第82話 米ノ山城奪還

(一)

 十月末、道雪は紹運を呼びだして軍議をした。

 秋月らに対する戦略を話し合うのが目的だ。

 本拠の位置からして、南筑前の秋月は、まず紹運が相手せざるを得ず。原田と宗像は道雪の守備範囲だった。相手より少ない兵力で守り抜くには、より効率的な戦略が必要。とくに来年くらいは、熊の再侵入が予想されるので、これら国人を叩けるうちに叩いておく必要がある。そして秋月への防衛のためには、地勢的観点から米ノ山城を是非とも奪回する必要があった。さらに経済的観点からも、読んで字のごとく穀倉地帯である米ノ山は重要であった。高橋家は全体の一割にあたる兵糧をこの米ノ山から得ていたからである。高橋家にとっても立花家にとっても、米ノ山奪還は必須だった。

 奪還のため軍を派遣するとは言っても、原田、宗像、筑後の鍋島など周辺の敵への備えは必要だった。よって立花軍は守備に五百を残し、道雪、惟信、鎮幸、統虎が率いる千五百で出陣、高橋軍は千を残し、紹運、福田、村山、今村が率いる二千で出陣することになった。誾千代は二十名、静香、近、風盗賊など女性のみの遊撃隊を率いて参軍する。

 一方の秋月勢は米ノ山防備を熱望した家老・坂田実久を大将とする千で迎え撃つ。実久は度重なる敗戦で家中での立場が危うくなっているのを感じており、今回の戦いに必勝を期していた。地勢的にも経済的にも、秋月家にとって米ノ山の重要度はそれほど高くない。よって種実は冷淡だった。


「危うくなっても援兵は出さぬぞ…。」


 防備大将を懇願する実久に投げたのはこの一言だけである。

 実久は決死の覚悟で臨まざるを得なくなった。

 実久は種実に懇願し、家中一の豪の者・芥田悪六兵衛を防備に参加させた。悪六兵衛は、今まで上げた首級は百を越え、二十人張りの強弓の使い手、槍を取っては小野鎮幸に引けは取らぬと評判の男だった。

 米ノ山城は米ノ山の尾根にそって立つ天守ひとつの簡素な山城で、攻め口としては南側に大手門、東側に搦め手門がある。実久はこの二つに防備を集中し、急造で多くの櫓を設置した。城に至る道は、大手門側の広めの山道、搦め手門側の狭い山道のふたつである。北側は岩屋城と同じく断崖絶壁であり、西側には実は秋月家の知らない獣道があった。


(二)

 立花山の奥深く

 移設された隠し里の家で北斗は出陣準備をしていた。

 数ヶ月前、外された右肩は胸から回した布でぐるぐる巻きにしている。

 四亀への復讐に燃える北斗の身体は、以前より一回り大きく筋がはちきれん位にぱんぱんに仕上がっている。

「邪魔するぜ。」

 ひょっと蝙蝠が覗く。

「おお、準備できたか?」

 蝙蝠は頷いて、土間にどかっと胡坐を掻いた。

「蜊のことだが…。」

「ああ…。」

「飛将に格上げするって聞いた。」

「おお、あいつも長いしな。」

「あたしや反対だ。」

「なんでだよ?蜊とは仲良いだろ…。」

「そんな問題じゃねえよ。あいつは戦いに向かない。そんな奴を飛将にしてどうすんだ。」

「里人や風盗賊の一味も徐々に増えてきているんだ。それをまとめる、信用できる飛将が必要だ。」

「それなら、最近めっきり腕を上げた貴水なんかの方がいいよ。あるいは手裏剣の名手の薫風とか…。」

「あいつらには経験が足りない。」

「蜊に何の経験がある?せいぜい物見が伝令の役にしか立ってこなかったじゃねえか!身の軽さと足の速さだけだよ、あいつは。」

「…あたいの決めたことに文句あるって言うのかい?」

「文句はねえよ…ただあたしは…。」

表でばっと駆け去る音がした。

飛び出た蝙蝠は走り去る背を見た。

「蜊…あたしはあんたが心配なんだ。」


米ノ山城の外の森

大木の枝上に四亀が座って握り飯をほおばっている。

「よく食うねぇ…。」

ひとつ上の枝から魔弓が言った。

「腹が減っては戦が出来ぬだよ。」

親指の米粒を舐めながら四亀が言い返す。

「本当にこっちから、あの雷姫が来るのかな?」

「ああ、あのお方の知恵は凄い。あの雷姫が今度の戦の鍵と見て、表面上はこの城を冷たく見捨て、敵を油断させて思いもしないような仕掛けをこの獣道にされるんだ。ひょっとすると、筑前を統一するのは熊でなくあのお方かもしれないよ。」

