第31話 ありがとう。
「奴の暴走を止められなかったのはワシ等全員の責任じゃ。娘さんにも本当に申し訳ない事をした。」
「娘? 」
僕に話そうとする御茶柱教授を真田先生は手で制して『すみません、その事はもう……。』と言って話題を変えた。触れられたく無い事なのだろう。
「とりあえず、私は患者のDNAチェックをおこなってみようと思います。その奪われた【シード】の影響で魂との繋がりが離れてしまったのであればもう私の分野では出来る事がなくなってしまいますが。」
重苦しい空気の中、僕は一つの可能性に思い至り発言した。
「コンを使ってみてはどうでしょう?」
「「ジョセフィーヌを?」」
コンは元々人の精神や魂の扱いに優れているからだ。その能力を利用して箱庭に相手の精神を閉じ込める能力を所長が使っているのだから。
「以前のジョセフィーヌであれば難しかったかも知れませんが、徐々に 能力を回復しつつある今のジョセフィーヌであれば可能性はあります。」
小早川所長がそう言うとコンは画面下からちょこんと顔を出すと『うち、やるニャ! 』と笑顔で宣言した。まだいたのか。全員が苦笑した。
ジョセフィーヌについては、だれか護衛をつけて早急にこちらに向かわせるとの事に決まった。真田先生もすぐにDNAの検査と以後の対策について検討を始めるとの事だ。皆が席を立って各々のすべき事に向かって歩き出した。最後に席を立った御茶柱教授は僕に向かってこう言った。
「四神の情報についてはワシの方でも調べてみるぞ。正直、心当たりがないでもないのでな。何か分かったらシャドウに調査依頼をだすとしよう。」
四つ柱の精霊に関しては無闇に探しても見つかる訳がないので、教授の持つ情報に手掛かりがあることを祈るばかりだ。
僕はグラヴやイラと戦って分かった事があった。玄武の力は護る力なのだ。防御に関しては鉄壁なのだが、あの化け物供を相手にするには攻撃力が足りない。そして僕自身の力も奴等が相手では役に立たない。
これ以上大切な物を奪われない、奴等の暴挙を許さない! その為には自らを鍛え、奴等を駆逐する力を得なければならないのだ。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」
僕が深々と頭を下げると『全てはシャドウのためじゃ。』と言って笑った。
会議室を出て行こうとした教授が振り返り、何かを思い出したように僕に語り出した。
「先程話した如月悠真じゃが、奴の研究資料は全て灰になってしもうた。ワシも曖昧にしか覚えとらんが確かシードに関する記述に【悪魔の力を宿した種】これをルシファーシードと呼称するとあったのじゃ。」
「ルシファーシード? 」
「堕天した悪魔の名を付ける事で、力には善も悪もない。使う者の心一つなのじゃと言いたかったのかも知れん。奴も最初は優秀な研究者の一人じゃった。どこで間違ってしまったのかのう。」
教授の顔には深い後悔の念が浮かんでいるように見えた。教授は会議室の更に地下にある研究施設でまだやることがあると言って会議室を後にした。
2人が退室したあと小早川所長から入院中の検査を含め1ヶ月間の休暇を申し渡された。
「一ノ瀬くんは敵に顔を見られてしまったからね。暫くは護衛と監視が付くわ。」
所長は済まなそうな顔をして言葉を続けた。
「正直、大罪司教が相手では一般戦闘員の手に負える相手ではないので、あなた自身の力にも期待せざるを得ない状況なの。ごめんなさい。」
それでもいざという時の為に監視も付けるし、拉致監禁が行われた場合の救出部隊の出動もするとの事だ。現状、研究所の防衛と人員の安全が最優先なのだ。
「了解しました。」
「すまないわね。こちらでもジャスティス教団の動向を探っています。こちらの準備が整えば反抗作戦も行われます。その時は貴方の力も当てにさせて頂くからね。」
所長は軽くウィンクすると通信を終了した。
所長はああ言ったが僕の力は役に立つのだろうか。確かに大罪司教と渡り合う事は出来た。だが、結果として誰も救う事は出来なかったのだ。その事を考えると心が締め付けられるように痛い。
「
そう呟いて会議室を後にした。
御茶柱教授は最下層の研究施設に戻ると自室に入り、ひとつの仮面を手に取った。戦闘員のそれとは違いむしろゴーグルといった風の顔を半分ほど隠すような形状の物だ。
これは医療機具として開発中の物で、会話が難しい患者との意思の疎通を図る為の物である。戦闘員用の物より精度を落として脳への影響を最小限まで押さえて作られた試作品なのだ。
このように、暁研究所は研究所の地下にある遺跡から発掘されたオーパーツを研究・解析し、それを武器や医療機具として開発する事で利益を得ている企業なのだ。
教授はそれを装着すると自室を出て別室に向かう。教授が入った部屋にはベッドが2つとそれを取り囲むように
また人工心肺のように何かの液体を流し込み循環させるような機械もあり、作業をしている者も医者ではなく科学者とその助手といった体だ。
また、ベッドの上に横たわっているのも人ではなく、ヒトガタの機械のようだ。
教授は皆に軽く声を掛けると、一番奥にある強化硝子で出来たタンクのある場所へと向かって行った。タンクは4本あり、うち2本には肉体を保護し、細胞の活性化を促す効果の液体が満タンに詰まっている。その中には元は人型であった破損の激しい肉体が納められていた。教授は
「遅くなって済まない……ようやく君らと直接話す事が出来る様になったわい。」
「………」
「君らは前の戦闘での肉体の損傷が激しく、一命は取り留めたものの元のような体に戻してやることが出来んのじゃ。誠に申し訳ない。」
「………」
「シャドウの
博士は言った。君らはそれでいいのか?
