UNLIMITED
アルエ・L・クラウス
第1条 誰も、彼らの邪魔は出来ない
どうしてこうなったんだろう?
「そうか…今年の新メンバーはオマエか」
いやいや、その、あの何がなんだか解らないのですが?
「ねぇ、綾…この子わかっとらへんよ?」
そう!そうなの!!だから、オレがなんでここにいるのかが謎なの!
「こんなヒヨっ子に仕事ができるんか?」
ヒヨっ子って、ひどいな。だーかーらっ!オレが聞きたいてぇの!!!
「ま、がんばれよ」
がんばれって言われて誰が、がんばれるかーーーーーーーぁぁあっ!!!!!
桜が風に舞い、烏丸通の道に花びら落ちていく。時に風に、時に車に、時に自転車に、時に人によってそれらは巻き上げられて、きれいな桃色の絨毯になっていく。
新しい制服に袖を通し、今日から通う学校への道を駆け足で走り抜けていく少年。
「あ、すみません!!って、間に合わないっ!!!」
真新しい革靴の駆け抜ける音がゆっくりと歩く人の耳に入り込む。必死で駆け抜けていく少年を振り返って通行人が見る。
なんで、こんな日に限って目覚ましセットしてないかなぁ、オレって阿呆じゃん!
オレの名前は池鶴日向。この春、晴れて高校生になりました。特に受験勉強を頑張ってしたわけでもなく、学校からの推薦とかじゃなくて、なんとなく受けたこの学校に受かったので通うことにしました。
理由その1が、家から近いからってことだったんだけど、この理由は入学の手引きを読んであまり意味のないものになった。なにせ、この『京洲学院高校』は男子校で全寮制!想像しただけで、むさくるしい。なんで受ける前にしっかりと確認していなかったのかと入学金を払ってもらってから気づいた。
慌てて潜り抜けた門の先に見えてきたのは、今日からお世話になる校舎だった。
すげ~かっこいい。創設されたのは明治初期らしいから、建物は古くかなりモダンな造りになっている。なんか、校舎にしておくのがもったいないぐらいのデザインだ。たぶん、重要文化財とかに登録されてるんだろうな。少し歩いていたペースをダウンさせて校舎をじっくりと見ていたが、その時に耳に大きな鐘の音が飛び込んできた。
ガラーン…ガラーン…ガラーン…
「うぉ…びっくりしたぁ…って、やべぇ!入学式始まっちまう!!」
カバンから入学式のお知らせと書かれた葉書を取り出し、見取り図を見る。
どうやら校舎の裏手に体育館があり、そこで入学式を行うらしい。慌てて、そこへと向かう。この角を曲がったら、きっと体育館が見えるはず!!と思った矢先に、
ガッ。
鈍い音と共に何かにぶつかった。そして、額に激痛が走る。
「いってぇぇええ!!!」
「…痛いのはお互い様だろう」
地面へと転がったオレの頭上から声がした。ぶつかった箇所であるところに手を当てながら見上げる。そこには同じ制服を身にまとった生徒が立っていた。少し睨みつけているようだ。その顔は逆光ではっきりと見ることができない。
「おい、オマエ」
「は、はい?」
「新入生だろう?ここで何しているんだ?」
はっ!!こんなところで油売っている場合じゃない!その場は平謝りをして、立ち去った。なんとかぎりぎりで会場である体育館に着いて、ゆっくりと扉を開けるとすでに式は始まっていた。空いている席を探し、なんとか座った。それにしても、見渡す限り男ばかり。そりゃ、男子校だからしょうがないのはわかっているけどやっぱりへこむ。約1時間の式は、スムーズに終わりクラスごとに教室へと向かった。自分のクラスに関しては前もって配布されていたプリントに記載されており、オレはGクラスとなっていた。しっかし、どれだけの人数がいるんだって話。
先輩に先導されて、教室へと案内される。席はとりあえず出席番号順。オレは前から5番目か。窓際の一番後ろ。なんだかいい席だなぁと思い、おもわず笑みがこぼれてしまう。教室に入った時から気になっていたけれど、各机においてあるこの箱は一体何なんだ?クラス全員がみな、その机の上に置かれた箱に興味を抱く。その様子を見ていた先輩が、教壇の前で話をし始めた。
「君たちの机の上にある箱は、この学院に代々伝わる新入生歓迎の品だ。悪いことに使うなよ?」
そう言うと、先輩は教室から去ってしまった。みな首を傾げつつも、箱を気にする。すると、一人が箱の包装紙を破り中を開けていた。周りはその様子に釘付けだった。オレも気になったので近くへと寄る。恐る恐る開いた箱の蓋。中身に全員が声をあげる。
