私のライオットガール
ふわり
第1話
白い靴下をソックタッチで膝下に留めるのは毎朝の日課だった。
「マリカ、また靴下落ちてるよ。だらしない、もっとちゃんとしなよ」と母親のような小言を口にする亜美にもらったくまさん柄のソックタッチは少し子供っぽくて、女子高生になった自分にはもう似合わないかもしれない。
小学生の頃、生きることはこんなに面倒じゃなかったはずだった。
誕生日を迎えるたびに、「してもいいこと」よりも、「しちゃいけないこと」が増えていくような気がする。
17歳。
昨日17歳を迎えて一つ大きくなってしまった私は、今日も学校に向かう。
淡々と、日常をこなす。
群れからはぐれないように。前を行く背中を見失わないように。
教室にあふれる障害物を、避けながら。
頭を使って、賢く、うまく、生きていく。
「マーリカ。誕生日、おめでとう」
10回目のおめでとう、の言葉だった。
ありがとー、と事務的な挨拶を返しながら、千恵の高く上げられた左手に自分の右手を軽く叩くように重ねる。はじけるような笑顔に、今日が始まった、と思う。
それは数週間前からクラスで流行っている挨拶だった。季節がめぐるように、教室の中の流行も移りゆく。それに乗り遅れてしまえば、ダサい、ノリ悪いの二重のラベルを貼られてしまうから、あたしはいつも必死だった。口コミで話題のプチプラリップ、インスタで人気のあるイラストレーター、ネタを量産することで有名なユーチューバーを追いかける。
新しくてみんなが知ってることだけが売りのコンテンツは退屈でつまらないけれど。本当のことは言えない。
本当に好きなもののことは、きっと誰にも。
腰まで届く長い黒髪の三つ編み。左目には白い眼帯、細い首には南京錠のネックレス。学校指定の皮のスクールカバンには手錠のおもちゃがぶらさがっている。目の前に座る猫背の持ち主である少女の名前は、カナハといった。奏でるに葉っぱの、奏葉。
音漏れしているイヤホンから流れてくるのは、V系バンドの安っぽいギターのメロディだ。彼女は授業時間になるまで毎朝ひとりで、その曲を聴く。
自分の全身を使って「私はこれが好きです」なんて主張してみせるその姿は死ぬほどダサい。ありえない。大体今時、ビジュアル系なんて流行らない。
でも少しだけ、かっこいいとも思う。批判を怖がらず、誰に何を言われたって気にしない。毅然としたその横顔を。
*
二限の眠たい古典の授業が終わり、昼休みを知らせるベルが鳴った。
スクールカバンからリボン柄の財布を取り出して、急いで亜美の元に駆け寄っていく。今日の亜美は少し機嫌が良くない、と頭の中で黄色の危険信号が点滅していた。
恐らく昨日の恭子の行動が亜美の逆鱗に触れてしまったのだろう。
放課後の帰り道のことだった。
砂埃の舞うグラウンドでは、夏の甲子園に向けて野球部の男子たちがカエル跳びで競争していた。その様子を見ながら、亜美は、「あいつらって、短髪ばっかでチンパンジーみたい」とため息をつくように言った。
それから、ベンチに座っている何人かのクラスメイトの姿を確認して、「なんか、向いてないって薄々自分でも気づいてる癖に、夢にしがみつく奴らって、正直痛いよね」と追い討ちをかけるように口にした。
その場の空気がキーンと凍りつくような音が聞こえて、私は地面で死んでいるつぶれたセミのぬけがらを見つめているふりをした。怖くて、恐ろしくて、恭子を振り向くことができない。なぜなら、恭子が付き合って2年になる彼氏の真鍋くんは、野球部のキャプテン。しかも入学してから今までずっとベンチの席を守っている男子だからである。
無論、亜美はそのことを知っていた、と思う。
「それ、あたしに対する嫌味に聞こえるんだけど」
身体を震わせながら拳を握り締める恭子を止めることはできなかった。
二年三組のスクールカースト頂点に君臨する女王様は、気分屋で執念深い。
頬を殴られたことをこの一年間の恨みに変えて、クラスメイトをしつこく追い詰めるくらいの執念を、亜美は持ち合わせているはずだった。
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