第二話

 レイラとレオンが初めて出会ったのは、現在から5年前、それぞれ19歳と21歳のときだった。

 その当時、『大連合』は『帝国』と国境付近で、常に小規模な戦闘をしている状態だった。


 教育隊時代、主に戦闘面において突出した成績を残したレオンは、18歳で花形の南部領の部隊に配属され、初陣でいきなり複数の戦果を挙げた。

 それから、ほぼ毎日の様にスコアを増やしていき、レオンは『大連合』軍発足以来、初めて20代で将校に昇進する。

 だが、それを疎ましく思った中央軍部によって、レオンは西北領に事実上左遷されてしまった。


 出世欲が全くないレオンは、その事に関して特に不満を言わなかった。その上、妹に心配をかけなくて済み、彼女を安全な西北領に連れて行けるため、むしろ進んで従った。



 レオンが配属されたその基地は当時、跳ね返り者や問題児、扱いにくい天才、といった兵士を干しておく所だった。


 当初レオンは、身内が『聖女』だったおかげで将校に昇進した、とうわさされ、特に下士官達からよく思われていなかった。


 その中には、この頃まだ曹長だったレイラもいた。


 北部領の教育隊で上位の成績を修めたものの、彼女は平民出身かつ女性であったため、いくら『王国』軍相手に戦果を挙げても、なかなか昇進させてもらえなかった。

 その事に対して、上司へストレートな物言いをしたせいで、彼女は左遷されてしまった。


 軍に失望したレイラは、基地に来てからは誰とも関わらず、抜群の戦闘センスを持て余す日々を送っていた。



                    *



 この日、レオンが配属されてから初めての演習が行なわれ、彼は基地所属パイロット中最強のレイラを含め、全員を易々と「撃破」して見せた。


 その結果、疑っていた兵士達は、その飾らない性格にも触れ、てのひらを返す様に彼を慕うようになった。――人間不信に陥っていたレイラ以外は。



 トレーニングを終えたレイラが、休憩室でベンチに座って一息入れていると、


「やあ。君がレイラだね?」


 彼女の上司の大尉を伴ってやってきたレオンが、にこやかな表情でそう話しかけてきた。

「……」


 レイラはタオルを頭から被って俯いたまま、それを完全に無視した。


「曹長! なんだその態度は!」


 その態度を見て、大尉はつかみかからんばかりに咎める。


「まあまあ、大尉。僕は気にしてませんから」


 レオンはそう言って彼をなだめると、彼女と話したいので、と、彼に席を外すように頼んだ。


「……しかし大佐。彼女と話されても、あまり意味がないと思われますが……」


 怪訝けげんそうにそう言った大尉はレイラへ、粗相が無いように、と念押しして、休憩室から出て行った。


「さて、と」


 レオンは彼女の隣に座ると、背もたれに身体を預け、無言で向かいの壁を見ていた。


「……何のご用ですか」


 10分以上そのままなので、しびれを切らしたレイラは、顔を上げて彼にそう訊ねる。


「お、やっと喋ってくれたね」

「……無いなら帰ってください。邪魔です」


 人の良さそうな笑みを浮かべるレオンを、レイラは変な物を見る様な目で見て、そう冷たく言い放つ。

 そんな辛辣な言い方に苦笑しつつ、レオンは、君に言いたいことがあってね、と前置きして話し出す。


「さっきの君の動きを見ていたんだけど――」

「わざわざ、ダメ出しをしに来たんですか?」


 今までこう言われた場合、いちゃもん付けられていたレイラは、威嚇いかくするように話の腰を折った。


「ダメ出しなんてとんでもない」


 君の動きは文句の付けようがない、って言いに来たんだ、と言って、具体的に何が良かったかを並べたて始める。

 そんな経験は初めてだったレイラは、少しの間、呆気あっけにとられていたが、


「……それは、嫌味ととれば良いですか?」


 遠回しに嫌味を言っている可能性に思い至り、レオンを睨み付けてそう言った。


「いや? そのままの意味さ」


 レオンのにこやかな様子から見て、そんなことは無いのは明白だった。


「私は、そんなに単純な人間ではありませんので」


 だが、どう反応して良いか分からなかったレイラは、先ほどと同じように冷ややかな口振りでそう言って、休憩室から出て行った。

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