拳銃。
色は黒。
「な!コレって銃刀法違反じゃねぇの?」
一人が言う。確かに、この日本では銃の所持は禁止されている。
それをこんな学院の生徒全員に配っていいものだろうか?一斉にクラスにいた生徒が自分の机の上におかれた箱を開け始める。もちろんオレも、それにならうように開けた。色や形は違うのもあったけれど、全員の箱の中身は拳銃だった。
震える手をなんとか押さえながら手に取ってみた。見た目はどこか軽そうにも見えるのに、ずっしりと重たい。弾は…よかった入ってはいないみたいだ。みんなが配られた銃に夢中になっていると、教室の扉が開いた。そこに立っていたのはどうやらクラス担任らしき人物。
「お、みんな早速開けたみたいだな」
そういいながら、教壇の前へと進む。その言葉に反応した生徒が先生に対して質問を投げかける。
「先生、これって本物ですか?」
その言葉を耳にした先生は、一瞬動きが止まったけれどすぐに笑いだした。しかも、腹を抱えるぐらい笑った。
「ははははっ!お前ら、それ本物だと思ったのか?本物を高校生のガキに、しかも全員に渡すわけないだろ?」
「じゃぁ、コレは一体何なんですか?」
全員が本物でないとわかったと同時に安心をし、さらに本物でないのであればこれは一体?と疑問が浮かぶ。
「水鉄砲だよ」
弾を込める部分に水を入れて、引き金を引くと勢いよく水が飛び出すらしい。
笑顔で先生は、自分が持っている水鉄砲を生徒に見せた。オレ達に配られたのとはまた違うやつだった。
「水鉄砲?なんで?全員にそんなもの配るんだよ」
「なんか、この制服にアクセントをつけたかったらしくてな。オレがこの学校来た時からこの風習はあったぜ。だからちゃんとホルスターもあるだろ?」
そういいながら、一番前の生徒に銃を構えて引き金を引いた。それと同時に勢いよく飛び出した水は生徒の顔にかかる。その様子をみていたクラス全員はホッとした表情を浮かべて、口々に水鉄砲かぁと言葉にした。オレ自身も、配られた水鉄砲を手に取りまじまじと眺める。それにしても、本物とあまり変わらないんじゃないの?これ。ためしに、引き金を軽く引いてみた。
ガウン
え…?オレの手に握られている銃から、少し煙が上がっている。クラス全員がオレのほうを見つめている。もちろん担任もだ…。困惑した表情をしているオレに近寄ってきて、肩を叩いた。
「そっか…今年はオマエが選ばれたか」
「え?何の事?てか、何コレ!水鉄砲じゃないじゃん!!!」
「たまに入っているんだよ、本物が。それを手にした生徒は、懺悔をしにいかなきゃいかんのだよ」
笑顔でそう話す先生に対して、ものすごく腹が立った。懺悔って何だよ!懺悔するのはオレじゃなくて、これを配った学院だろ?溜息を何度もつきながら、オレは手にしてしまった本物の拳銃を何度も睨んだ。
校舎を出て、うっそうと茂る森の奥にあるとされる『チャーチル聖教会』
この学院のシンボルでもある建物だ。ゴシック建築をモデルに造られたであろう外観に、少し見入ってしまう。いやいや…そうじゃなくて、オレはなんでかわからないうちに渡された本物の拳銃をぶっ放してしまった事を懺悔しに来たんだよな。だから、これは理不尽じゃないのか?今日、何度目かわからない溜息をつきながら、重厚な造りの扉を両手で押し開けた。目に飛び込んできた、ステンドグラスに違う溜息が漏れる。足音が響く教会内の、奥に懺悔室と書かれた部屋がポツンとあった。なんだかあまり気が乗らないけれど、しょうがない。担任曰く、今日中に行かないと大変なことになると言われたからだ。なんで、オレが…。小さな部屋の中には、向こうが見えない鉄格子の窓があった。なるほど、ここでオレが神父様に懺悔するわけね。しばらくすると、格子窓の向こうから男の声がしてきた。
「汝、何を懺悔しにきたんや?」
なんで、関西弁なんだ?あ、そうか…関西出身の神父さんなんだな。
「あ、その、担任に言われてここに来たんです」
「ほぉ。そやかて、何か理由があるんやろ?はよ、いいんさい」
「なんか、新入生全員に配られた水鉄砲がなぜかオレのだけ本物だったんです…これって酷くないですか?なんでオレが懺悔しに来なきゃいけないんですか?」
そう話すと、神父様は黙ってしまった。え?オレ、何か変なこと言ったか?
