第6話

こうして、根強い人気に押されてダンジョン内のあちこちに設置されるようになった犬をダメにする箱だったが、問題が発生した。


「ん? 虫に……かじられてる?」


なんと、ダンボール箱にアリがたかるようになってしまったのである。

困ったことに、アリは魔力を持っているものならなんでも食べてしまう。


アリの処理は犬に任せていたのだが、犬はダンボール箱に入ると眠ってしまうのだった。

迂闊(うかつ)。ダンボール箱は天敵のいない、格好の隠れ家となってしまったのである。


そのとき、俺はこの世界の単純な真理を思い出していた。


……この世に無害な生物など存在しない。

生存リソースを奪い合う以上、どの生物もお互いに……敵だ。


「アリなんとかならないのか、アリ……普通のダンジョンは、何がアリを食べてるんだろう?」


アリを食べる動物なんてアリクイしか思いつかないのだけど。

アリを駆除するモンスターに関して頭を悩ませていると、助さんは手をあげた。


「普通のダンジョンなら、スライムが虫を駆除していますよ?」


「スライムかぁ……それにするしかないよなぁ。よく知ってるね?」


「魔導書に書いてあったですよ?」


「なるほど、よく勉強してくれてるな」


さすが助さん。

名前を付けてからというもの、魔導書を片時も離さずに読むようになったし、可愛くなったし、犬にも優しいし、言うことなしである。


ジェル状の体をもつスライムは、虫を食べてくれる以上に魅力的なモンスターだった。

とっても静かなのだ。


ダンジョンの片隅でじっとしているから、寝ているのかと思いきや、非常にゆっくりゆっくりと移動しながらお掃除してくれているのである。


壁から天井、亀裂の奥まで、犬では除去しきれないアリまで綺麗に取り除いてくれる。

あと、犬の食べ残しとか、毛とか、俺の体にたまってきた垢とか、気になる汚れとかも頼んでいないのに取り除いてくれる。


もし名前を付けるとしたら、「ダンジョン・ルンバ」で間違いない。

スライムが増えすぎたら増えすぎたで、また捕食者を考えなきゃいけないんだろうが、その時に考えよう。


……と思ったら、ふつーにインプのおっさんたちがもしゃもしゃ食ってた。

インプは植物の妖精で、スライムは水属性のモンスターだ、食物連鎖の関係なんだろう。


ルンバ、犬、ダンボール、ショートケーキみたいな女の子、ちっさいおっさん、アリ。

なんだかよく分からなかったダンジョンは、なんだかよく分からないなりに、なんだか方向性のようなものが見えはじめ、なんだか賑やかな場所になってきたんだか。


スライムをかじってお腹を満たした助さんは、口の端にスライムの切れ端をくっつけたまま、羽をぶぶぶ、と鳴らして俺の方に近づいてきた。

壁と一体化して動けない俺の膝によじ登り、なにやら緊張で噛みまくりながら言った。


「か、か、か、核しゃん……! 準備は、バッチリなのですよ!?」


「な、なんの準備?」


「ほら、あれ、言ったはずですよ? 約束したんですよ? す、助さんの、こ、子供を、核さんが作ってくれるって……言ったんですよ?」


「はっ……! あー! そうか! いや、ちょっと待って! そのうち何とかするとは言ったけど、そういう意味で言ったんじゃ……!」


うー、と唇を尖らせる助さんに、文字通り手も足も出せない俺だった。


うーん、なんだか幸せだけど、これでいいんだろうか?

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