第27話 神聖金属

 女王蜂クインビー思念感応球体アミュレットスフィアによる通信を開始していた。もう通信可能域まで接近している筈であったが、誰からもいっさい反応がなかった。


 襲撃地点に到着した蜂谷は信じられない光景をまのあたりにしていた。例の通信障害が発生してまだ十数分しか立っていない。演習に参加していた全員が意識を無くして倒れているなどあり得ない事だ。だが、それが今目の前にしている事実だった。


 呆然とする蜂谷の耳に菱木今日子からの通信が入る。通信中継地点であった仮設本部が通信障壁による攻撃を受けていた事、通信妨害を回避するために現在移動指揮車輛にて移動中であること。本部への応援要請をした事を報告した。


 続いて、藤堂からの報告によりスパイダー隊・伊達は依然として連絡が取れず行方不明。山中に不審な赤い霧が発生している場所があるとの事でこれより調査に向かう。との報告がなされた。


 蜂谷からの現状報告を待つ今日子に対して一瞬言葉に詰まってしまう。未だにこの光景が信じられずにいたからだ。


 だがそれも一瞬だ。今泉に救護部隊の編成を急がせるようにとの指示を出させると、もう一度襲撃現場の惨状を見渡した。


 その時だ、強襲用の大型トレーラーの影で何かが動いた。気配を消し様子をうかがいながらトレーラーを回り込むとそこには……。


 資料で見ただけだが一目でわかる真っ赤なバッタの化け物、赤熱色の悪魔クリムゾン・イービルと2mを超える巨体の背中から植物を生やした初見の化け物。

 そしてそれらの化け物を相手に、たった一人で戦う戦闘員の姿がそこにはあった。


 蜂谷が戦闘員の援護の為に駆け込もうとしたその時、地響きと共に空気が大きく揺れると、山の向こう側に巨大な火柱が上がり、耳をつんざく爆音が響き渡る。

 今ここで、一体何が起こっているというのだ。混乱する蜂谷の目に戦闘員の一瞬のスキを突いて攻撃を仕掛ける赤熱色の悪魔クリムゾン・イービルの姿が映る。

 蜂谷は腰に差した刺突用片手剣レイピアを抜き去ると化け物共の舞う戦場に身を投じた。



 超甲武装シェイプシフター女王蜂クインビーが戦場に介入する少し前、僕は白一色の世界の中にいた。


『汝に今一度問う。我と契約し、その力を振るえ! そして我が目的成就の為に尽力せよ。』


「あんたと契約すればあの化け物共と渡り合う力が手に入るのか?」


『無論! 我は原初の神より力の一部を授かりし四つ柱の精霊が一人。我が宿りし金属・神聖金属オリハルコンが汝の力となろう!』


 神聖金属オリハルコン? 名前くらいは聞いたことある。超甲武装シェイプシフターの装甲はオリハルコンを研究して作られた模造金属イミテーションメタルで、動物や昆虫の細胞から作られた擬似精霊を融合させて作られた物なのだそうだ。


 彼が敵か味方かは分からないが、奴等と戦える力が欲しかった。この惨憺さんたんたる状況を打破するにはそれしか選択肢がないと思えた。だから僕は気になっていたもう一つの疑問を口にした。


「お前の目的はなんだ? 俺に何をさせたいんだ?」


『我が神より与えられた使命はこの星を守ること。だが、我が力を振るうには依り代よりしろたる御身が必要だ。我が力を振るい四つ柱の精霊を集め、この星を守る助力をお願いする。……それが我が目的だ。』


 小中高とボッチを貫いてきた俺に、星を守る手伝いをしろと……笑ってしまうよ。

 だが、いいだろう。答えに納得出来た訳ではないが、この状況を変えられるなら出来るかどうかよりも、やるかどうかだ。


「了解だ。……でどうする?」


『汝、我と共に契約のしゅを唱えよ。そして我が名を叫べ!』


 彼がそう言うと白一面の世界は元に戻った。僕の目の前には赤熱色の悪魔クリムゾン・イービルきびすを返し、立ち去ろうとしていた。


 蹴り飛ばされて大地に這いつくばっていた僕は、奴を見据えたままゆっくりと上半身起こしにかかる。

 グラヴの攻撃とイラの回し蹴りによるダメージで、体が思った通りに動かない。みずちの防御があってさえこれなのだ。まともに喰らっていれば死んでいてもおかしくなかったのだ。

