ボクは青い鳥を見失う――2




「助けて下さい、カウンセラーさん……!」


 かくして泪先生の予言は実現した。


 翌週、再び相談室に顔を出した浅谷親子。


 そして案内人のボク。


 って、なんでまたボクが付き添わなきゃいけないんだ……。


 理由は単純、水河ちゃんに頼まれたからだ。先週、あんな大見得を切って相談室を出て行った手前、ボクを仲介役に挟まないと、再訪問する勇気が湧かなかったらしい。


 どうやら父親に会ったものの、話がこじれたようだ。


 あらましを泣きながら話す親子が痛々しかった。


「元・夫は、田舎の町工場で、電卓やパソコンのキーボードに使うボタンカバーを生産していました。それ以外はろくな産業もない辺鄙な場所で……最寄りの駅も無人。周辺は田園とあぜ道ばかりで、喫茶店が一軒あるきりでした」


「金欠だと、物価の安い過疎地へ引っ越すしかないんですよ。あるある」


 ないんだかあるんだか。


 このカウンセラー、内心ニヤニヤしながら親子を観察しているだろ絶対。


「本当は、弁護士さんの車に乗せてもらって行く予定でした……」はにかむように呟く水河ちゃん。「けど……当日、弁護士さんに急な用事が入ったらしくて、現地集合することになって……私とママだけ、先に電車で無人駅へ着いたんです」


「へぇ。それで弁護士さんは?」


「用を済ませ次第、車を飛ばして現地に駆け付けるとのことでした……駅前の喫茶店で待ち合わせをしました。ああ、弁護士さんの助手席に座りたかったなぁ……」


 おい水河ちゃん、話が脱線しそうだぞ。


 そんなにぞっこんなのか。どんなイケメンなんだ? それともナイスミドルなのか?


「午後〇時頃……駅へ着いた私たちは、父親に電話を入れる予定だったんですが……」


 水河ちゃん、大事そうに自分のスマートホンをひけらかした。


 最新モデルの機種だ。


 ん? 学費も払えない赤貧の彼女が、最新モデルを買う余裕があるのか?


「以前は違う機種だったんですけど、奮発して弁護士さんと同じキャリアに変えました」


 どんだけ弁護士に惚れているんだよ、この色ボケ女子高生。


 ボク、この友達を素直な目で見られなくなりそうだ……。


「それが誤算でした」トホホと嘆息する母親。「そのキャリアは、過疎地の電波をサポートしていない『圏外』だったんです」


「うわ、あるある。キャリアによって強い地域と弱い地域があるんですよね。都市圏は全域カバーしてるけど地方都市はからっきしとか。ありがちな話です」


 ナミダ先生がしきりにあるある頷いた。


 それが口癖なのは判ったから、もっと本筋の話をしましょうよ。


「だから私、スマホの代わりに……無人駅にあった公衆電話を使いました」


「公衆電話を」


「はい。私、生まれて初めて使いました……!」


 普通はスマホさえあれば、わざわざ公衆電話なんか触らないもんなぁ。


 かくいうボクも、電話ボックスに入ったことないや。どうやって電話をかけるのかも知らないよ。


「十円を入れて、プッシュボタンを押して……慣れない機械だったので緊張しました。公衆電話ってパソコンのテンキーと同じなんですね」


 やおら水河ちゃんは、自分の肩を抱いて震え始めた。


 自分を虐待した父に電話をかけるなんて、さぞ嫌だっただろうなぁ。


「私……頑張りました。ここで逃げちゃ前に進めないって、弁護士さんにも言われましたし。ママが代わろうとしたんですけど、私の手で電話しました」


「番号はあらかじめ知ってたのかい?」


「父の電話番号はスマホに登録してあったので、それを見て電話しました……」


「僕も見て良いかな?」


 ナミダ先生はスマホの画面を要求した。


深川ふかがわ渓三けいぞう/自宅030・72731・4989


     /携帯090・18197・4323』


 深川というのは、父方の苗字だろう。現在は離婚したから、水河ちゃんは母方の姓を名乗っているわけだ。


「父の自宅に電話したら……物凄い怒鳴り声で、威嚇されました」


 そりゃそうだろうなぁ。もともと仲が悪かった上に養育費をせびりに来るなんて、歓迎されるとは思えない。


「父は怒りのあまり、何を叫んでるのか聞き取れないくらい発狂してて……ううっ」


「水河……大丈夫?」


 ソファにうずくまる水河ちゃんを母親が手でさすった。


 少しずつ落ち着きを取り戻した水河ちゃんだけど、父との対話は想像以上にトラウマをえぐったようだ。


「すぐに電話は切れちゃって……仕方なく、弁護士さんの到着を待ちました……」


「駅前の喫茶店で、弁護士と合流したのは午後一時過ぎでした」代弁する母。「わたしたちは、軽く腹ごしらえをしてから車に乗り、元・夫の家へ向かいました……」


 歯切れの良くない語り口だ。


 どうにも億劫な、話したくなさそうな唇の重さだった。


「わたしたちは……山ふもとの古びた一軒家に着きました。すると、家の玄関が開きっ放しで……屋内は家具が倒れ、荒らされて……空き巣か強盗が入ったような惨状でした」


 え?


 ちょっと待って、不穏な気配がするぞ。


「怪しんだ弁護士さんが先頭に立って、恐る恐る中へ進みました……廊下を抜け、リビングに入り、奥の台所に差しかかった所で……死体を見たんです」


「死体?」



「元・夫のです……うっすらと死斑も浮かんでいました!」



「え!?」


「元・夫は、娘が電話してから到着するまでの間に、強盗被害に遭ったんです……! 家からなけなしの現金と財布、通帳などが奪われて……彼の手許には免許証と携帯電話くらいしか残されていませんでした」


「そんな――」


「犯人はまだ見付かっていません……わたしたち、どうすれば良いのでしょう? 何より死体を見たショックが大きくて、日に日に心は荒む一方……嗚呼、カウンセラーさん。助けて下さい……治して下さい……!」




   *




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