第八話

 通信兵からレイラ機大破の知らせを聞いて、ただ1人指令室に残っていた副官は、


「撃ち方、始めええええ!」


 前線基地の砲撃支援隊へ、敵『神機』に向かっての砲撃を指示した。

 その砲に装填そうてんされているのは、着弾と共に超高温の灼熱しゃくねつ地獄を作り出す、試作品の対『神機』砲用の弾だった。その有効範囲は、実戦配備されているものよりもさらに狭い。


「ああ……」


 副官は膝ひざから崩れ落ち、頭を抱えて床にへたり込んだ。


 このプランは、万が一『神機』の足止めに失敗した際の最終手段で、考案したのはレイラ本人だった。




 省エネルギーのために暗くなったモニターに、黒い煙の尾を引く砲弾が映っていた。


 敵『神機』はなんとか逃れようとするが、破損した脚のせいで、ただでさえ鈍足の機体は動きがかなり鈍い。


 それらを無事な左目で確認したレイラは、自らの死を覚悟して目を閉じる。


『ほら、レイラ。そんな隅っこじゃなくて、こっちで食べなよ』


 彼女の脳裏に浮かぶのは、レオンがかつての仲間達や実妹と共に、食事を摂りながら笑う姿や、

『今日の動きは一段と良かったよ。流石レイラだ』


 戦闘訓練の後、必ず休憩室にやってきては、自身を褒め称えてくれる姿だった。


 せめて……、もう一度だけ……、あなたと会いたかった……。話をしたかった……。


 あなたの温もりを、感じたかった……。


「レオン――」


 まもなく、弾が着弾した事を知らせる、凄まじい振動がレイラの身体を揺さぶった。


 ……。あ……、れ……?


 しかし、それ以上は何も起こらず、意識もはっきりとしていた。


「何……、が……?」


 恐る恐る目を開けて様子をうかがうと、敵『神機』と自分の周り以外は、溶岩のように赤く溶けていた。


 レイラが敵『神機』を見上げると、その頭部の角が切り落とされたように無くなっていた。


 すると、無線の電源が自動で入り、


「やあ、無事かい? レイラ」

「あ……」


 幾度となく聴いた、懐かしい少し高い青年の声が、右目を押さえて呆然とするレイラにそう呼びかけた。


 彼女がゆっくりと振り返ると、そこには、シャープな鎧よろいを着た騎士のような、紅蓮ぐれんの『神機』が立っていた。

 手には銃型の武器を装備していて、目の前の敵『神機』に狙いをつけていた。


「レオン……、なのですか……?」

「ああ、そうだよ。レイラ」


 旧い友人に偶然出会った様な調子で、レオンはレイラの問にそう答えた。


「少将! ご無事ですか!?」

「少将おおおお!」

「シュルツ少将!」


 その直後、レイラの副官や、現在の部下たちからの通信が押し寄せた。


「あとは僕に任せてくれ、レイラ」


 すぐに終わらせる、と言って、レオンは敵『神機』に通信を申し出る信号を送った。


「さてと、『帝国』のパイロットさん。僕としては、無駄な戦いは避けたいんだよ」


 それが相手に了承されると、レオンは乗員に降伏と撤退を呼びかける。


「少し、時間を頂きたい」


 『帝国』側の機体から、武人然とした女性の声が返ってきた。


「どうぞ」


 レオンの答えを聞いて、敵『神機』のパイロットは通信を一度切断した。


「いかがなさいますか、エレアノール様」


 彼女は、シートの横から身を乗り出して振り返り、後部座席のエレアノールと呼んだ少女の『聖女』にそう訊く。


「決まっていますわ。アメリアさん、彼の言うとおりにして下さいな」


 あなたを死なせたくはないので、と、エレアノールはシートから身を前に乗り出して、アメリアと呼んだパイロットの耳元で愛おしげに囁ささやいた。


 承知いたしました、と彼女に返したアメリアは、口の端にうっすらと笑みを浮かべた後、前に向き直って通信を再開する。


「そちらの要求を受け入れよう。ただし、我々の身の安全を保証して欲しい」


 『帝国』側のパイロットはそう言って、白旗信号をレオンに送信した。


「ああ。『英雄』レオン・ルイスの名にかけて約束するよ」


 『英雄』、の辺りで少し言いにくそうにしながら、レオンは相手のパイロットにそう言う。


 レオンの名を聞いて、アメリアは少し驚いた様な反応をした後、アメリア・マドックとフルネームを名乗った。

 彼女は情けに対する感謝を告げると、水陸両用車ような形態に変形させて撤退していった。


 彼女らと行き違いになるように、西北領軍や『公国』軍、


「助けに来ましたぜ副長!」

「後は任せてくれ姐さん!」

「突撃じゃああああ!」


 そして、元・北部守備隊の混成『レプリカ』部隊の72機が、『帝国』の『レプリカ』部隊51機へ突撃を開始する。


「本当にもう、あの人達は……」


 怒濤どとうの勢いで『帝国』軍を押し返す様子を見て、レイラは泣きそうな顔で笑みを浮かべた。

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