 重い体を片膝をついて立ち上がるとイラもこちらに気付いた。



「なぜ立ち上がる? 命を無駄にするな!」


 言いながらイラも混乱していた。何故私はこの者を助けようとしているのか? 最初はグラヴのむごい態度に怒りを覚えたからだ。そんな事をしても自分のしてきた事を正当化出来る訳ではない。私も同じ事をしてきたからだ。


 私をこんな体にした者達を許せなかった。その者達にこの力で制裁を加えたかった。自分達が作った力で自らが滅ぶのだ。


 悪に対して力を振るう事にためらいなどなかった……の前までは。彼の最後の瞬間の顔を思い出すと、何故だか胸が苦しくなった。

 それまでも無関係の人が巻き込まれる事もあった。それでもルーさんの夢のため、みんなが平和に暮らす事が出来る新しい世界のため、大罪司教の仲間達と共に戦うのだと誓ったのだ。


 なのに……。


 私は弱くなってしまった。


 だから、私はこの作戦に参加した。敵を殺し尽くし、昔の強さを取り戻すため! 敵を倒した、倒した、倒した、倒した……。心の痛みに耐えて倒し尽くした。


 倒した戦闘員の一人が体を引きずりながら、大型トレーラーに乗り込むのがみえた。逃げるのか、そのトレーラーで私に挑むつもりなのか? どちらにせよ全員倒すまでだ。


 だが、そのどちらでもなかった。


 彼はトレーラーに乗り込むと仲間を助ける為にグラヴに突撃した。だが、あの程度ではグラヴを傷付けることは出来ない。運転席から引きずり出されると必要以上の攻撃を受けた。何度も、何度も……。


 私はグラヴを止めていた。自然と体が動いてしまった。グラヴは不満そうであったが、本来の目的を実行するために動き出した。


 その場には彼が助けた仲間の戦闘員が呆然と立ち尽くしていた。グラヴとの戦闘で変わった技を使ってみせたが、我々と戦うには不充分だ。

 私は死なない程度に強烈な回し蹴りを叩き込み、その戦闘員を吹き飛ばした。彼が守ろうとした命だ、もう私にはその命を刈り取る事が出来なかったからだ。


 私が立ち去ろうとしたその時だ、その戦闘員は立ち上がった。先程呆然と立ち尽くしていた人間とは思えない程の威圧感で、こちらをねめ付けてくる。そう感じる。仮面を付けているとは思えない程にだ。


 良く見ると仮面に大きなヒビが入っていた。彼は『フェイス・オフ』と唱え仮面をはずした。

 その顔に私は覚えがあった。彼は……彼だった。忘れる訳がない。死んだはずだ。あの状況では生きている訳がない。何故だ。彼の声に彼のものと違う別の声が合わさる。


「「我が肉体と魂にかけて汝との契約を履行する。我は汝と。汝は我と。その力を持ってお互いの目的を果たせ!」」


黒帝玄武こくていげんぶ玄冥げんめい】、今こそ、我が召喚に応じ力となれ!!」


 彼の正面に薄い水色の魔方陣が現れると、正面に突き出していた右腕に吸い込まれ消え失せた。


 今度はその右腕を私の方に向けると、瞬時にいくつもの魔方陣が右腕と私の間に発生し、魔方陣の持つ斥力せきりょくによって私は十数メートル吹き飛ばされた。な、何なんだこの力は。




 僕はは吹き飛ばしたイラに背を向けると、犀川の元に向かった。グラヴの苛烈な攻撃でショック死したのだろう。心臓が止まっていた。

 僕は2本の指を犀川の心臓の上に当て、小さな魔方陣を発生させると心臓に直接圧力をかけて強制的に動かした。心臓が動き出した事で血液が循環し始めた。

 犀川は口から大量の血を吐いた。だが、意識が戻った訳ではない。現状かなり危険な状態が続いているのだ。早く治療しなければならない。


「すぐ終わらせて、戻るからな。」


 僕はグラヴのいる方に向かって走り出した。




 ーつづくー

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