しばらくして、やっと返事が返ってきた。しかし、その返事は何かおかしかった。
「その銃、見せてや」
「は、はぁ…」
カバンの中から、今日渡された拳銃を取り出す。格子窓の近くに差し出すと、神父の姿がチラっと見えた。
「ふぅん…なるほど。フェイファー・ツェリスカか…やっと空きが埋まったんやな」
「…???」
オレが不思議そうな顔をしていると、笑いながら部屋を出ていってしまった。
そして、オレが入ってきた扉が急に開く。そこに立っていたのは、制服を着た小柄な少年だった。
「なにしてるん、さっさと出ぇ。ほれ、ついてくるんやよ」
そういうと、背中を向けて歩きだしてしまった。え?ついてこいってどういうことだよ?でも、ここにずっと居るわけにもいかないのでとりあえず数歩後ろをついていくことにした。教会奥の扉を開け、渡り廊下を抜けて離れみたいな場所に行きついた。こんなところがあるなんて外からはわからなかった。
胸ポケットから鍵を取り出して、鍵穴に差し込む。金属音が聞こえ、ノブを廻すと数人の生徒がそこにいた。
「んーなんだ?そいつ」
一番手前に座っていた生徒がオレに近づいてくる。右耳にピアス…左耳にもピアス…しかも1つや2つじゃない…。こんな生徒いてもいいのかよ?一応、この学院って進学校だろ?生徒指導どうなってんだよ。オレが少し後ろに下がると、ははっと笑いながら元いた場所へと下がっていった。
「左京、部外者をここに入れるなと言ったはずだろう?」
次は机の上に置かれたパソコンを見ていた生徒が、オレを連れてきた人に話しかける。なんか、根暗そうに見える…。
「部外者ちゃうわ、ちゃんとした関係者や。ほれ、これ見てみぃ」
そういって、差し出したのはオレが持ってきた拳銃だった。それを見た瞬間、そこにいた人たちの目の色が変わっていくのを感じた。
「へー…このヒヨっ子がねぇ~大丈夫かよ」
「問題はないだろう。左京もそう変わらない」
「おいおい、桂?こんなヤツと一緒にせぇへんといて!オレは、そな弱くないわ!」
3人が言い争っている中、オレはただ呆然とその場に立っているしかできなかった。すると、扉が突然勢いよく開いた。言い合っていた3人が、ピタっと口を動かすのをやめ、扉のほうを見た。
「こんなところに突っ立ってると邪魔だ」
「あ、は、はい…って、あーーーーっ!!!!!」
そこに立っていたのは、体育館へと向かう途中にぶつかった相手だった。
ウロ覚えだったけれど、声が同じだ。そのことに相手も気づいたらしく、オレを指して声をあげた。
「あぁ…ぶつかっておきながら、何も言わず立ち去った朝の新入生野郎か」
「んなっ!ちゃんと謝ったじゃないかっ!!何も言わなかったなんて、失礼だ!!」
今にも飛びかかりそうな勢いで、相手に噛み付く。普段ならこんな事で怒らないのに…今、オレがおかれている状況があまりにも飲み込めないでいるので、イラだっているのがわかる。
「ふん。八つ当たりだよな。お前が新しいフェイファー・ツェリスカの持ち主ということはチラっと耳に入ってる。まぁ、…ちょうどよかった、今日の仕事内容だ」
机の上に数枚の紙がばら撒かれる。写真もあったりして、何かの資料のようにも見えた。オレの目に飛び込んできたのは、目を疑いたくなる写真だった。
「ちょ、この人…空飛んでない?」
そこにバラまかれていた写真の生徒は、両手を広げて空を飛んでいた。ありえない、人間が空を飛べるだなんて。そう指摘したオレのことを、冷ややかな目でそこにいる全員が見た。何か変なことでもオレは言っただろうか?
