第22話 スパイダー隊の危機

 伊達は敵の通信ジャミングが始まった時には既に動き出していた。


 本部から連絡を受けて、尾行チームを追跡していた教団の団員を確保したが全員何も知らない下級の工作員だった。

 違和感を感じた伊達は襲撃地点付近のモニター映像を藤堂にチェックさせていた。


『隊長、輸送班の車輌が通過した直後、映像に若干の違和感を感じるカメラが3台あります。データをそちらに送ります。』


「サンキュー、藤堂ちゃん。近いとこから順にあたってみるわ。」


 報告を受けた直後に通信のジャミングが始まり、本部とは連絡が取れない情況になった。まんまと敵に先手を打たれてしまった訳だ。


 採石場へと続く道に設置された監視カメラは全て破壊されていた。たぶん録画映像をエンドレスで送信していたのだろう。だが、何故カメラを破壊したのか?我々に奇襲を仕掛けるだけなら映像をジャックしただけで十分なのではないか?

 我々に見せたくない……見られたくない何かがあるということか。とりあえずジャミングを何とかしなければならない。襲撃現場の方も気になるが、そちらは女王様クインビーに任せるしかない。


「近くに通信のジャミング装置なり、中継する装置か何かがあるはずだ。籠原、向井、山田は周辺の警戒と目視による捜索、石嶺と葛西は分担して索敵を行え。」


「「サー!」」


 ジャミングが思っていた以上に効力を発揮していた。通常回線はもちろん、こちらの緊急回線にも応答がない。こうなってくると孤立している襲撃部隊の事が心配だ。


 通信を仮面に内蔵している思念感応球体アミュレットスフィアに移行する。これはシャドウが保有するオーバーテクノロジーの1つで、いわゆる念話を可能にするものだ。電波の類いを利用しないため、如何なる妨害も受けず通信する事ができる。但し、効果範囲があまり広くない事と、長時間の使用は脳への負担が少なくないため使用は緊急時に限られ、係長クラスもしくはその代行者の承認が必要となっていた。


「隊長、16時の方角、500mほど先の山中に複数の動体反応。ですが……。」


「ですが何だ?」


「反応は10体ほどですが、熱反応が確認出来ません。」


 動いているが、熱を感知出来ない?熱量の低い小型のロボットもしくは何らかの熱源探知対策を行っているということか。だが、教団がロボットを保有しているなど聞いたことがない。

 また、熱源探知対策を行う理由も分からなかった。何らかの罠の可能性も高いのだが、今の現状では放っておくわけにもいかない。


「全員ハンドレールガン装備、散開して敵を包囲する。モニターマップに敵座標固定。何があるか分からん、周囲の警戒を怠るな!」


「「サー!」」


 伊達は慎重に敵までの距離をつめていく。仮面の望遠モードで目標地点を確認すると、ローブ姿に長く伸びた2本の角を生やした気色の悪い 山羊の面を着けた者が見えた。その者を中心に10人程がゆらゆらと揺れながらただ突っ立っていた。何をするでもなくただゆらゆらと……だ。

 彼らは特別な装備は何も持っていない。いたって普通の服装だ。むしろ、山中に入るような服装ではない。


 まずい!やはり罠のようだ。伊達が撤退を指示しようとしたその時だ。


「隊長、後方に動体反応多数!取り囲まれています。10……20……30、どんどん増えてます。」


 木や岩の陰、落ち葉の下、小さな穴など息を潜めていたモノ共が一斉に動き出していた。それらは全て人間だった。白目を剥いてだらしなく口を開いたその姿はまるでゾンビ映画を彷彿とさせるような光景であり、部下達には明らかに恐怖と動揺が広まっていた。


「敵の動きは早くない、密集隊形に移行しつつ防御に専念しろ!」


「「サー!」」


 伊達は命令を出しつつ超甲武装シェイプシフタースパイダーに変身し、蜘蛛糸スパイダースレッドを木と木の間に張り巡らせ、敵の進路を塞いでいく。進路を限定する事で攻撃を集中させ易くさせるためだ。


 スパイダーの仕掛けた蜘蛛糸に敵が次々と絡め取られていくのだが、数が多すぎる。レールガンの弾丸が当たって倒れても、すぐにムクリと起き上がり、叫び声とも呻き声ともつかぬ咆哮をあげて迫って来る。


 後方から押し寄せる敵の数が多過ぎる。予備弾倉の数にも限りがあり、このままではジリ貧だ。そんな時だ、部隊前方で山羊の悪魔面のいる側を守っていた向井が叫び声を上げる!


