第六話

「今のは、一体……?」


 そう独りごちたアメリアが、今は微動だにしない鉄の城を見上げていると、


「銃をお下げなさい! 今ならまだ、あなたたちは引き返せますわ!」


 捕虜達の前に立ちふさがるエレアノールは、両手を広げ、目一杯の声で歩兵達にそう叫ぶ。膝の辺りまである長い金髪が、ルザの乾いた風になびいた。


 その姿を見た歩兵達の半分以上が、言うとおりに構えていた小銃を下ろした。

 正気に返り青白い顔をする彼らは、小銃を地面に置いてエレアノールの方へ進み出る。


「私は、なんということを……」

「ああ、神々よ……。私に罰をお与え下さい……」


 彼女の眼前でひざまずいた彼らは、自分達が行なおうとしていた、非道な行為を懺悔し始めた。


 そんな敬虔けいけんな彼らを後目しりめに、


「証拠を残すな。やれ」


 銃を向けたままだった兵士達は、中隊長の非情な指示を受けると、同じ部隊の仲間達やエレアノール、そして、その後ろに居る捕虜達へ銃撃しようとした。そのとき、


「神々よ。私は今から、罪を犯します」


 それを見ていたアメリアが、そう言って機関銃で『背信者』達を撃ち、彼らを容赦なく肉塊に変えた。

 その残骸の上に、機体を移動させて隠した彼女は、前線基地へ制圧を完了した事を連絡した。


 本来ならば、1番の戦果を挙げたアメリアは、将校クラスへ昇進するはずだった。


 だが、『神機』のパイロットと、『レプリカ』のパイロット2人に、虐殺の責任を押しつけられてしまった。


 憲兵に拘束されたアメリアは、統合戦争終結後、軍法裁判にかけられる事となった。



                    *



「一応、確認するけれど、あの『レプリカ』に乗っていたのは、あなたですわね」


 エレアノールは拘置所の面会室で、強化ガラスを挟んでアメリアと向かい合う。


 A級戦犯の容疑のため、本来彼女との面会は謝絶だったが、ハミルトン家の力でごり押しして実現していた。


「はい。その通りであります、『聖女』様」


 そう答えた囚人服姿のアメリアは、その美しい黒髪も乱れていて、どこか覇気の無い居住まいだった。


「あなたはどうして、いわれの無い罪まで背負うんですの? 違うなら違う、とはっきり言いなさいな」


 アメリアへ詰め寄るように、そう言ったエレアノールは、


「このままだと、まず間違いなく、あなたは極刑になってしまいますわ」


 少し冷静さを失った様子で、目を伏せている彼女へ訴える。


「それで構いません。私はすでに、死に値する罪を犯しているのですから」


 だが、死への恐怖や、理不尽への怒りを一切見せず、アメリアは妙に穏やかな様子でエレアノールに言った。


「そうだとしても……、あなたは、私を含めた大勢の命を救ったんですのよ?」


 少なくとも左遷で済むか、帳消しにはなるはずですわ、とエレアノールは言うものの、


「それは軍人として当然の事であります。それで罪を償うことは出来ません」


 いくら彼女がアメリアを救う道を示しても、アメリアがそれを固辞するので、話は平行線をたどるばかりだった。


「この頑固者……っ。もう、好きになさい!」


 わなわなと震えるエレアノールは、瞳を潤ませてそう言うと、面会室から出て行ってしまった。


 その間際、振り返った彼女は、ぽろぽろと涙を流していた。


「……」


 ああ……、また罪を重ねてしまいましたね……。


 アメリアはそう自己嫌悪しつつ、開きっぱなしのドアをしばらく眺めていた。

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