「なんやぁ?コイツ、わかっとらへん…おかしいなぁ~なんでやろ?綾、なんでやと思う?」
「俺に話をふるな。そんなこと今はどうでもいい。とりあえず今は、この仕事を片付けることだ。仕事しながら説明していけばいいことだろう」
「そうだな。新人にはちょうどいい仕事になるんじゃねぇ?」
「しかし、死なれたら困るな…誰がサポートにつくんだい?」
なんだかすでに置いてけぼりなんですけど。サポートとか、仕事とか、さらに死ぬとか言われてるし。そんなに危険な仕事内容なのだろうか?ていうか、仕事って何?たくさん、聞きたいことはあるけれどとりあえず今一番聞いておきたいことを聞いておかないとな。
「ところで、あの…この銃って何に使うんですか?水鉄砲じゃないんですよね?」
一番聴きたかった質問だ。ほかの生徒に配られたのは正真正銘の水鉄砲なのに。オレのはなぜか本物の拳銃。
「それは、海外とかで使われている銃と同じではない。実弾を込めるのではなく聖水か水晶の弾を込めて使うようにできている」
「聖水?水晶の弾?なんで?」
そういうと、その人物が腰からぶら下げていた銃を取り出して、中身を見せてくれた。そこに込められていたのは水晶の弾。実弾ではなく、なんで聖水とか水晶とか。この銃は人を撃つ道具じゃないっていうのはよくわかった。
「あの…仕事内容について伺っても?」
「本当に、何もしらねぇんだな…ったくよぉ~左京、ちゃんと説明しておけよ」
「なんでウチ?ウチは懺悔をしに来た子をちゃんと促す役目をしとるんよ?何もしとらん人に言われたくないわ」
「んだとぉ?」
「左京、桂…いい加減にしろ」
「「はーい」」
夜も更けて、まもなく時計の針は深夜12時になっていた。なんだかんだ言って、彼らの言われるがままになっている。未だに、この銃を何のために使うとか一切わかってないというのに。説明が面倒だから暇なときにと言われて結局流されてしまったのだった。
「寒いなぁ…春になったのに、まだ夜は冷え込むなぁ」
「寒いのであれば、カラダを動かせばいいことだ。足をひっぱるなよ?」
どうやら、オレのサポートについてくれることになったのは朝ぶつかった人。そういえば、名前を知らない。ほかの人たちもだけど。
「あの、名前教えてもらってもいいですか?」
「ん?あ、あぁ。俺は常盤 綾だ。3年だから、敬語使えよ」
なんでこんなに偉そうなんだろうと思ったけれど、3年という学年を考えればなんだか妙に納得してしまった。一人納得をしていると、常盤先輩が突然腕時計を見てはっとして、上空を見上げていた。
「来るぞ」
そう一言言ったと思ったら、空から赤い光が降り注いできた。
「うわーーーー!!!な、ななななっ…なんだよ、コレ!!なんですか、これ!」
その光に驚いていると、冷たい風が強くなっていくのを肌で感じた。風の音が耳につき、その痛いぐらいの風に目が開けれない。
