第30話 悪魔を作った男

「ごめん……なさい。」


 僕にはその言葉を口にすることが精一杯だった。あかねさんは僕の腕にすがりついて泣き続けた。


 紅茶を買ってもどった今日子さんが彼女の肩をそっと抱いて立ち上がらせると、ゆっくりと病室の外へ連れ出した。


 あかねさんは病室を出るとき一言『ごめん……。』と言って出て行った。彼女だって分かっているのだ。戦闘員は……戦うと言うことは常に死が隣にあると言うことなのだ。

 でも、それでも口に出てしまう【想い】があるのが人間なのだと思う。


 暫くして戻った今日子さんは何も言わずただ僕を優しく抱きしめた。僕は彼女の腕の中で泣き続けた。



 その日の夜、病院の地下にあるシャドウの施設に呼び出された。会議室で待っていたのはこの病院の院長真田司さなだつかさ御茶柱おちゃばしら教授だった。


「御茶柱教授、真田先生、ご無沙汰しております。その節はありがとうございました。」


「あの時、我々は何もしておらんよ。ここに運ばれて来た時には君は既に完治しておったからな。」


 御茶柱教授は苦笑しながら席に着くよう促すと入り口付近に待機していた助手にお茶を持って来るように頼んだ。


「今回もあの時と同じく、暫く入院して検査を受けて頂く事になります。それと意識が戻ったばかりで申し訳ないが、敵襲撃時の報告をお願いしたい。」


 真田先生は顔を暗くしてこう続けた。


「ほとんどの者が死亡もしくは意識不明の重体でまともに口の聞ける者がいないんだ。うちの医療スタッフもがんばっているが、原因が分からない症状の者もいるので、原因究明の為にも協力して欲しいんだ。」


 僕は『はい。』と返事をするとバスジャック訓練の日の話を始めた。話し始めてすぐ、会議室の大型モニターに電源が入った。


「すみません、ゴタゴタしていて通信開始が遅れました。」


「イチゴー元気かニャ? お見舞い行きたかったんニャけど、雪菜がダメニャって。」


 モニターには所長の小早川雪菜こばやかわゆきなと口を尖らせちょっと拗ねた顔のコンが映し出されていた。


「ジョセフィーヌ、心配してた一ノ瀬くんに挨拶できたんだから少し下がっててね。お仕事の話しだからね。」


「べ、別に心配なんかし……してないニャ!

 もう行くニャ。」


 顔を真っ赤にして引っ込んでしまった。相変わらずコンは通常営業だ。おかげでとてもホッとする。


 まずは小早川所長から僕が倒れた後の経緯が説明された。

 蜂谷係長は僕が倒れてしまった事でイラとグラヴの追跡を断念せざるを得ない状況になったそうだ。


 僕は倒れた後、体温と脈拍の低下が著しく、脳波だけが異常活性化していたらしい。真田先生いわく、想像でしかないが超能力の過剰使用による冬眠状態ではないかと分析していた。以前入社時の箱庭テストでも同じ症状を発症していたそうだ。


 僕は通信障害が起こってからの事を出来るだけ細かく説明した。そして自らの体に起こった事、四つ柱の精霊【玄武】との契約についての事も話した。


「四つ柱の精霊とな。その一つ柱が【玄武】であるとすれば、残る三つ柱は【青龍】【白虎】【朱雀】といった四神もしくは四聖獣という事かのう。それにしてもオリジナルオリハルコンに封じられていたのが四神の玄武であったとは驚きじゃよ。」


 御茶柱教授は輸送中に消失してしまったオリハルコンは霧散してしまったのではなく、現場にいた何者かの肉体に同化したのではないかと予想していた。

 あの場で奇跡を見せた少年、一ノ瀬タクトこそがそうではないかと考えた。そして入社時の箱庭テストの報告を受けて確信を得ていたのだ。


「神格クラスの精霊ともなるとやはりそれなりの適合特性を持つ者ではないといかんという事なのじゃな。」


 御茶柱教授は一人でウンウン頷いていた。


 教授の長年の研究により通常の金属と同じ物質構成の金属が形を変えたり、強度が変わったりするのであれば、何らかの意思が介在するのではないかとの仮説から、疑似精霊なる物を産み出し、それを金属と合成する事で意思を持つ金属【精霊金属】が作られたのだ。


 その精霊金属であっても誰とでも適合するという訳ではなかったのだ。契約とまではいかないが、脳波による意思の疎通および、相互理解などの相性を含む適合率の高い者だけが超甲武装シェイプシフターとなる事が出来るのだ。


