眠りの姫に救いの未来を ラスト・エピソード

けねでぃ

第1話

 扉の先は、何かの研究室のようだった。

 怪しげな装置、何かの液体に浸かった物体。まるで生物実験を行う施設のようだ。

 先導するハルナに続く。鎌を構えつつ進む彼女の後ろを金属バットを構えて進む。

 通路の左右に液体で満たされた装置が続く。中には制御室で見たようなコアらしき何かが入っていた。

 さらに先に進む。すると少し開けた場所に出た。ここが終点だろうか。奥の机には白衣の男が座っている。乱暴に乱れた髪に三白眼。まさに研究者という風貌である。ここまで研究者らしき人間が今時いるのだろうか。

 ようこそ、と彼が口を開く。ドスの効いた声でこちらに挨拶をした彼こそが教授だろう。しかしこの特徴的な声、どこかで……?

「やぁ、教授。お前の首をいただきに来た」

 ハルナが教授に挨拶代わりの一言を投げる。

「これはこれは。血の気の多い人だ。僕はただの研究熱心な科学者だというのに」

「研究熱心なのは感心するが、こんな危険な研究を秘密裏にしているのは感心しないな」

「危険? 何をおっしゃるのやら。研究に危険は付き物です。今回の研究も成功すれば大きな金になります。金があれば次の研究ができる」

 今回の研究? それがリリーちゃん誘拐と何か関係があるのだろうか。

「そちらの血の気の多い方は置いておきましょう。ようこそ、ニア。よくぞここまで辿り付きました。貴女の目標にたどり着くための努力を惜しまないその姿勢は昔から素晴らしいと思っています。もっとも、昔と言っても私が貴女やリリーと出会ったのは六年ほど前の話ですがね」

 六年前?

 もしかして。

「教授。お前はあの時の……」

 そう、私達が大学生だった頃の話だ。私とリリーちゃんが出会ったのは大学一年生の頃だった。一浪して一流国立大学に入学した私はリリーちゃんと出会った。似たような趣味を持つ彼女とはすぐに仲良くなった。そして、彼女の美貌は当時から数多もの男子を惹きつけ、女子を虜にし、そして、厄介事も惹きつけた。彼女に夢中になり、囚われた男の一人、その中でもとりわけ狂気に包まれていたのが彼、本名を明かさずに終わったが、教授と呼ばれている男だった。この国最難関の大学で特待生だった男である。頭はたしかに良かった。しかし彼のリリーちゃんに対する狂気は並大抵のものではなかった。それを全てはねのけ、守り続けたのが私だ。最終的に一年生の冬に彼の行動が問題視され、退学させられてしまった。噂で聞いた話ではその後、怪しい研究所が彼を引き抜いたとかなんとか。

 そうか、あの時の男が、今目の前にいる彼。

「で、だ。お前の目的はなんだ? 何故リリーちゃんを誘拐した!」

 目の前の野郎にそう吐き捨てる。手持ちの金属バットを構える。目の前の教授は余裕のありそうな表情で立っている。

 むかつく男だ。昔からそうだった。

「僕の目的、それは今も昔も変わりません。愛するリリーを、我が手に収める。それが目的です。リリーを、僕だけのものにする。そして、ついに彼女を僕だけのものにする研究が実を結びました。だから彼女を僕の手元に連れてきてもらった」

「お前が研究しているのは人体クローンの技術だと残雪から聞いている。その研究とリリーを独占する研究がイマイチ結びつかない。何を考えている、教授」

ならば見せて差し上げましょう。と教授が呟く。彼は持っているコアを床に投げる。蛸の時と同じようにそれは形を作る……。そして、それはリリーちゃんの形をとった。

「んなっ……」

 変な声が出る。

 驚くのも無理はありません、と彼は呟きつつリリーちゃんの形をした何かに指示を出す。その何かは後ろの装置を操作する。すると蕾のような装置は開いた。中には数多もの管に繋がれたリリーちゃんがいた。彼女は安らかな顔で眠っていた。

「単純です。この蕾の中でリリーの体をデータ化し、コアに記憶させたのです。つい先日、この装置が人間に対しても使えるようになりました。制御室にいたでしょう? あのコアが今までの中で最高の作品でした。二種類の全く関係のない生物のデータを取り込んだのです。その後少し改良を加え、リリーをも取り込むことに成功しました。この装置の中で永遠に、彼女は僕とともに生き、クローンを量産し続けるのです。コピーであるリリー達を売捌き、僕は金を手に入れ、オリジナルを持つことの優越感に浸る。最高ではありませんか?」

 そんなことのために……。

「そんなことのために! 貴様は! リリーちゃんを!」

 その先は言葉にならなかった。声にならない叫びをあげそうになるが、ハルナの呼びかけで我に返る。

「思ってた以上に最低な野郎のようだな。仕事と言うのもあるが、個人的にお前のような人間は嫌いだ。ここで消えてもらおうか」

 鎌を回しつつハルナが言う。

「僕に触れられるとでも? こい。レッサーリリー達、僕のために戦うのだ」

 彼が装置の電源を入れると先ほどの通路にいたコア達が一斉に装置から解放され、リリーちゃんの形を作る。それぞれが右手に武器を持っている。おそらくあのコアが作ったのだろう。たくさんのレッサーリリー達がこちらにのそのそと近づいてくる。たまったもんじゃない。リリーちゃんは一人で十分だ。中にはニアちゃん、とこちらに呼びかけてくる輩までいる。こんなにたくさんいても気が狂いそうなだけだった。

「ニア、とりあえずこの狂気に満ちたアンドロイド達を始末するぞ。やれるか?」

「た、多分ね」

 正直、あまり自信はなかった。個性のないガワだけのリリーちゃんなら、割り切れば金属バットで殴りかかれたかもしれない。しかしこの様子を見るに多少なりとも個性はありそうだし、生まれる前の記憶も少しは持ち合わせているようだ。そんな人間のように振舞われると、躊躇いが出る。

 金属バットを構える、しかし腕に力が入らない。わかっている。レッサーリリーはレッサーリリーであって、あくまで偽物なのだ。しかし彼女の切なそうな顔を見ると、そして声を聞くと、今までの思い出が襲いかかってくる。

 一浪して不安だらけだった入学式。女のくせにゲーマーだと罵られないかと心配し、隠し通した五月。彼女と出会った六月。夏の大会に二人で出た七月。初めて二人で泊まりの旅行に出た八月。喧嘩して少し気まずくなった九月。和解して再び遊び始めた十月。意味もなくリリーちゃんを秋の山に連れて登山をした十一月。鍋パを開いた十二月。教授が現れた運命の一月。彼の猛攻を凌いだ二月。そして平和が訪れた三月。

 あの一年だけでも思い出が詰まっている。リリーちゃんの声に、体に、私の想いが反応する。動けない。手が震える。

「ニア、無茶をするな。顔色が真っ青だぞ」

 どうやらばれていたらしい。ごめん、ハルナ。彼女の声に安心してしまったのか、力が抜けてしまい、そのまま意識が遠のき……。

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