「今夜の相手のお出ましだな」
うっすらと開けた目に飛び込んできたのは、先ほどの部屋で見た写真の生徒だった。でも少し違っている点があって…あの時は、ただ空を飛んでいるだけだと思ったのに…その背中には羽が黒い羽が生えていた。
「えぇぇ??あ、あ、ああああれって、羽??えぇぇ?に、人間??」
その質問に、少し哀しそうな目をした常盤先輩が応える。
「人間?そうだな、正確に説明をするのであれば『人間だった』が正しいな」
人間だった?てことは、今は何なんだよ!!!あまりにも理解しがたいことが起こったので、わけがわからなくなっていた。すると、先輩が腰から銃を取り出してゆっくりと構えた。どうやら、撃つらしい。
「おい、オマエ…何か最後に言い残すことはねぇのか?」
「『オマエ』だと?第3級魔の私に対しての言葉遣いか?なっとらんな」
そういうと、羽を羽ばたかせて風を起こした。吹き飛ばれそうになる身体を必死に止める。目が開けれない状態で、どうやってこの人間だった何かを退治するというのだろうか…てか、もしかしてこれが仕事内容なの?ふと耳に入ってきた風の音とは別に何か聞き鳴れない音というか言葉が混じっているのを感じた。
【オマエノカラダヲヨコセ】
え?今…何て?オレの体?一体、誰の声だよ、これ。
「うぅ…っ…頭いてぇ…」
頭が割れそうに痛い。この声の所為なのか、それとも変な風の所為なのかどちらかはっきりしないがどちらかといえば声のほうかもしれない。次第に強くなっていく頭痛に頭を抱える。隣で空を飛んでいる生徒に視線を向けていた常盤先輩が、オレの異変に気づいて銃を下ろした。
「どうした、頭がどうかしたのか?おい、なんとか言え」
その声ですら、遠い。すぐ隣にいるはずなのに、ものすごく距離を感じる。
開けられずにいた目をうっすらと開けて、目の前の状態を確認する。しかし、視界はボヤけててよくは見えない。んだよ、これ。次第に意識が遠のくのがわかった。そして、その場に倒れこんだ。
「おい!池鶴!!!どうした!!!おい!!!」
【オマエノカラダ、扱イヤスイナ…カンシャスル】
その声が聞こえたと同時に、オレの意識はどこかへと行ってしまった。
次に気づいたときには、オレが宙を舞っていた。さらに足元にいたのは、自分自身の体。あ、ありえないだろ!そんなことって。意識を失っている俺の体の隣でずっと常盤先輩がオレの体を揺すっている。
「常盤先輩!!オレ、ここです!!って、聞こえてますか~???」
先輩の顔の前で手を振ってアピールをしてみる。しかし、まったく気づいてくれていない。ということは、なんだ?あれか?オレ、死んだの?
えぇぇぇえ!!!!!!!そんなのってアリ?ただ、変な声を聴いたってだけなのにさ!ふと、背後から視線を感じて体を後ろへと向けた。そこにいたのは、飛んでいる生徒だった。ニヤニヤとオレの方を見ながら笑っている。え?オレが見え…てる?
