第一章第四話ー3

「じゃあ、また部活で」

「はい」


 別れの言葉を放ち、小さくなっていく高田先輩。

 俺も帰るか。

 高田先輩を見えなくなるまで見送り、学校を後にする。

 あ、プライベートで今日買ったやつ着てくれっていうの忘れた。


 ピポン。


 ん?

 わりと大事な事を発見した矢先スマホがメールを受信した。

 自転車を止め、ズボンからスマホを取り出して送り主を確認する。


『住吉諒』


 遊びの誘いか?

 親友の名を見て安心してしまったためか、メールを開く前にロック解除画面に出る簡易表示を見落とした。

 めんどくさい内容だったらどうしよう。


『明日どこかいかないか?』

『いいぞ』


 やはり遊びの誘いだった。

 特に断る理由もないし、快諾しておこう。


「おかえり~」


 自宅に着き、自転車を駐輪していたら、妃奈子がニヤニヤして近づいてきた。

 これは良くないことを訊く顔だ。


「ただいま」

「デート楽しかったっ?」

「だから今朝も言ったが、デートじゃないから」

「でも、事情知らない人はデートにしか見えないと思うんだけど」

「……」


 現実的なこと言うなよっ。

 気づかないようにしてたんだから。

 首を傾け、こちらの顔を覗き込んでくる妃奈子。

 腹立つ……。


 確かに、端から見ればデートに見えるのかもしれない。

 だがそれは、周りからの印象であって、本人達の意向とはズレている場合がある。

 必ずしも男女二人が二人きり出掛ける行為がデートとイコールされては困ってしまう。

 特に今のご時世俺らみたいな男女一杯いると思うんだが……。


「まぁ、祐君がデートじゃないって言うなら、それを信じるけど。ね」


 何か凄い“あたしは”と強調して言ってるような感じかする。

 俺は、そんな妹の意味深な言動に一抹の不安を抱きながら我が家へ入った。



 ☆ ☆ ☆



 ゴールデンウィークも残り二日。

 昨日あのあと諒から詳細を聞き、待ち合わせ場所にその時指定された公園に俺は到着した。


「……」


 先客がいる。

 しかも、知り合いが。

 何で長田がここにいるのだろう。

 ……はっ!? まさかデートっ。

 相手が気になるな。


「よ、待ったか?」

「いや、俺も今来たところ……じゃなくて!」

「一応驚かせたつもりなんだけど」

「そんなのどうでもいい」

「そんなのって……」

「長田がいるんだが」

「そりゃ、いるだろう。主催者なんだから今日の」


 さも当然のごとく平然とした顔で言いやがった。

 事前報告しろよっ。


「初耳だがっ……」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「言ってねぇよ。一言もなっ!」

「そんな嫌なら帰すけど」

「今日の主催者なんだろ」

「そうだな」

「だったら、帰すのは違うだろうがっ。つか、嫌って言ってない。事前に言えってだけなんだよ」

「それは、すまん」

「まぁ、いいけど」


 どうやら故意に伝え忘れたわけではないようなので許すことにした。

 さて、いつまでもここで二人でしゃべっているのも悪いし、早く近くまで行こう。


「ごめん、待ったか?」

「……待ってないわ」


 じゃあ、その間はなんだよっ。

 あと、諒を睨んでるじゃないか。

 言葉の意味と態度が反比例してる。


「んで、今日はどこ行くんだ?」

「いや、どこにも行かないぞ」

「は? 昨日どこか行く的なこと言ってなかったか?」

「急遽変わりました」

「変更するなら言ってくれっ」

「す、すまん」


 何か嫌な予感がしてきたな。

 諒の挙動がおかしい。

 謝っていたとき目が泳いでいた。


「抱擁しなさい」

「は?」


 何をいきなりこの女は口走ってるんだっ。

 抱擁って確かくっつくってことだよな。

 どうしてそんなことしなきゃいけない。


「ほ、ほうよう?」


 大丈夫か、こいつ。

 この間習ったばっかりのはずだが。

 アホな顔して首を傾げる諒。


「くっつくってことよっ」

「あー、なるほど」

「分かったなら早くしなさい」

「え、誰と誰が?」


 さっきから諒の奴アホさ加減が極まってきてるな。

 そんなの俺と長田に決まってんじゃん。