「そんなことはあたしにはどうでもいい。あの雷姫さえぶっ殺せりゃあねえ。一三夜丸の仇を…。」

ふふふ

木の下から忍び笑いが響く。

「なんだ!五鈴っ…なんか面白いのかっ!」

「だって…いつまでも死んだ奴のことを言って…死人に惚れたって何にもならしないじゃないか。あんたって本当に面白いねぇ。」

しゅたっと魔弓、続いて四亀が降りた。

「もう一度言ってみやがれ!」

「何度でも言うさ…あんた馬鹿じゃないの…。」

「もうやめろ!!」

四亀が割って入った。

「戦の前に味方同士でもめてどうすんだ!その怒りは敵にぶつけろよ。」


ぱちぱちぱち


なおも揉めようとするする二人は、甲高い拍手の音に振り向いた。

顔を細布でぐるぐる巻きにした、背の高い修験僧が立っている。

「いいものを見せてもらいましたよ…。ヒヒ…さすがは甲賀抜け忍のお三方。」

「あんたには関係ない。放っておいてもらおう。」

四亀の顔を手のひらでつるりと撫で、修験僧は笑みを浮かべたまま森の奥に消えた。

「あたしが…このあたしが一歩も動けなかった…。」

「邪眼坊とか言ったかい…。殿さまが雇われた法術使いのようだが、なんとも薄気味悪い奴だ。」


森の奥では、その修験僧が薄笑いのまま独り言をぶつぶつ言っていた。

「復活後、あの槍使い爺と戦う前の肩慣らしだ。噂の雷姫、どの程度のものか。楽しみねえ…ひひひひ。」


(三)

「今度の城攻めの核はずばり…誾千代じゃ。」

米ノ山城麓の本陣、道雪がいきなり切り出した。

「高橋勢が大手門筋、我が軍が搦め手門筋を登って敵を引きつける。誾千代たちは、秋月勢が知らぬ獣道を登って西の城壁から城中に潜入し火を付けて回るのじゃ。風盗賊がおればこその戦術じゃな。」


道雪の策に従い、米ノ山城攻略戦は開始された。

鳴り響く法螺の音を背に

高橋勢二千が大手門に、立花勢千五百が搦め手門に殺到する中、秋月勢は兵を五百ずつに分け、実久が大手門の悪六兵衛が搦め手門の指揮を執った。

寄せ手は火のように攻め、守り手も矢を放ったり岩を落としたりして健闘し、どちらの門でも戦線がこう着した。

「そろそろ火の手が上がってもよさそうですが…。」

鎮幸の発言に、道雪は頷きながら西の空を見上げた。


昼なお暗き森

「ひゃつ!」

虫が嫌いな静香が毛虫が這っているのを見て悲鳴を上げた。

近が枝でひょいと毛虫を掬いあげ静香に近付けた。

静香はきゃあきゃあ子供のように走り回っている。

「しっ!」

蜊が一本指を口の前に立てて窘めた。


城への獣道が中間を過ぎたころ

突然、昼だと言うのに、もくもくと濃霧が出てきた。

それも普通ではない紫色の霧だ。

「ありえない…いったい、どういうことかね?」

山歩きに慣れた北斗が言う。

誾千代は似た様な霧を見たことがあった。

一度は拐しの船の上で

一度は金牛の処刑場で

何らかの術による霧

「気をつけよ!」

部隊の気を引き締めさせた。

どこからか

風に乗って読経のような声が聞こえてくる。

ぼこっ ぼこっ

土が盛り上がる。

泥まみれの茶色く変色した腕の骨が地面から飛び出した。

ばぼっ

全身が土から飛び出す。

あり得ないその姿は滑稽ですらあった。

骨が朽ちた鎧を着て、錆びた刀を下げて歩いて向かって来る。

一体が数体に

数体が数十体に

どんどん増えてくる。

女たちの口から悲鳴が上がった。


(四)

