Re: 錆逝く貴方に託した意志を

けねでぃ

第1話

 風が、なびいた気がした。こんな日には大抵穏やかじゃないことが起こる。

「今日も綺麗な空だな」

「何が綺麗ですか、曇り空じゃないですか、確かに見方によっては雲が夕焼に染められて綺麗ですが」

「ポコ、お前はこんな綺麗な空を綺麗と認識できないのか? かわいそうに」

「できませんね。そうそう、その名はいつまで続けるつもりです?」

「もう百年は続いてるんだ、いいじゃないか、そろそろ諦めても。せっかくあたしがつけた可愛いあだ名なんだ」

「全くもう……。貴女のセンスにはいつも呆れさせられます」

 肩の上の眷属であるポコと会話を続ける。

 おい、と後ろから声をかけられる。ポコもさっきまでの雰囲気を掻き消し、タバコをくわえた青年を見る。

「烏がペットか……。いいセンスだな」

「どうも、これでも賢いいい子でな」

 ポコが誇らしげな顔をする。表情の映えるいい子だ。

「俺も烏は嫌いじゃない、昔フンを落とされかけたことがあったがな」

「ほぅ、その子はさぞお前が嫌いだったのだな」

「そうかもな」

「こんな怪しげな美少女に声をかけにきたんだ、何かあるんだろう?」

 表情一つ変えず彼は答える。美少女と言う煽り文句に否定の意を漏らすつもりは無いらしい。

「あぁ、いろいろあってな、お前の力が欲しい」

「力?」

「現状を打開する力が欲しいんだ。お前の霊力を見るに、お前を倒せば何かを得られるんじゃないかと思ってな」

「ハルナ、貴女の霊力だだ漏れみたいですよ」

 五月蝿い。別に漏れてたとしても普段は問題ないじゃないか。

「まぁ、そうですけども」

「それで、そこの青年はあたし達を力でねじ伏せようと言うのか?」

「まぁ、そういうことになる」

 ほぅ、それは面白い。

「こい! 相手になろう!」

 ポコがあたしの肩から飛び立つと同時に青年は短剣を構える。こちらも身構える。勢いよく突撃してくる。短剣の魅力はこの機動力だろう。間合いと引き換えに、ほぼ動きを阻害しない。しかしあたしとて、少し素早い程度の攻撃は避けられる。バク転で華麗に避けてみせる。

「ポコ!」

「全く、人遣いが荒いんだから。大いなる闇よ、すべてを包み込む力となれ!」

 口上と共に辺りが暗くなる。暗くなることで、暗視手段を持たない相手ならば、命中精度は確実に落ちる。それに加えてこちらは周りが暗くなれば暗くなるほど回避力が上がる能力がある。暗視もできるのでこちらが圧倒的に有利に立ち回ることができる。

「暗くして攻撃を避けようというのか。ならば手数で勝負だ」

 彼が上着のポケットからカードを取り出す。一度に広げ、あたしの方に投げる。カードは一枚一枚が折られ、狐の形になりこちらに襲いかかってくる。避けたところで串刺しになる運命だろう。避けられないならば、弾くまで。影からベースを引き抜き、障壁を出す曲を奏でる。狐一匹一匹が障壁に突き刺さる。普通ならば刺さることなく弾くはずなのだか、そう考えるとなかなかに霊力が注がれている紙なのだろう。狐達は壁を壊せないことを悟ったのかあるべき場所へ帰り、元のカードへ戻る。こちらもベースを弾く手を止める。反撃をするならこのタイミングだろう。別の曲を奏でる。近傍の床に変化が起きる。コンクリートに亀裂が入り、大きな咆哮と共に遺士達が目を覚ます。リクザメ、キュウビ、ユキオンナ、ヨロイドリ。錆逝く彼等の遺志は何を思い、今日も立っているのだろうか。襲いかかるリクザメの攻撃を彼が短剣で捌いている間にあたしはベースを影に戻し、代わりに鎌を引き抜き彼との間合いを詰める。デタラメに攻撃を繰り出し、彼を一気に追い詰めようとする。こんなに暗いのによくまぁ器用に受け流すものだ。遺士が崩れ落ちる。再び曲を聞くその時まで、彼らはもう一度眠りにつくことになる。

 ここで上空で様子を見ていたポコの追撃が入る。不意打ちに一瞬隙ができる。ポコが作ってくれた隙をみすみす見逃すわけにもいかない。手に持つ鎌でさらに畳み掛ける。鈍い彼の呻きが聞こえる。どうやら脇腹をかすったようだ。しかしこれで十分だ。そう、あたしには攻撃した相手の能力を自分のものとして使えるようにする力がある。

「さぁこい! 霊力に支配されしカード達よ!」

 その一言に動揺を動揺を隠せない彼の表情を見る。ニヤリと笑う。その反応を見るのが楽しい。自分の攻撃がほぼそのまま、小道具まで含め再現されたのではたまったものではないだろう。

 烏の形に折られたカード、どちらかと言うと折り紙に近くなったが、を仕向ける。大きく跳躍し、彼は烏達を避ける。あまり周りが見えていない現状で、本当に、よくもまぁそこまで避けるものだ。暗黒が晴れ、元の空を取り戻す。

「くそっ。埒があかない」

「完全に詰んでるな。どうした? あたしはそんなに弱い男は嫌いだぞ?」

「なに尻軽女みたいなこと言ってるんですか貴女は。碌に男遊びもせずに過ごしてきているくせに」

 やかましいわ。ポコを一発殴る。

「お前に気に入られるくらいの切り札がこちらにはあるぞ?」

 そういうと、彼は剣先に霊力を集中させている。宣言通り大技を仕掛けるつもりらしい。そうなると後は避けるタイミングだ。そうこうしているうちに彼のエネルギー装填は終わったようだ。そうこうもしていないが、あたしが思っている以上に切り札を行うためのエネルギー装填は早く終わるようだった。構えが変わる。来るならここだろう。隙を見てこちらの二人も影に隠れる。これが影の真の能力。回避力上昇なんてオマケ程度だ。

「この距離でも衝撃が届くのでは直撃してしまったら死が見えますね。こういう大技はしっかり避けるに限ります」

「あぁ、霊力で空間を切り裂くような、なんというかピリピリくる感覚だ。あんなの正面から喰らいたいものではないな」

 意味がわからない威力の衝撃波が過ぎ去ったのを確認して影から出る。

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