「隊長、助けて下さい!たいちょーーっ!」


 いつの間にか近寄って来ていた山羊の悪魔面を守っていた奴等に取り囲まれていた。レールガンを乱射しつつ電磁警棒を振るうが、敵は数人がかりで腕や足を押さえつけるとそのまま組み敷かれた。


 伊達は後方からの敵に手間取り、助けに行く事が出来なかった。山羊の悪魔面はローブから小型の機械を取り出すとそのまま番号を入力し、ボタンを押す。向井に組み付き、噛みついたり押さえ付けていた5人は轟音と共に爆散した。


「向井ぃぃぃぃぃっ!!」


 粉々に吹き飛んだ敵の血肉が赤い霧のように周囲を赤く染め上げる。倒れている向井は戦闘服スーツのお陰か身体に損傷はないように見えた。だが、声を掛けても反応がない。


「カカカカカ……。いかがかな我々の人間爆弾ボムヒューマンのお味は?」


 ゆっくりと近付いてくる悪魔面は渇いた声で笑いながら伊達に向かって問いかける。


 伊達はそれを無視して向井に駆け寄ると戦闘服の身体チェック機能を使って怪我の具合をみる。仮面のモニターに映し出されたデータには全身に複数の複雑骨折と裂傷があり、意識もなく心拍数が落ちてきていると表示された。


 襲いかかる残りの敵を蜘蛛糸で木に縛り付けていきながら、敵の手が届かぬ位置に蜘蛛糸でハンモックの様なものを作り、そこに向井を寝かせると、蜘蛛糸を伝って地上に降りた。


 伊達はこの人間爆弾などという非人道的な手段を何のためらいもなく使用する敵に、今まで感じたことのない程の怒りと嫌悪感を感じていた。押さえた怒りを吐き出すように、山羊の悪魔面に向かって最初は静かに、そして最後は感情をあらわにして吠えた。


「俺はどんな敵に対しても最低限の敬意を払ってきたつもりだ。だが、貴様だけは別だ!外道め、覚悟してもらおう!!」


「クックック……良い表情かお蜘蛛男スパイダー。我は聖正義ジャスティス教団、大罪司教【色欲のルクスリア】が使徒!サバトの黒山羊バフォメット!貴様らも流血の海に沈んで頂こう。」


 バフォメットは手下の人間を次々と爆散させて周囲に赤い血の霧を発生させた。彼の着るジャスティス教団の白いローブも鮮血に染まり、赤い血の霧の中に同化していく。


「各自防御に専念、ツーマンセルでお互いに死角をカバーしろ!」


 伊達は部下に指示を出しながら赤い霧に隠れたバフォメットの位置を探る。各種センサーの類いには映らない……この霧に含まれる何かが反応を阻害しているようだ。まあ、ただの血液がこんな霧状になることなどないのだから奴が攻撃の為に作り出した物に違いない。


 目の前の霧が揺らいだような気がすると、続けて儀式用の波を打ったような形状のナイフが顔面を掠めていく。


「ナイフごときで超甲武装を切り裂けるとでも思っているのか!」


「だろうね。クククク……。」


 嘲笑うように背後に山羊の悪魔面が浮かび上がると耳元でささやいた。


「燃え散れ、スパイダー!」


 背後から組み付いたバフォメットは自ら炎の固まりとなり、スパイダーごと火柱を上げて燃え盛る!そしてその炎は赤い霧に引火し燃え広がると、巨大な火球となりスパイダーとその部下達を数千度の炎で飲み込んで爆発した。


「我と邪教の者共に神の祝福を……。」


 スパイダー達を巻き込んだ爆発はもの静かな山中に巨大な火柱を上げると、周囲数十キロにまで響き渡る爆発音を上げた。バフォメットの最後の言葉はその爆音にかき消された。



 ーつづくー

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