ボクは友達と彷徨い歩く――2




 保護者会?


「五月病の発生しやすい時期って~、親御さんを対象にした講演会を開いて、自己啓発させると良いんだって。校長やPTAの意向にもよるけど、カウンセリング活動を宣伝できるメリットもあるし、保護者の悩みごとも拾えるから好評みたいよ~」


 手広くやっているんだな。これもカウンセラーの仕事の一環か。


 事実、保護者会は需要が高いらしい。学校生活の内情を聞けるし、思春期や反抗期の子供たちにどう対応すれば良いのか、親の悩みも後を絶たないから。


(カウンセラーは生徒だけでなく、保護者や教師など、学校に関わる全員が顧客なのか)


「保護者会、そろそろ終わる時間ね~……は~い失礼しま~す。お兄ちゃ~ん!」


 勢いよく戸を開けた泪先生は、ズカズカと室内に突入した。


 片手で水河ちゃんを引っ張り、さらにボクが追尾する。


「ん? ルイ?」


 教卓に立っていたナミダ先生が、闖入者ボクたちを訝しげに振り向いた。


 ――湯島ナミダ


 本業は大学の心理学講師。


 春物のカーディガンとポロシャツ、スラックスを着て、上には白衣を羽織っている。


 上背はさほどない。男性の平均身長よりやや低い程度だ。


 泪先生も小柄だから、湯島家は代々そういう遺伝子なんだろう。


 その代わり、ナミダ先生は中性的な顔立ちが美しく、密かに人気だそうだ。教室に集まった保護者の大半が主婦で、年甲斐もなくキャーキャーと黄色い声を上げている。


「む。まだ続いてるの~? そろそろ終了だと思って、生徒を連れて来たのに~」


 泪先生がほっぺを膨らました。プニプニしていて可愛い。


 水河ちゃんを連れて来たのは、単にお兄さんと会いたかっただけか……ボクは水河ちゃんと複雑な面持ちで見合わせた。


「保護者の悩みに応じるのも、カウンセラーの業務だからね。あるある」


 ナミダ先生がこともなげに返答した。


 つれない態度に、泪先生はますますへそを曲げてしまう。お兄さんが主婦たちにもてはやされているのが、気に食わないらしい。ブラコンここに極まれりだね。


「あら……水河じゃないの!」


 その主婦層から、水河ちゃんを名指しで呼ぶ者が居た。


 水河ちゃんの母親だ。楚々とした地味な佇まいと、黒を基調としたシックな服装が個性を押し殺している。なで肩にはストールをひっかけて、さらに辛気臭い雰囲気だ。


「ママ……私、ちょっと悩みごとがあって、保健室の先生に引率されて来たの……」


 水河ちゃんが困ったように視線を床へ落とした。


 まぁ戸惑うよね、親と対面したら。家族には内緒にしたい相談かも知れないし。


 けど、母親もここに来たということは、この人も悩みがあるということだ。


 浅谷家には何かがある――?


「そろそろ時間ですから、お開きにしましょう」主婦たちに一礼するナミダ先生。「本日はありがとうございました。この後は、事前に受け付けた個別の相談がありますので、予約者は一階の心理相談室までどうぞ」


 惜しむ声が主婦層から囁かれる中、ナミダ先生は颯爽と踵を返し、白衣をはためかせて教室を去った。


 ていうか今、個別の相談があるって言ったな。


 それじゃあ水河ちゃんは後回しか?


「最初の予約はわたしです!」


 水河ちゃんの母が、両手を上げた。


 ナミダ先生の背後をぴったり追いかける。


 水河ちゃんの母親が相談……?


 すると泪先生まで電光石火の早さでUターンし、ナミダ先生に付きまとった。


「お兄ちゃん、奇遇だね! ちょうど浅谷さんの娘さんも、心の悩みがあるのよ~! 親子そろって相談に乗ってくれない? ね~ね~」


 め、めちゃくちゃなこと言い出したぞ……。


 いくら親子でも、同席するのは強引じゃないか? 別々の相談かも知れないのに。


「そう……水河も相談に……」


 母親が声を押し殺す。


 水河ちゃんは視線をさまよわせた後、相槌をこくり、と打った。


「うん……私も家のことで悩んでて……多分、ママと同じ相談内容になると思う……」


 一緒なのかよ!


 ボクの思惑が外れてしまった。ま、その方が都合は良いけどさ。


 同じ相談内容。同じ悩み。


 家の事情だろうか。確か、父親と離婚したらしい~とは聞いたけど。


「なら相談室で、親子一緒にうかがいますよ」


 ナミダ先生は階段を降りながら、にこやかに応えた。


 惚れ惚れするくらい爽やかな笑顔だ。営業スマイルだなぁとボクは思ったけど、水河さんも母親も、彼の美貌にすっかり頬を染めている。


 やばい、このカウンセラーは天然のタラシだ。


 なまじ心理学で人心掌握に長けているから、なおさらたちが悪い。


 ふと見たら、泪先生が嫉妬の炎で全身を燃やしていた。こっちはこっちで怖いな!


 一階に到着し、職員室を素通りして、心理相談室の前で立ち止まる。


「じゃあボクはここで――」


「待って……沁ちゃん」ボクのそでを掴む級友。「不安だから……そばに居て欲しいの」


「え? でも」


「お願い……」


 水河ちゃんのプライバシーに関わるから遠慮したかったけど、ここまで頼まれてはやむを得ない。


 水河ちゃんの母親は邪魔そうにボクを睨んだけど、娘じきじきの申し出だからと引き下がった。


 泪先生がぴょんぴょん飛び跳ねて、自分をアピールし出す。


「じゃ~私もお兄ちゃんと同席――」


「ルイは保健室に戻りなさい」


「……ぶ~ぶ~」


 ナミダ先生に諭されて、がっくりと肩を落とす泪先生が可愛い。


 かくして、ボクは再び巻き込まれた。


 友達の家庭を巡る『相談業務』に――。




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