第八話

 『レプリカ』のパイロットは、刺さったナイフをひねってから引き抜き、再びエレアノールに襲いかかろうとする。


「エレアノール様に……、触れるな……っ!」


 刺された上腹部から血を流しながら、アメリアは全力をもって彼の腕を掴む。


 駆けつけた警官達が彼を取り押さえると、彼女はゆっくりと数歩後ろに下がり、口から血を吐いて仰向けに倒れた。


「えっ……、アメリア……、さん……?」


 アメリアに這い寄ったエレアノールは、半ば混乱した状態で彼女へ呼びかける。


「エレアノール様……。お怪我は……、ありませんか……?」


 血の染みが急速に広がっているにも関わらず、アメリアは穏やかな表情でエレアノールへそう訊く。


 近くに居た兵士が、脱いだ上着でアメリアの傷口を押さえるものの、それはほとんど意味をなさなかった。


「私の事よりも、自分の心配をなさい!」


 額に脂汗を浮かべ、荒い呼吸をするアメリアへ、そう言ったエレアノールは、


「今、治しますわ!」


 と、彼女に言うと、兵士が押さえている辺りに、自身の唇を触れさせた。


 次に、指を組んで自分のロザリオを握り、『世界教』の『経典』に書かれた、傷を癒やす祝詞のりと詠唱えいしょうする。


 だが、1度では出血量にほとんど変化が無く、もう1度同じ事を繰り返す。


「無駄、です……。恐らく……、動脈を……」


 そう言ったアメリアは、口から血を吐いてむせ返る。だが、エレアノールは聞く耳を持たず、必死に何度も祝詞を詠唱する。


 まもなく、裁判所近くに居を構える医師がやってきたが、彼はアメリアの出血量を見てかぶりを振った。


 そうか……。私は……、この為に……。


 震える暖かさを失いつつある手で、エレアノールの手の甲に触れたアメリアは、


「エレア、ノール、様……。私の……、この命……、あなたへ……、捧……、げ……」


 焦点が定まらない目でそれだけ言うと、失血のショックで意識を失った。


 彼女の身体の力が抜け、エレアノールに触れていた手が床に滑り落ちる。


 エレアノールは、悲鳴を上げそうになるのを押し殺し、全身全霊をもって詠唱し続ける。


 パイロット3人が連行され、静まりかえった法廷内にいる人々は、固唾を飲んでその様子を見守る。


 やがて、アメリアの出血が止まり、その傷もふさがり始めたとき、エレアノールの長い金髪が、根元からその色を失っていく。


 アメリアの傷が完全にふさがり、呼吸も安定したことを確認したエレアノールは、


「ひとまず……、これで……、大丈夫です……、わね……」


 そう言うと、疲れ果てて気を失い、アメリアと添い寝するように倒れた。


 とても長い彼女の髪は、まるで銀糸のような白銀色になっていた。



 ……。……?


「ア……、リ……、さ……。アメ……、リア……、さん……」


 ああ……、エレアノール様が……、呼んでいらっしゃる……。


 真っ暗な視界のどこからか、自分を呼ぶエレアノールの声が聞こえる。


「……アメリア、……さん」


 ……また、泣かせてしまう……。行かなくては……。


 そう思った途端、アメリアの視界が光を取り戻していった。


 完全に覚醒すると、まず、病院と思わしき真っ白な天井が目に映った。


 次に、うつむき加減で指を組んで祈り、傍らで涙をこぼすエレアノールの姿が視界に入った。


「はい……。お呼びでしょうか……。エレアノール様……」


 アメリアはいつも通りの穏やかな表情で、エレアノールのほほを伝う涙を指で拭った。


「アメリアさん!」


 驚いて顔を上げ、目を見開いたエレアノールはその手を握りしめると、


「良かった……。良かったですわー……」


 その温もりに安堵あんどするあまり、せきを切ったように泣き出した。


「エレアノール様!? いかがなさいましたかっ!?」


 まさかの号泣にアメリアは、柄にもなくおたおたと慌てふためいていた。



                    *



 パイロット3人の凶行はやがて、軍全体を巻き込んだ大騒動へと発展した。


 結果、当時の軍幹部の首が丸ごとすげ代わり、『帝国』皇帝は、自ら責任を取って隠居してしまった。


 国全体の混乱が収まるまで、実に10ヶ月もの時間を要した。


 その数日後。やっと再開された審判は、1時間もしないうちに終わった。


 アメリアが処される刑は、執行猶予無しでルザ州への「島流し」に決定された。

 そこまで減刑された理由は、もちろん、アメリア自身の行動もあるが、ハミルトン家や新しく戴冠した皇帝、それに『世界教』からの圧力がかかったから、とも言われている。


 だが真相は、後の世になっても定かにはなっていない。

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