「おい、アンタ…オレの事見えてるの?」
そう話かけると、生徒は笑いながら口を動かさずにオレに話しかけてきた。耳の奥に残るような声だった。
「あぁ、見えてる。そして、オマエの体は私がもらった」
「はい?オレの体ってどういうこと?」
足元にある自分の体を指差しながら、言葉を続けた。その瞬間、倒れこんでいたオレの体が動いた。ちょっと待て、オレの意識はここにあるってことだから動くってことありえないんじゃないの?慌てふためいていると、今度は高らかに笑って生徒はオレに話かけてきた。
「あーーっはははは!!!!オマエ、もう元のカラダに戻ることは不可能だな。
味方の男もオマエのことわかってなさそうだし」
「そんな!戻れないってどういうことだよ!!!」
「ほら、そんなことより見ろよ…自分が味方を殺すところを」
その言葉にはっとして、後ろを振り返る。起き上がった自分の体が、常盤先輩の首を絞めているのが目に飛び込んできた。
「ちょ!!!オレ、何してんの?待てよ!!おいってば!!!」
必死で止めようと、オレの体を掴もうとするけれどすり抜けていってしまう。
どんなにがんばっても自分の体に触れることができない。
「っ!!やめろって!!!先輩が死んじまうじゃねぇか!!!言う事聞けよ!!!オレの体だろ!!!」
空に向かって、叫ぶ。その声は、自分の体を一瞬だけ止めた。その隙に、先輩は逃げ出しなんとかなった。
「っ…っは…がはっ…はーっ、はーっ…おい、池鶴。オマエ、どういうつもりだ?」
息を荒く吸い込んで、目の前にいるオレを睨む。
「先輩が嫌いだからですよ。だから、ここで死んでください」
冷たい心の通っていない笑顔でオレの体は先輩に対してそう言い放った。信じられない光景だった。
「やめろよ…いい加減にしやがれってんだ!!!!なんだかしんないけど、人の体つかって遊んでんじゃねぇよ!」
そういって、生徒を睨む。あまりの気迫に怯んだ様子が目に入る。
「…ふん、オマエがそこで怒鳴っていても何も始まらないさ。このまま、ヤツは死ぬんだ」
「先輩を自分の手で殺すなんて、絶対にさせねぇ…」
すると、再びあの頭痛が襲ってきた。頭が割れそうに痛い。頭を抱え込みながら、その場にオレは再びしゃがみこんだ。
【己ヲ撃テ】
そう、誰かが言った気がした。一瞬だけど、意識が遠くなり気づいたら自分の体に戻っていた。しかし、頭痛は治まらない。オレの目の色が変わったことに気づいた先輩が、ゆっくりと立ち上がりながら話かける。
「おい、池鶴…オマエ、今、何があった?」
「っつ…わ、わかんないですけど…そ、その…生徒に体を奪われたっぽいんですけど…っつ!!!いってぇ…」
次第に強くなっていく、頭痛にまたしても意識が遠のいていきそうになっていた。
今度、意識がなくなったら最後だってことぐらいわかっていた。意識が遠のく前に震える手をゆっくりと自分の腰にぶら下がっている銃へと伸ばした。しっかりと握り、引き金に指をかける。その様子を見ていた先輩が慌てて、駆け寄る。
「池鶴、やめろ!!!そんなことしたら、オマエもどうなるか!!!!!」
冷たい銃口を、顎の下へと当てる。
そして、ゆっくりと引き金を引く。
ガゥン
頭の中を何かが通ったのがわかった。
「池鶴!!!!!」
叫ぶ声が聞こえる。目の前が真っ暗になって体が冷たくなっていくのを感じた。あぁ、死ぬのかな…オレ。そう思いながら、はっとして目を開けてみると目の前で常盤先輩が心配そうにオレの顔を覗き込んでいた。先輩以外にも、教会にいたメンバーがオレを囲うように立っていた。
「…先輩?」
「大丈夫か?オマエ、意識はしっかりしているか?」
「…多分、でも、オレ…自分で自分を撃ったはずなのに…」
しっかりと右手に握られている銃を持ち上げた。教会を出たときには、弾は全て込められていたはずなのに今は1発ない。
「それにしてもや、自分で自分を撃つなんて…アホとしかいいようがないわ」
左京先輩がオレのおでこをピンと指で弾いた。なんで生きているのだろう、それが不思議でしょうがない。
「なんていうか、オマエは…あいつらに憑かれやすい体質っぽいなぁ」
どうやら、オレは彼らにとってやっかいな存在になってしまったらしい。好きでこんな体質になったわけじゃないし。今まで、そんな経験したことないから知らなかったし…。なんだか違う痛さで頭を抱えたくなった。
入学初日に起こったこの出来事は、オレの学校生活を変えていくものとなる。
オレにとっても、彼らにとっても、この1年は後から振り返ると、忘れらないものになっていくのかもしれない。
とりあえず、まだ全ては動き出したばかり。
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