誾千代が太刀を一閃させるたび、森の中を青い雷が流れる。

雷に打たれた骸骨たちは、ぼろぼろと崩れ土に戻っていく。

女たちの口から歓声が上がった。

「ほう、神雷を使うのかい。こりゃあ見ものだ…。」

木の上で読経していた邪眼坊が呟いた。

そして他の三人に声をかける。

「あの雷は体力を消耗する。つまり無限には打てないしろものさ。勝負は、あの女の体力が尽きた時だよ。ひひひ…。」

誾千代の息が荒くなってきた。

額に大粒の汗が浮かぶ。

太刀を振るたび足元がもつれる。

放たれる雷も、弱く細くなってきた。

「姫様!大丈夫かい!」

骸骨を叩き割りながら北斗が聞いた。

「もう少し、もう少しで骸骨は全滅できる!」

薙刀を振りまわす静香の隣で、弓を射続ける近が叫んだ。

風盗賊は全員無事、女部隊に数名の犠牲者が出たようだが、このくらいで済んだのはお方様のお陰だ。

太刀を振るった誾千代が勢い余って倒れた。

「今だ!」

三つの影が木から飛び降りる。

「いいもん見せてもらったよ…。さて、行こうかね。」

邪眼坊はそう言うと森の闇に溶けるように消えた。


飛びおりながら誾千代に向かって伸ばした太い腕があり得ないほど長く

四亀の「蛇腕」。両腕骨が蛇の骨のようで自由に曲がる伸びる。

誾千代との間に立ち塞がった影が、伸びてきた右腕を掴んで背負い投げをくらわす。

「またお前か…。」

蜻蛉を切って立ち上がった四亀は、目の前の影を見て言った。

「お前の相手はあたいだ!」

そういう北斗をじろりと見て、四亀は言い放った。

「また肩の骨を外されたいのか?それとも今度は腕を折ってやろうか!」

「やれるもんならやってみな!」


右から振りおろそうとした静香の薙刀に皮鞭がまとわりつく。

左の蝙蝠は別の皮鞭で足をぐるぐる巻きにされていた。

五鈴の裾から、苦無や鉄球、手裏拳などありとあらゆる武器がどすどすと地面に落ちた。

「暗器百選…さてどれで止めを刺してやろうか。」

曲刀を手にした可愛らしい顔がにやりと歪んだ。


しゅっ

鋭い矢が上に向かって疾走する誾千代の頬をかすめる。

「ははは…逃げろ逃げろ!一三夜丸の苦しみを少しでも味わえ…。」

木と木の間を跳び伝いながら、矢を放つ八尾は高らかに笑った。

しゅーーっ

下から狙いをつけて放たれた矢を身をねじって躱し、その方向へも毒矢を撃つ。

反転した近は大木の幹に裾を縫いつけられた。

ぴぃいいいいいいいいいいいい

走りながら吹いた指笛

一頭の黒馬がどこからともなく現れた。

「馬ごときで、私から逃げられるとお思いかい!」

木を伝う八尾の動きが、まるでむささびのように速くなった。


(五)

しゅっ  しゅっ

北斗の突きは電光石火の速さ

突きだしては引っ込み

的確に顔や腹をとらえながら

間接を取ろうとする四亀の蛇腕を掻い潜る。

顔がはれ上がった四亀は怒り、関節をあきらめ拳を固めて応戦しだした。

それが北斗の狙いだった。

打ちこまれる四亀の右腕に己の左腕を這わせた。

軸線を内側にずらされた四亀の突きの威力は半減し、外側から回した北斗の突きは倍化する。

べこん!!!!!

四亀の突きは北斗の頬を捉え、横を向いた口から出血とともに抜けた奥歯が飛び出す。

北斗の突きは四亀の顎を捉え、下顔半分を砕きへこませた。

どう………

巨象の臨終のように四亀が前のめりに倒れた。

北斗も尻もちをつく。

それを見た五鈴は一目散に逃げ出した。

「勝ったのか…。」

蝙蝠が助け起こしながら言った。

「ああ…息はしちゃいねえだろう。」

静香が確認した。

四亀は無念の表情で事切れていた。


「あはははは…逃げろ、逃げてみろよ!」

しゅ しゅ しゅ しゅ

無数の矢が後ろから追って来る。

かすっただけで死にいたる猛毒の矢

黒馬を操って右へ左へかわしながら

誾千代は山城の方へ追い詰められていった。

城壁が見えた。

奥は断崖絶壁である。

「袋のねずみだね!覚悟するがいい。」

八尾の声が追いかけてくる。

なんとかしなければ…

そのとき

「姫様っ!」

蜊が疾走してきた。

「あぶない!」

誾千代の声が響く。

「逃げ足しか能が無い奴か!すっこんでおきな!」

八尾は樹上から誾千代に狙いを定めた。


「いいかい…身体が小さく、身の軽さと足しか能が無いお前でも戦う方法がある。」

 死んだ飛天の言葉を蜊は思い出していた。

「身の軽さと速さを利用して、相手の裏を掻くんだ。」

 蜊は跳んだ。八尾のいる隣の木に

「ははっ…どこへ跳んでいやがる!」

そのまま膝のばねを利用して八尾の居る木に、さらに隣の木に、次々と跳び移りながら上へ上へ登っていく。

「どうしようってんだ?」

呆気にとられた八尾は矢を蜊に向けた。

蜊は八尾を跳びこして上へ

「な…?!」

隣の木から八尾の居る斜め下方へ向かって思いっきり跳ぶ。

「跳術…飛翔天女!」

不意をつかれた八尾の胴に飛びつき、崖下へ向けて真っ逆さまに落ちていく。

「離せっ!この…離せったら!お前も死んじまうんだぞ!!」

八尾が上から蜊の頭をガンガン殴るが、組みついた手は離れない。

「姫様…さよならっ!」

「あさりっ!!」

誾千代の声が谷に響き渡った。


その日、誾千代たちに横入りされた米ノ山城は落ちた。

芥田悪六兵衛は小野鎮幸に討ち取られ

坂田実久は切腹した。

米ノ山は秋月から高橋家の手に戻った。


翌日、崖下を捜索した北斗らは頭を割られた八尾の横で

眠るように横になった蜊を見つけた。

蜊を抱きかかえた蝙蝠は優しく語りかけた。

「お前は飛将だ。立派な飛将だったよ。」





































 


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