第7話 コギツネの誘い

 ケモノ道をしばらく歩くと視界が急に開けた。草原だ。先程から時間はいくらもたっていないはずだが、日の光がまぶしい。


がメチャクチャだな。」


 故意か偶然か必然か…ここまでくればさすがに気付く。相手の意図はわからないが、コレは夢か幻覚か…正直、触感、音、香りなどリアル過ぎてすぐには答えに思い至らなかった。大きなため息をつくと僕はこう思った。全く、やっかいな事に巻き込まれた…と。


 僕の気分に関係なく、草原を渡る風は草木を凪ぎ、爽やかな香りを届けてくる。見渡す限りの草原…そう見渡すかぎり限りなく…だ。


「マジかー。これはどっちへ行くべきですかね?目標物が何もないって…ここはこういう趣向ですかー?」


 ちょっぴりやけになって叫んでみる。

 当然反応なんてないし、期待もしていなかったが……。


『クゥーン』


 何かが鳴く声がした。聞こえた方に向かって歩き出す。少し歩くと巧妙に草に隠されてトラバサミが大量に転がっていた。


 罠、罠、罠、罠、罠、罠、罠、

 罠、罠、罠、狐、罠、罠、罠、

 罠、罠、罠、罠、罠、罠、罠、


 そして、中央の罠に足をとられ、ケガしたコギツネ。どうやって真ん中まで行ったんだよ。ため息混じりに呟く。


「あぁ…罠だね。ある意味もそのままも。」


『クゥーン、クゥーン!』


 コギツネは弱々しくこちらを誘うように鳴いた。もう一度大きなため息をついた僕は、とりあえず無視して通り過ぎてみる。暫くさきーーの方まで歩いてみたが変化なし。更に歩いて手頃な大きめの石を持って先程の罠の所に戻ってみた。


 まだいる…よね。そりゃそうだ、コレをクリアしないと先への道は開かないのだろう。


 僕は手近なトラバサミに向かって大きめの石を投げつけた。罠は作動した反動で飛び上がり、隣の罠を作動させ、それが連鎖的に起こり続けて、さながらドミノ倒しのように次々と物凄いスピードで連鎖反応していく。目の前でバチバチと作動して行く罠の中心でコギツネは恐怖で顔青ざめさせていた。狐の顔色がわからんのでたぶん…ではあるが。


『ああっ、アブなっ!!』


 どこからか初めて聴くちょっとおっさんのような声がした。一応辺りを見回すが誰もいない。罠が全て作動し終わったのを確認してから中央のコギツネの罠を外す。

 足のケガには一応その辺にあったドクダミっぽい…(あくまで…ぽいだが)の葉をあて、その辺のテキトーに長そうな葉でグルグル巻いてみた。

 

 コギツネはペコリと頭を下げて、人間の子供のような声でしゃべりだした。


「ありがとうごぢゃいました。このご恩わ忘れません。何かお手伝いできる事がごぢゃいましたら何なりとお申し付けくだちゃい。」


 僕は一言めんどくさそうに『出口』とだけいった。


「草原の出口ですね、わかりまちた。ご案内しまちゅ。」


 僕の左手の方に向かって歩き出すコギツネの首根っこをヒョイとつまんで反対方向に向かって歩き出す。


「ちょ、反対ですって、反対に向かって歩いてまちゅよ~。」


 無視してずんずん歩き出す。しばらく歩くと急に風景が森の中に変化した。予想通りだ。こいつは僕に何かの罠に仕掛けようと誘導しようとしたのである。そう思い通りになるかよ。


 僕は森の中を道沿いに歩く。左右の道無き森を進むと元の道に戻った。たぶん条件を満たさないと無限ループなのだろう。


『にいさん、あんた中々やるやないか。』


 またおっさん声だ。それまで押し黙っていたコギツネが極上の悪い顔でこちらをにらんでいる。左右の瞳の色が金と青で違うのも凄みを感じさせる効果を担っていた…が、


「首根っこをつままれ、手足をジタバタさせる姿は滑稽を通り越してあ・わ・れ…だな。」


 あえて後半の部分だけ声にしてみた。


『ムキューッ!!許さんぞ小僧…ワイの殺人コロスノートにで名前書いてやるからな!覚えとけや!!』


 凄んでも状態は一切変わらない。相変わらずジタバタしていた。普通ならしゃべるはずのない相手との会話に、僕は自分の口元に笑みが浮かんでいるのを感じていた。


 森は道沿いに歩くとすぐに周りを高い断崖に囲まれた小さな広場につながっていた。山を何かが無理矢理削り取ってつくられたようなその場所には、正面の岩肌に朽ちかけてコケと雑草に覆われた小さなヤシロが2つと回りには見たこともない石像が無数に並んでいた。