 現在シャドウの保有する超甲武装シェイプシフターは13体、7体が国内に、残り6体は海外にて活動中である。適合者の不足から超甲武装を量産する事が出来ない事が御茶柱教授の目下の問題となっていた。


女王蜂クインビー隊は隊長の蜂谷含む4名以外は全員死亡、蜘蛛型スパイダー隊は隊長の伊達を含む半数が死亡、救援に向かった藤堂が率いていたメンバーは爆発に巻き込まれ重軽傷と実質的にこの2隊は活動休止状態におちいっている。」


 小早川所長は暗い面持ちで語ると、女王蜂クインビー隊の再編成と海外組に早急に事案を解決し、帰国するよう求めたとの事だ。今は教団の動向を探り、基地の防衛と人員の安全確保に尽力しているようだ。


蜘蛛型スパイダー隊の件はわしらのミスじゃ。超甲武装は多少の爆発や炎ではびくともせん。じゃが、まさか高温で中の人間を無酸素状態にしたうえ、蒸し焼きにしてくるなど思いもせんかった。今後の改良案に盛り込まねばならんな。」


 険しい顔の教授に小早川所長は追加情報の報告をした。僕が倒れてから一週間、情報の収集と隠蔽作業に追われ正式な報告はこの場で行われる事になってしまったようだ。


「藤堂からの報告に山中に【赤い霧】との情報があり、可燃性の高いガスか何かが使用されたようです。爆発前に既にかなりの人数のバラバラになった死体があり、あたりは血の海だったそうです。あれだけ大きな爆発を伴ってしまったために、隠蔽は間に合いませんでした。たぶん公安3課あたりが動いてくると思われます。」


「会長の手を煩わせる事になりそうじゃな。ワシの方からも手を回して貰えるよう頼んでおこう。」


 所長は『御手数をお掛けします。』と言って深々と頭を下げていた。


 真田先生の方からは意識不明の患者についての報告があった。体の傷は致命傷に至っていないが、意識が戻らない者達が負傷者の80%以上を占めていたからである。


「君の方で何か心当たりはないかね、一ノ瀬くん。」


 僕は少し考えてグラウの背中に生えたウツボカズラに取り込まれた者達ではないかと答えた。イラがグラウに言っていた本来の目的……SEEDの回収。それの意味する所が分からないのだが御茶柱教授や真田先生なら分かるかも知れない。僕は【暴食のグラウ】についておそるおそる口に出してみた。


シードの回収じゃと!? 」


「夢の中で玄武が語っていた事なので事実かどうか判断出来ないのですが、グラウは、アトランティスを滅ぼす原因となった【グラウルー】と呼ばれる生物兵器の幼体ではないかと言ってました。成長に必要なSEEDを人間から摂取しているのかも知れません。」


「面白い、面白いぞ一ノ瀬くん! 流石に神話級の精霊からの情報じゃ。ワシの長年の研究など吹き飛ぶ内容ではないか! 」


 教授は笑いながら自分の知る【シード】に関する伝説について話してくれた。


 太古の昔、悪魔が神と戦うための尖兵として全てのヒトに自らの力の一部を分け与えた。それが【シード】と呼ばれるモノで魂と強く結び付き、いわゆる魔法(超能力)などを発現する種になったと言われていた。

 発現するしないに関わらずヒトの遺伝子には【シード】が含まれており、能力が発現するとDNA塩基配列に異常をきたし変貌するという仮説を立てた科学者がいたのだという。


如月悠真きさらぎ ゆうま博士。赤熱色の悪魔クリムゾン・イービルを作った男だ。」


 真田先生は思い詰めたような暗い顔をして、忌々いまいましげにその名を呟いた。


「アイツは組織を謀り、惨い実験を繰り返した挙げ句、実験中の事故で研究所ごと吹き飛んだのだ。」


 赤熱色の悪魔クリムゾン・イービルがあの研究所の生き残りであるなら本当に恨まれても仕方がない事なのだと真田先生は言った。元々は癌などの細胞を浸食する病原細胞を駆逐する抗体細胞の研究をしていたらしいが、真田先生とは何か遺恨があるようだ。


「あの男の命は奪っておくべきだった!」


 如月悠真について語る真田先生の表情にはいつもの温和で優しげな所が一切なく、憎しみと後悔の入り交じった激しい怒りの感情が顕になっていた。



 ーつづくー

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