最終話

 それから、ちょうど1年が経過した頃。


 ルザに着任したアメリアは、『レプリカ』のパイロットとして、『大連合』との小競り合いに度々駆り出される日々を送っていた。


 そこで戦果を上げ続けた事で、彼女の階級は中尉ちゅういになっていた。


 しかし、未だにエレアノールとの再会はかなっていなかった。


わたくしが『神機』のパイロット、でありますか?」


 ある日、指令官の執務室呼ばれたアメリアは、新たに配備される『神機』のパイロットに指名された事を聞かされた。


 『神機』はその性質上、『聖女』側からパイロットが指名されるのが通例になっている。

「なんだ、不満か?」


 机にどっかりと足を乗せる司令官は、不機嫌そうに葉巻をふかす。


「いえ。ありがたき幸せであります」

「なら正面玄関で出迎えてこい」


 彼が本格的にいらつくと面倒なので、アメリアはさっさと指示に従って、3階建ての基地管理棟の1階にある玄関へと向かった。


 外に出ると、前庭のレンガ敷きの道にはカーペットが敷かれていた。その左右には儀仗兵ぎじょうへいや音楽隊が並び、『聖女』を出迎える準備が出来ていた。


 アメリアがカーペットの先の位置で、『聖女』の到着を待っていると、正門から黒塗りの公用車が3台入ってきた。

 その内の2台目が、敬礼する彼女の目の前に横付けされると、前後の車両から兵士が出てきて、『聖女』が座っている後部座席のドアを開けた。


 音楽隊の演奏が始まると同時に、『聖女』は車から降りてくる。


 アメリアを指名した、その『聖女』というのは、


「お久しぶりですわね。アメリアさん」


 瀕死ひんしの重傷を負った彼女を救う奇跡を起こした、『白銀の聖女』エレアノール・ハミルトンだった。


 奇跡の代償によって、白銀色になった髪をなびかせ、彼女は優雅にそう言った。



                    *



「そのような事もございましたね」

「そのような、ってアメリアさん……。私がどんな思いでいたか、分かっていますの?」

「ふふ。申し訳ございません」


 唇を尖らせているエレアノールへ、アメリアはそう言って、昔と変わらない穏やかな笑みを浮かべる。


「さて、そろそろ上がりますわよ」

「はい」


 エレアノールがそう言って立ち上がると、アメリアは浴槽の栓を抜いた。それから、バスタブの縁に引っかけてある、くすんだ色のシャワーヘッドを取る。


「流しますよ」

「どうぞ」


 彼女はいまいち勢いが良くないシャワーで、エレアノールの髪に付いた泡を洗い流していく。


「……」


 途中、アメリアは自分のせいで、銀色になってしまったエレアノールの髪を1房、手にとって見つめる。


 ……私に、この髪を犠牲にするだけの、価値はあったのでしょうか……。


「当たり前じゃないですの。アメリアさん」


 彼女の苦悩を感じ取ったエレアノールは、ゆっくりと振り返ってそう言い、


「ですから、そんな顔をしないで下さいな」


 気に病んでいる様子を見せる、アメリアの顔を見上げてはにかんだ。


「あなたの命ならば、私には、私のそれと同じぐらい価値がありますの」


 ですから、もっと大事にしてもらいたいのですわ、と、エレアノールは彼女のほほに触れて言う。

 その表情は、我が子の行く末を案じる母親の様だった。


「はい……。努力は、いたします」


 そんな彼女の言葉に、アメリアは歯切れの悪い答えを返した。

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