 言ってる時目線あってたし。

 つか、諒の奴諒と俺がくっつくって言う風に想像してたってことだよな。

 あり得ないだろ、普通に考えて。


「諒と練本に決まってるじゃない」


 うんうん、ほらな。

 ……。


「な、なにっ!?」

「だ、そうだ」

「なにが“だ、そうだ”だっ。お前は嫌じゃないのか」

「別に減るもんじゃないだろ」


 いや、多分減ると思うぞ。

 ここに来た人達からは。

 まぁ、なにが減るかと訊かれても詳しくは答えられないけど。

 ……仕方ない。やるか。

 早々知り合いは来ないだろ。


「分かった。やるよ」

「さすが祐」ボフッ。


 言い終わるや否や諒がくっつ――絞めてきた。

 俺を殺す気かっ!?


「く、くるしっ……」

「あ、すまん」

「い、いきなりくっつく奴いるかよ……。一声かけろ」

「分かった。じゃあ、くっつくぞ」

「あ、ああ」


 やっぱり前フリ入らなかったわ。

 別の意味で変に緊張する。


「じゃ、写真とるわよ」

「なにぃ!?」

「……」


 長田がカメラを持っていた。

 その代物を一体どこにしまってたんだ?

 つか、何で諒は無言っ。


「ま、まさかとは思うが、これって美術部のモデルのための写真撮影なのか?」

「……うん」

「マジっすか」


 終わったな。

 美術部からこの写真が流出した暁には、それはもう全学年のネタになること必至だ。

 意地でも断ればよかった。


「もう腹くくろうぜ」

「いや、断るつもりないけど」

「じゃあ、撮っていい?」

「ああ」


 こうなりゃやけだ。

 早く撮れっ。

 誰も来ないうちに!


(なぁ)


 長田がカメラを構えたのと同じくして、諒が小さな声で呼び掛けてきた。

 こんなときに小声で言う必要ないだろ。


(どうした)

(祐の好きなタイプ教えてくれ)

(は? いいけど)


 諒が恋バナをしてくるとは思わなかった。

 ビックリしたが、大声を出してはいけないようなので堪える。

 にしても、好きなタイプね……。


(ホントか)

(嘘つかねぇよ)

(じゃあ、頼む)

(優しくてよく笑う子)

(あ~、なる――

(と言いたいところだが、わりとツンツンしてて時々見せる笑顔が可愛い子がいい)

(なるほど。じゃあ、好きな髪型は?)

(サイドテールかツインテール)

(じゃあ、最後。好きなカップは?)

(マグカップ)

(……)


 どうやらここはふざけていい時ではなかったらしい。

 無言で諒がキレている。


(ウソだよ。普通にBカップくらい)

(サンキュ)

(何でこんなこと訊くんだ?)

(い、いや、祐ってどんな子好きなのかなと思ってな)

(ふ~ん)


 こいつなにか隠してるな。

 単純に好みのタイプを聞きたいわけではないのかもしれない。


 パシャパシャ!


 片膝をつき、カメラを下からこちらへ構えてフラッシュで目を刺激してくる。

 ローアングルから撮るな、おい。

 音楽番組での歌手が下から撮られるの嫌だって言ってる意味分かったぜ。


 ……っ!?


 ちょっと待て。

 今回だけは、ローアングルもいいかもしれない。

 実は今真っ白な布が凄く自己主張してきている。


 そう、つまり長田のスカートからパンツが見えていらっしゃるのだ。

 これはあれだ。

 自分から見せにきてるから、今俺が見てるのは不可抗力になるよな。


 言わば見放題というわけだが、目の前に諒がいる以上それはできない。

 つか、何でしゃがむことを想定して服を選んでこないのか。

 正直こっちとしてはありがたいことだけどな。


「ちょっと離れて背向けて」

「分かった」


 長田の指示により、諒が俺から離れていく。

 温もりが消え、そこに当たる風が冷たい。

 帰りたいな~。


 パシャパシャパシャっ!


 何かカメラマン魂に火がついてるしよ……。

 あと、それに集中しすぎてスカートが捲れてのにも気づいてないし。

 太ももがヤバイね。


 スカートと靴下の間って絶対領域って言うんだっけ?

 それがエロいのなんの。

 諒から離れたし、少しは長く見ても大丈夫だろ。

 いや~、引き受けてよかった。



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