……と。平穏な生活に戻るだけで良いのかと。
彼らの前に大型のモニターが投影されるとそこには【Re:ヴァルザード計画】と書かれた詳細データが写し出された。
「超人開発構想初期に
「………」
「君らにはこの新型武装の計画【リヴァルザード】のテストパイロットになって欲しいと思っとる。」
教授は
「簡単な事ではない、失敗もあるじゃろう。じゃが、君らが失った物を……戦う力を欲するなら、今が選択の時じゃ。ワシはその選択に従うとしよう。」
「!!!」
御茶柱教授は大きく頷くと、くるっと2人に背を向けて研究員たちに宣言した。
「さあ、実験を始めるとしようか!!」
タクトが病室に戻ると入り口の前をうろうろとする女の子がいる。誰かのお見舞だろうか、花束を持っている。僕の病室は個室なので何処か他の病室と間違えているのだろう。
僕が病室に入ろうと扉に手を掛けると彼女の方から声をかけてきた。
「あっ、あの一ノ瀬タクトさんの病室はこちらでよろしいのでしょうか?」
「えっ? ……僕??」
高校生くらいだろうか、白のワンピースに背中まで真っ直ぐに伸ばした黒髪がキラキラと光沢を放っている美少女だ。……ん?
「あっ、訓練の時の娘だよね。良かった、無事だったんだね。……あれ? どうして僕の事を知ってるの? あの時は仮面をしてたはずなんだけど。」
「私、
彼女はバスジャック訓練の時、僕を叱りつけた女の子だ。あの時は髪の毛をツインテールにしていたので、もっと子供っぽい感じに見えたのだが今日はだいぶ大人びて見えた。
「ごめんね、女の子なのにショックガンで気絶させて、草むらに放置しちやって。」
「いいえ、いいえ! 私、一ノ瀬さんがいなかったらあの化け物に殺されてました。一ノ瀬さんは私の命の恩人です!」
彼女は目を潤ませながら顔を近づけてくる。近い、近い! 近い!! 彼女の顔が数十センチのあたりまで迫ってきた。
僕が無理矢理視線をはずすと彼女は『ハッ!』として顔を赤らめ、一歩下がった。
「ご、ごめんなさい。やっとお会いできたので興奮してしまって。」
「そんな……僕は、そんな大したもんじゃないですよ。」
「そんな事ないです!」
彼女は強い口調で叫んだ。
そして……彼女は言った。
「輸送車に乗っていた友人達が軽傷で済んだのはあなたが敵を引き付けてくれたからだと聞きました。仲間を……あの場にいた全員を助けようと、あなたはたった一人であの化け物たちと戦った。……と。」
彼女は静かに
「あなたがいたから今、私は生きています。ありがとうございました。」
仲間をみんな殺された。
犀川を助ける事も出来なかった。
力を得てもイラとグラヴを倒せなかった。
僕のせいで奴等を取り逃がした。
何も出来ず僕だけ生き残った。
僕は……、僕は……。
こぼれ落ちそうな涙をぐっと耐えると、彼女を引き寄せ優しく抱きしめた。
「ふぇえぇぇぇっ……。」
顔を真っ赤にして固まってしまった美智夏に僕は精一杯の笑顔を向けてこう言った。
「ありがとう。君が、君たちが無事で本当に良かった。」
僕は強くなる……いや、強くならなきゃいけないんだ! もう泣いてる暇なんかない。もう奴らに何も奪わせない。もう、これ以上誰も……。
なあ、そうだろ犀川。
僕は病室で簡単な着替えを済ませると、病院を後にした。
ーつづくー
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