 地蔵や仏像とは違う、何か人の形を模したカラスかなにか…鋭いクチバシを持つ鳥類のようなとても不気味なデザインだった。正面の断崖を真っ二つに裂くように、社と社の間に道は続いていた。


「他に道は無さそうだな…えっと、お前名前は?」


 先程悪態をついてからはおとなしくなっていたコギツネに訪ねてみる。コギツネはチラッとこちらを一瞥すると


『名前なんて……、特にないわっ。あの女には……アンテナギツネって呼ばれとる。』


 ちょっと拗ねたようにそっぽを向いている。


「じゃ、今日からお前はだ。」


『はあ??お前脳ミソわいてんちゃうか?』


 哀れな、可哀想なものでも見るような目でこちらを覗き込んでいる。


「アンテナギツネなんて呼びにくいし、名前ないなら何でもいいだろ。」


『マイペースかい!全く変わっとるヤツやな。センスの欠片もあったもんじゃない!!』


 …と言いつつもそこまで嫌がってる風でもない様子のコンをそのまま連れて奥へと歩き出す。社の間を抜け山の裂け目…人が作った物ではない…巨大な何かに山を無理矢理引き裂かれて作られたような谷間を用心しながら進んでいく。


 山の中心部であろうか、中央に巨大な穴が口をあけており、左右の壁沿いに道は続いていて穴の回りを一周している。


 右回りの道は人ひとりがギリギリ通れる程度の道幅しかない。反対に左回りの道は2~3人が楽に通れるだけの道幅があった。たぶんどちらかが崩れる罠なのだろう。普通に考えれば左の太い道の方が罠だ。だが…。


「右側の道があんじぇんに通れるでちゅよ。」


 コギツネの口から、コンの声でない子供の声で進む道が示された。確信があるわけではないが、たぶんこいつがコンの言っていただ。


 赤ちゃん言葉風のこいつのアドバイスは今まで全て嘘だった。ならば、左回りの道が正解だろう。僕はコンを両手で抱えあげ、コンの顔を自分の顔の高さまで持ち上げるとダメもとで尋ねてみた。


「アドバイスどうも。…でこれは何なんですか?僕を試して楽しいですか?」


「そうね、君の反応はなかなか楽しいわ。」


 予想に反して若い女性の声で返答があった。まさか答えがかえってくるとは思っていなかったのでビクッとしてコンを落としそうになる。


『あっ、危なっ!オレのような、いたいけなコギツネはもっと大事に扱わんか!!』


「悪い、びびって手が滑った。…て、いたいけなって自分で言うか?」


 こいつとしゃべるのは何か気が楽だった。口は悪いがさほど悪意が感じられないからだろうか、普通にキツネとしゃべってしまっている自分に苦笑してしまう。


 昔から幽霊などの普通の人が見えない物が見えてしまっていた僕は周囲の者たちから気味悪がられたり、嘘つき呼ばわりされる事が日常だった。


 僕は4~5歳くらいの子供の頃、孤児院の前で行き倒れているところを保護されたのだが、それ以前の記憶がはっきりしない。自分の住んでいた場所も年齢も分からなかった。


何日も何日も森の中を長い間さまよっていた。周りにはたくさんの大人達がいたのだが話しかけても、助けを求めても誰も答えてくれなかった。これが孤児院に保護された時、院長先生に答えた事だったという。


 孤児院には他にも子供達がいたのだがなかなかうちとける事ができず、ひとりでいる事が多かった。過去の無視され続けた体験の恐怖からなのか、なかなか自分から話しかける事が出来ずにいたのだ。


 そんな僕を部屋の隅からずっと見ていた男の子がいた。年齢は少し上だろうか、その子もいつもひとりで誰とも話す事なくじっとこちらを見つめていた。ある日突然彼が僕の隣にやって来て、ちょこんと座った。


『僕の名前はベル。君は?』


「タクト…。」


 僕にはボソッと名前を言うのが精一杯だった。ベルって変わった名前だなぁと思ったのだが、言葉にすることが出来なかった。


『君、面白いね。はじめてだよ、話しかけてみたいと思った子は。』


 何が面白いのか僕にはさっぱり分からなかった。彼はそれからも毎日僕の隣にやって来てはちょこんと座っていた。しゃべったのは最初に自己紹介した時だけだった。あとはたまにこちらから話し掛けたときニコッと微笑む…ただそれだけだった。


 でもそれでも、口がうまくきけなかった僕には自分がしゃべりたいと思う時にそばにいて、ただ黙って聞いていてくれるベル君の存在はとても有り難かった。少しずつだが、僕の口数も増えていった。


 そんなある日、僕は院長先生に呼ばれて院長室に来ていた。院長先生は院に来てからしばらく経つというのに、なかなか他の子供達と馴染めずにいる僕の事を心配していた。毎日部屋の隅に座り、ブツブツとを言っている僕の事をとても心配していたのだ。


 ーつづくー

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