第ニ章第四話ー8

 あまり川口さんのことを知らない長田がそういうのだから間違いないだろう。

 普通あれだけ大々的に告白してきて、そのあとアプローチ無しはあり得ないと思う。

 少なからず何らかの接触はしてくるはずだ。


「なんか隠してるよ、あの子」

「は? どういう意味だ?」

「それが分からないから怪しんでるんでしょ」


 こういうこと初めてだからな。

 いやまぁ、そう何度も経験してるのもおかしいけど。

 にしても、円芭の観察眼を持ってしてもよめないとなると、川口さんはミステリアスな人だ。

 円芭は大抵行動を読み取れるタイプだから。


「少し様子を見た方が良いかもしれませんわね」

「そうだね。なにかあってからじゃ遅いもん」


 その“なにかあってから”という部分がなにを意味するかは聞かないでおこう。

 折角最後に取っておいた唐揚げがマズくなってしまう。


「他のみんなにも言っておく」

「川口さん包囲網敷くのはいいけど、本人にバレないようにしてくれよ」

「分かってるよ」

「もちろんですわ」


 いや、長田は部活違うじゃん。

 と言いかけ、飲み込む。

 今そう突っ込んだらキレられそうだ。


「それにしても、美味しそうに唐揚げ食べるね」


 唐突に円芭がジト目で話しかけてきた。

 普通こういう時って笑顔で聞かね?


「美味しそうじゃなくて旨いんだよ」

「凄い幸せそうな顔してましたわ」


 どうやら顔に出てしまっていたらしい。

 いつも妃奈子達と食べてたからそのノリで食べてしまった。

 この弁当を誰が作ったか知ってる円芭は、さっきよりもふて腐れた表情である。

 そんな機嫌悪くすることかね?


「あ、そろそろ時間ですわ」

「ホントだ」

「じゃあ、長田。お大事にな」

「磨莉も行くわ」

「いや、無理でしょ」


 パックリ割れた切り傷出来てる奴が階段登り降り出来てる訳がない。

 今は仮に俺らがいるから階段登れるけど、若干クラスで浮いてると噂の長田が誰かに手伝ってもらえる可能性は正直低いと思う。


「お前はここでサボれ」

「そういうことだ……って、先生! いつからそこにっ」

「今さっきふらぁ~とな」


 なに居酒屋に来た飲み友達に言うみたいなセリフ言ってんだよ。

 俺に笑顔でそういう先生は、起き上がろうとした長田の肩を掴み、再び横にさせた。


「んまぁ、そんなわけで、君達二人は戻りなさい」

「分かりました」

「じゃあね、まり」

「あとでメールしますわ」

「オッケー」


 こんなに会話してたのにまだ話すことあるのかよ。

 長田と約束を交わす円芭を待ち、保健室を後にする。


「祐、ちょっと止まって」

「どうした?」


 なんか保健室に忘れてきたのか?

 先を歩く俺に円芭が停止するよう促してきた。


「疑似恋やる」

「え、ここでっ」

「今の時間なら誰も来ないから」


 なぜ言い切れるよ。

 もしかしたら来るかもしれないだろ、保健の先生にそそのかされたサボりが。


「他の人に見られたらマズいの?」

「俺は別に問題ないけど」

「私には問題ある」

「えー……」


 その返答は予想してなかった。

 普通そんなことある?

 さも人に見られたら問題あるのがマズい雰囲気作って、自分は他人に見られたくないとか。

 ……円芭らしいけど。


「でも、時間無いから」

「だったら、ここじゃなくてもいいだろ」

「ここだから意味あるのっ」

「わ、分かったよ」


 声響いたぜ、静かな廊下に。

 保健室に聞こえてなきゃいいけど。

 というか、時間が無いと言うが、普通に教室に戻るだけなら余裕である。


「分かればいい」

「んで、何をするんだ?」

「うん。あ……な……て」

「え、なんて?」


 壊れたラジオ並みに所々しか聞こえない。

 叩きたくなる衝動を抑え、再度発言するよう円芭に要求した。


「だから! 頭撫でてっ」

「……円芭の?」

「当たり前でしょ。あと誰がいるのっ」


 それは、そうなんですけどね。

 聞きたくなるじゃないですか。

 内容が内容だから。


「まぁ、そうだけど」

「早くしてっ」

「わ、分かったよ」


 催促する円芭の頭を見る。

 なんだろ、いつも見てるはずなのに緊張してきたっ。


「……まだ?」

「おぅ、今やる」


 ここは一つ男になるかっ。

 あまりためらってると円芭の機嫌を損ねてしまうかもしれないからな。

 そう自分を落ち着かせ、ゆっくり手を円芭の頭に伸ばす。


「「……」」


 ごくり。生つばを飲み込む。手が円芭の頭に触れる。

 温かい。

 人の頭ってこんなに温かいんだな。

 あと、恥ずかしさで顔から火が出そうだ。


「これでいいのか?」

「うん、大丈夫」


 という円芭の表情は俯いているため窺い知ることが出来ない。

 ホントにこんなことが小説の参考になるのかね……。


「あ、そうだ。イブ予定ある?」


 依然顔を床に向けたまま円芭がそう訊いてきた。


「がら空きだけど」


 悲しいことにな……。

 学生生活の一度でもいいから、彼女と過ごしてみたいものだ。


「じゃあ、イブは私と一緒に行動して」

「それも疑似恋か?」

「えっ。あ、そう、うん」


 なんで驚く。

 まぁ、貴重な経験だと思って、イブを過ごそう。


 ――円芭と約束を交わし、教室。

 机に突っ伏している生徒が多く見受けられた。

 運動部だったと思うクラスメイトもダウンしている。

 五時間目の担任教師は、気の利く先生かただ授業するのがダルくなったか、黒板に“自習”と書いてるところだった。


「あ、祐、須藤。磨莉は大丈夫だったか?」


 予鈴もまだ鳴っていないため、俺らの存在に気づいた諒が近寄ってきた。

 心配だったら保健室に顔出せば良かったのに。


「大丈夫といえば大丈夫だったし、大丈夫じゃなかったといえば大丈夫じゃなかった」

「なんだそりゃ」

「まぁ、切り傷でな。今日はサポートが無いと動けないと思う」

「祐、それは大丈夫じゃないって言うんだ」


 まさか諒に諭される日が来るとは思いもしなかった。

 ジト目で見るなジト目でっ。


「とりあえず放課後保健室行ってやれよ」

「いや、俺が行っても意味無いと思うぞ」

「幼なじみなんだから意味はあるだろ」

「……顔は出しに行くよ」


 なんかイラっとくるな、この渋々感。

 疲れてなければ殴ってたところだ。


 ブブッ。


 マナーモードにしていたスマホが震えた。

 誰だこんなギリギリの時間に。

 スマホを取り出し、メール画面を開く。

 送り主の表示は高田先輩。

 はて、何の用だろ。

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