね……。あっ、あとその普段通りの話し方で結構ですので……、はい……」


 ひざまずいたジェシカに社交辞令的な質問をされ、はわはわ、と訊かれてない事まで尻すぼみにそう答えると、アルテミスは顔を真っ赤にして伏せてしまう。


「ありゃ。どうやら怖がらせてしまった様だね」

こわいんじゃなくて、あなたの顔の作りは女の子には刺激が強いのよ」


 ジェシカはそのやたら美少年な顔立ちとワイルドな地黒の肌で、見慣れているエリーナ以外の女性だと、放心状態にさせて話にならない事がある。


「そうかあ……。じゃあ後は頼んでもいいかい?」

「りょーかい」


 適材適所、ということで、ジェシカはアルテミスの話し相手をエリーナとバトンタッチした。


「えっと、所属はどこの国なの?」

「あっ、はい……。北フォレストランドの……、第2師団です……」

「ジェシカ、第2師団ってどこ管轄だっけ?」

「南部エリアだね」


 ジェシカは特に考える様子もなく、さらっとエリーナの疑問に答えた。


 北フォレストランド南部エリアは、西は『公国』国境、東は外海側の海岸線まで、といいう東西に細長いエリアで、傭兵や商人の通り道のため、昼夜を問わずかなりにぎわっている。


「なら通り道ね。じゃ、帰るついでにアルテミスを送り届けるわよ」

「うん。そうしよう」


 トントンと話が進んで、送って貰えることになったアルテミスは、慌てふためいて、迷惑をかけるわけにはいかないので、途中の町まででいい、と言ったが、


「道ばたなんか歩いてたらゴロツキにさらわれるわよ」

「それに弾とかを買いに、どうせ基地の近くまで行くから気にしないでくれ」


 2人にそう言われて、彼女は厚意をありがたく受け取る事にした。


「よし。そうと決まったら、まずあのダサいペットマーク剝がすわよ」

「了解」


 そう言った2人はアルテミスを連れて、ゴロツキが乗っていた軽装甲車に乗り込むと、


「位置このくらいで良い?」

「もうちょっと後ろかな……、ストップ」


 エリーナの運転で機体の横にそれをつけ、ジェシカが機銃でセンスの悪い髑髏どくろに狙いを付ける。


「えっ、撃つのですか……?」

「その方が手っ取り早いのよ」

「じゃ行くよー」


 エリーナがそう説明すると同時に、ジェシカは実に軽い調子で、髑髏どくろをバリバリやってただの傷にし、もう片方も同じ様にした。


 その間、アルテミスは実にワイルドなその光景を呆然ぼうぜんと眺めていた。


 ややあって。


「さてと、始めますか」


 他の2人と共に『レプリカ』のコクピットに移動したジェシカは、楽しそうに舌なめずりをしてそう言い、前列の操縦席の足元にあるコンソールの計器パネルを開けた。


 その中にあるジャックに、腰のポーチから取り出した、ミニチュアのリボルバーの様な形状のコネクタを挿し、自分の端末にその反対側をつないだ。


 コクピットの構造は、前列に操縦席と副操縦席が間を開けて並び、後列の砲撃手席は他の2席よりやや高い位置にあり、その後ろに機体の出入り口に通じるハッチがある。


 彼女は操縦席に脚を組んで座ると、お茶でも飲むかのような優雅さで、自身の端末から『レプリカ』のコンピューターにあるファイルを送信する。


 すると、その正面のメインモニターに、画面左上にカーソルがチカチカと表示される、真っ黒なウィンドウが出現した。

 

 ジェシカは鼻歌交じりに手元の端末に表示されているキーボードを打ち、その画面をまたたく間に文字で埋め尽くしていく。


「ええっと、アレは何をしているのですか……?」

「本人が言うには、ハッキングして機体の識別信号とか諸々もろもろを変えてるそうよ」


 私には何やってるのか厳密には分からないけどね、と、作業をしているジェシカを楽しそうに見ながら、エリーナはアルテミスへそう答える。


「ジェシカさんって……、いったい何者なんですか……?」

「少なくとも私と同じ田舎貴族の第三子で、頼れる幼なじみなのは確かよ」


 エリーナは自慢げな笑みを浮かべ、おどけた様子でそう返した。


 それから数分後、前の所有者の情報を完全に消し去られた『レプリカ』で、機体の全高と樹高がほぼ同じ森の道を北へ進んでいた。


「あのう……、今更なのですが……、他人の物を勝手に乗り回して良いものなのでしょうか……」


 操縦席と後部の砲撃手席で他愛たあいない会話するエリーナとジェシカへ、その2席の間にある副操縦席に座るアルテミスがおずおずとそう訊ねる。


「まあバレなきゃ良いのよ」

「取り締まる人も居ないからね」

他人ひとの事言えないけど、商売道具をられる方が悪いのよ」

「そういうものなんですか……」

「そういうものよ。ね」

「ああ」

 

 自分の住む世界と全く違ったルールで動いている世界に、なるほど……、と、アルテミスは目をパチクリして言った

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